31 毒物:運命の反転
「どうしたのよ、急に真面目な顔しちゃって。似合わないよ」
「黙ってろ」
思考は断片的だった。だが、まとまりそうな予感があった。
前世での最後の記憶を掘り起こす。
ひっくり返る石畳。サラがオレを衝撃から守ろうとして糸を巻き付けた。
その後、オレは意識を失い、この世界に転生した……はずだ。
なのに、どうしてここにサラの糸がある?
体に巻き付く糸に触れようとした。手がすり抜ける。
サラの糸は、保持している彼女にしか触れることはできない。
不可視の糸は効力が続く間、繋がりあう二人にだけ目視できる。
糸を辿って上空に目を走らせる。亀裂の中心で糸が揺れた。
ピン、ピン、と反応を確かめるように震えた。
そこに意志を感じたのはオレの思い込みかもしれない。
それでも糸の動きに作為的なものを感じるのも事実だ。
サラの糸は、繋いだ対象の思念を読む。
勇者の真贋の目でさえ、糸を確認することはできなかった。亀裂も同様だ。
勇者との会話で、これらが世界に存在しないものだという考えが頭をよぎったとき、背筋に鳥肌が立ち、笑いが込み上げた。
なぜ神は直接オレを殺さず、わざわざ小説世界で殺そうなんて回りくどいことをした?
その疑問に対するオレの答えはこうだ。
神は直接生死に干渉できないから、オレをここに封じた。オレだって元の世界から小説内の人物を生かすことも殺すこともできない。
物語に入ることで、オレは小説に殺されうる存在になった。逆にオレ自身も物語を左右できる。
仮にオレの元いた世界と、この小説世界が、サラの糸で繋がっているとしたら。
現実世界のサラが、オレの魂に糸を繋げているとしたら。
ここがオレに死を与えるための魂の牢獄だとしたら。
塔から逃げ出すことで脱獄したつもりになっていた。自由になったつもりだった。
オレの仮説が正しいなら、この世界そのものが魂の牢獄だ。
真理の剣が覆い隠されていた真実を晒し、オレを亀裂と糸に導いたのかもしれない。
だとするとオレは転生したというよりは、ジュリアンの肉体に幽閉されたという意味合いに近い。
だったら糸を辿って、亀裂から元の世界に戻れないか?
サラの糸がノイズだとするならば、世界の理を崩すきっかけになりうる。
試す価値はある。オレはまだまだ元の世界に未練があるからな。
亀裂は小さい、まだオレが通り抜けられる大きさではない。
どうすれば、広げられる?
この問いの答えが、直感的に浮かんだ。夫婦との会話の最中だ。
『毒は吐き出さなければならない』
オレがこの物語の毒物として作用すればどうなる?
この勇者物語、本来ならオレは既に駒として死んでいるはずだ。
オレが生きているだけで、すでに筋書きは乱れてる。
勇者が入手するはずの剣を、オレが手に入れたことで物語は大幅に逸脱した。
オレは今、毒物として機能している。
世界が吐しゃ物として、オレを現実に戻さなければ。
――物語は崩壊する――
オレは剣を空に掲げた。朝日を反射する刃は亀裂を照らし出すかのようだ。
真理の剣は真実を暴く。剣がオレに世界の理を映し出したのかもしれない。
物語は、これからも修正力という免疫機能を駆使して、まずはオレを殺そうとするだろう。
オレはそんなのはごめんだ。
いやなら、さっさとオレを吐き出して、現実世界に戻せ。
オレが暴れればノイズ同士をつなぐ糸の振れ幅も大きくなる。
筋書きがズレて、亀裂は広がる。
この推測が正しいにせよ、そうでないにせよ、オレは既に筋書きを壊してる。
現実に戻るために何が何でも生き残る。
この勇者物語は、勇者が竜王を倒す話。
だとすると、オレが先に竜王を討伐すれば、勇者の目標は宙に浮き、着地点を失う。
物語は完結できずに瓦解する。
振り回されるのはおしまいだ。
今から、オレが世界に攻め込んでやる。




