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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~それは処刑前夜に始まった。世界に殺されるなら、運命に抗い脱獄する――これがオレの物語だ~  作者: 未玖乃尚
第四章 暴かれた真実

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29 勇者に見えないものは

 翌朝、目が覚めたオレは、村長の家から出て顔を洗った。

 ちょうど道を挟んだ向かいで、カチャカチャと金属音がする。

 エミルが白銀の鎧を装備して、出立の準備を整えているところであった。


「もう行くのか?」

 早朝で朝もやがかかっている。

 話しかけるとエミルは顔をほころばせた。


「やあ。昨日竜王が剣の完成を待ってるようなことを言ってただろ? 先を急ぐべきだと思ってね」

「先ってどこだ?」

「悪いが、それは内緒だ。キュロに口止めされてね」

「嫌われたもんだな。男に嫌われても痛くもかゆくもないが」


「許してやってくれ。ゴードンもキュロも、僕のことになるとムキになることがあるんだ」

「それだけ、勇者に希望を見出しているんだろ」

「やりがいがある。でも……」

 エミルの表情が陰る。


「ときどき危うさも感じるよ。僕よりも自分たちを優先してほしいってね」

 そこまで言って、エミルはそんな気持ちを振り払うかのように口元を引き絞った。

「大切な仲間だからさ」


「本人たちにそれを言ってやれ」

「そうだね」

 エミルは眩しそうに、朝日を浴びた。


 オレも釣られて空を仰ぎ、真っ白い雲に目を止める。

 ウサギに似た形の雲だった。長い耳が印象的だ。


「ジュリアン、君はレベル18になったよ。レベル25くらいの冒険者では、もう君の足元にも及ばないだろうね」

「真贋の目、か」

 勇者が持つ鑑定能力だ。いかなるものも、勇者を騙すことはできない。


「僕たちはレベル35だ。まだまだ君には負けないよ」

「そうか」

 オレは上の空で答えた。


「追いつかせはしない。僕たちが先に竜王を倒す」

「ああ」

 オレは指先を天に掲げようとした。


「だから、僕たちを抜けるものなら……どうしたんだい?」

 エミルはオレの指し示す方向を見た。

 ウサギの耳の間だ。


 昨夜、星空にあった亀裂だ。朝になってもまだ見えている。心なしか広がっているようだった。

 空飛ぶリュシエルが亀裂に重なった。彼女が入り込めそうなくらいの大きさだろうか。


「見えるか? あれが」

「分からない、どれ?」

「ウサギに似た雲の、耳の間だ」

 オレはエミルに近づいて言う。


「いや、何も見えないが」

「糸はどうだ?」

「何もない。それがどうかしたのかい」

「ははっ、そうか。見えないか」

 大声で笑いそうになった。


「ああ、何も」

 勇者の真贋の目をもってしても認識できない亀裂。

 つまり、この世界に存在しないものだ。

 そして亀裂の中心から垂れる糸は……


「エミル?」

 様子を伺うように、建物の影からキュロが姿を現した。オレの顔を見て、眉根を寄せる。

「こらこら、あからさまに嫌そうにするんじゃない」


「君がいたらそんな気分にもなります」

「そっか。ま、いいや」

 女の子に同じ態度をされたら傷ついたりもするが、キュロは男だ。気にするほどでもない。


 エミルは苦笑いをしている。

「そろそろ行くよ。僕たちは必ず竜王を倒す。ジュリアン、君は竜王をぶちのめすと言った。それが本気ならぜひ見せてくれ」

「そんなことも言ったな」


 竜王に襲われた直後だ。勢いの発言でもあったが、竜王にやられたことはきっちりやり返しておかないとな。


「エミル!」

 キュロがたしなめるように勇者の名を呼ぶ。


「ふふっ、キュロは君を脅威に感じてるんだよ。僕らの役目を奪われるんじゃないかってね。僕は世界が平和になれば、どちらが竜王を倒してもいいと思ってる」

「私は先に行きますよ」

 不貞腐れてキュロが歩き出した。


 影から重厚な鎧に大剣を背負った巨体が出てきた。

 戦士ゴードンだ。


「やあ、ジュリアン殿。昨日はご馳走になったな」

「竜王にやられたケガはもういいのか?」

「頑丈なところが我の取り柄よ」

「尻尾でやられて、目を回してたくせに」


「ふむ」

 ゴードンは真剣な表情で頷き、腕を組む。

「我らでは、まだまだ竜王には勝てぬな。それが分かっただけでも昨夜の戦いは収穫よ。ありがとう、ジュリアン殿、竜王に襲われてくれて」


 どういう意味だ、それは。

 オレは差し出されたごつい手の平を叩いた。

 礼を言うところでもない。ゴードンとキュロの反応は正反対だ。


 そんな二人でも、最優先させるものは、あつらえたかのように一致し、ズレることはない。

「お前らは真面目過ぎるからな。時には逃げることも必要だぞ。勇者勇者なんて言ってると判断も鈍る」


「肝に銘じておこう」

 豪快に笑いながらゴードンは、ズシンズシンと村の外へと向かう。


 オレの言葉など、きっと届いてはいないのだろう。仮に覚えていたところで、お前たちは勇者パーティの一員。

 与えられた役割から逃げることはできないし、しようともしないのだろう。それが物語に与えられたものである限り。


「ジュリアン。僕は君が竜王の鱗を斬り裂ける存在だと思ってる。これまで会った他の冒険者とはまるで違う」

「オレは意識高い系冒険者だからな、努力家なんだ」


「君はどうにも掴みどころがない。この真贋の目でも、まだ見えていない何かがあるようだ」

 エミルはオレの目を覗き込み、隣を飛んでいるリュシエルを見つめた。その瞳に天使の姿は映らなかった。


「どちらが竜王を倒しても恨みっこなしだ。僕らが先に竜王を倒しても、復讐の機会を失ったって怒らないでくれよ」

「楽できたって思うことにするか」

 どちらかというと、今のオレは竜王よりも、亀裂から垂れる糸の行方が気になる。

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