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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~処刑前夜から始める異世界脱獄物語~  作者: 未玖乃尚
第一章 小説世界で処刑されるらしい

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3 天使のルール

 かび臭い空気が遠ざかる。

 リュシエルの叫びが、闇夜を引き裂いて響いた。


「ちょっとちょっと、放してよ。死んじゃう死んじゃう。一人で落ちて」

 夜風が髪を突き上げた。


 リュシエルは上空に向かって平泳ぎしながら、羽をバタバタと動かす。

 手の平サイズの体でオレごと落ちてるのに、コイツはどうやって飛ぶつもりなのだろう?


「処刑の話、しなきゃよかった」

「いつまでそうしてるんだ。本当に木をクッションにするつもりか」

「だったらさっさと放さんかい!」

「浮遊魔法使えば?」

「ハッ!」


 今さらリュシエルは目をパチクリさせる。

 小さい身なりでも天使だ。体格に合わないほどの膨大な魔力がリュシエルにはある。


 オレごと空中に浮かばせるほどの魔法なら、消費量が大きくても、天使ならば可能だろう。


「それだ!」

 そう言ってリュシエルは激しく首を振る。

「いやいやいや。そうするとあんたも助かっちゃうじゃん。物語の筋書きが変わっちゃう」


「既に変わってるだろ」

 オレは朝になると、断頭台で処刑されるはずだった。壁を破って逃げ出すこと自体、既に筋からズレてるはずだ。


「多少回り道しても、あんたが死ねば結果は変わんない。生き延びると死が覆って、大筋が変わるじゃないのよ」

「オレはそれでいいんだが」


「そもそも、私はこの世界の登場人物じゃないし、設定にも存在しない、言わばノイズ。ノイズが登場人物の生死に関わったら、世界の根底を揺るがしちゃう!」


「オレだってノイズだろ」

「あんたは、この世界にとって必要なの。登場人物のジュリアンなんだから、あんたの死がないと話は動かない。ジュリアンの死があるから、物語が正常に動く」


「仕方ないな」

「でしょ! だから放して一人で落ちて。死んでくれたら私は帰ってケーキを食べられる」


「そんな言い方で解放されるとでも?」

「お願い。一人で死んで」

「ウインクすんな」

「もういから、さっさと一人で落ちろ」


「真顔で言うな。お前がそこまで言うなら、オレも覚悟を決めよう」

「うん。さよなら」


 小説世界での死が、オレへの罰だと言うのなら。

 オレはリュシエルを握る拳を地上へ向けた。


「お前をクッションにする」

 そんな罪を受けるつもりはない。殺せるものなら殺してみろ!


「うげげげ。この外道が!」

 空気の裂け目に飲まれる。風の悲鳴が鼓膜を打つ。

 目標地点だった枝葉の群れから大幅にズレている。このままだと直撃だ。


「しかもズレすぎじゃんか! クッションなんてどこにもないよ~」

 声が闇夜に反響した。


「おい、早く魔法を使えよ」

「激突しても私は天使だからギリ大丈夫、なはず。処刑代わりに、あんただけ死になさい」


 強情だな、こいつ。それほど筋道を変えるのが禁忌ってか。

 生死に関わらない、か。


 助けることも、オレを殺そうとすることもしない。

 彼女はオレの死を確認するだけの中立的な存在で、それがルールというわけなのだろう。

 オレは天使を解放した。


「お、やっと諦めたの。ごめんね、ちゃんと魂はあの世に連れてくよ」

「それはまだ先だ」


 下方から急上昇する影があった。深青の闇にギラつくオレンジ色の目があった。

 獲物を発見した猛禽が、我慢できずに口を開けた。


「やっと来たか」

 オレは塔から持ち出しておいた瓦礫を、垂涎する顔面にぶつけた。


「げげ、なんちゅうことするんだ、こいつは!」

「そこで見物してろ」


 獰猛な叫びが悲鳴に変わる。

 猛禽の翼を掴んで背中を跨ぐと、頭を押さえつけ地上へと誘導する。


「そんなの操作出来ると思ってんの」


「お前だって、このまま死にたくなくないよな?」

 猛禽の首に腕を回して囁く。


 地面が迫った。猛禽が翼を傾ける。

 空を滑るように円を描いた。

 その頭上に蓋をする影があった。

 上空で鉤爪がきらめく。


「仲間かよ」

 体を伏せた。通過した鉤爪の風圧で、髪が暴れる。

 二羽の猛禽が示し合わせたように、方向転換をした。


 再び鉤爪がオレを狙った。

 側面に体を移動させ、すれ違いざまに、もう一羽の方に飛んだ。


 足首を掴んで、体を振り子にして腹に蹴りを入れる。

 ぼよん。

 跳ね返された。


「おい」

 貧弱な体だな。

 猛禽にダメージが通らない。


 それでもバランスを崩せたようだ。ふらつきながら猛禽が高度を下げる。

 樹冠に近づいたところで、オレは手を離した。


 枝から枝へと移動し、着地する。

 肉体面では不利でも、オレには冒険者としての技術と経験がある。

 当面はこれで凌ぐしかない。


「嘘でしょ。あの絶望的な状況から生き残るなんて」

「簡単に諦めてたまるかよ。お前が家に帰れるのは当分先だな」

「悪運も今だけだよ。まさか、これで罰を免れたとは思ってないよね」

「受け入れるつもりもないけどな」


「そう……」

 リュシエルは呟いた。

 まるで、結末を知る物語の序章を読み始めたかのように。


「私は、そう遠くない未来を待つだけ。一番近くで、あんたの死を見届けるために、ね」

「いや、死なないって。オレは全力で生き抜くタイプの男だ」


「そういうわけにはいかないよ」

 遠くから笛の音が聞こえた。


「あんたは、この世界に存在してはいけない人間になるんだから」

 追手が、近づく。

「死ぬはずの人間が生き残るっていうのは、そういうことだよ」

お読み下さりありがとうございました。

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