20 剣を捨てれば戻れる
立ち込めた冷気に肌が逆立った。
状況把握より先に、腰を落として身構えた。真理の剣を抜ける体勢を取った。
他人の剣でも握ったような感覚だ。まるで馴染んでいない。
まだオレの物になっていないということを如実に伝えていた。
広間の先に、人影がある。玉座に座っているようだ。
影は空気を揺るがせて立ち上がり、マントを翻す。
オレは後方に飛びのいた。
「何だ、こいつ」
グスタフともデーモンとも違う。
比較対象になるものがなかった。
レベル7のジュリアンでは、勝ち筋がない。
風が、空間を裂いた。
抜いた剣に衝撃が叩きつけられた。石畳に足が沈み込むほどだ。
無詠唱で加速魔法を施し、影から距離を取ろうとした。
瞬時に追いつかれた。
頭上から刃が振り下ろされる。刀身を通じて斬撃が響く。
防御に意識を削がれ、敵の正体を見極める余裕すらない。
だったらどうする?
敏捷性を上げても追いつかれる。攻撃力強化をしても、貧弱な体では効果に乏しい。防御力上昇も、じり貧だ。
目先を変える。
剣で凌ぎながら、魔法を構築した。魔力が上昇したことで、使える種類も増加した。
まずは足元を崩す。
地盤の石畳が崩壊し瓦礫となった。通路に開いた大穴に飛び込んだ。
階下に落ちる最中、穴を見上げた。空中に留まる姿がある。
竜、と見紛うほどの禍々しい尾が天井に向かって突き立っていた。尾に散らばる無数の棘が、鉛のように鈍く輝いた。
「あれが竜王よ」
耳元でリュシエルが呟く。
「あいつに勝つのが試練ってか。無茶言うな」
竜と言うよりは人に近い。尻尾がある大柄な男のようだった。得物はぎらつくほど禍々しい戦斧だ。鈍色の長髪を首に巻き付け、腕組みをして見下ろしている。首から顔にかけては鱗で覆われていた。
固そうだな。黒光りする鱗は、並の剣では弾かれてしまうどころか、折れてしまいそうだ。
弱点らしきものといえば、目くらいだが……
目元付近への攻撃くらいなら、竜王は想定してそうだ。
「おい、リュシエル。あいつのうっとうしい髪の毛引っ張ってこい。その間に首飛ばすから」
言いながらオレは、視界を塞ぐジュリアンの髪を払う。
あー、うっとうしい。
「私は一切関わらないってば。忠告したのに、剣を受けたりするからこんなことになるのよ」
しかめっ面するリュシエルの背後で、炎が迸る。
火竜が牙を剥いてオレの腕に迫った。
「げげ」
竜王の固有魔法か。
面白いな、レベルが上がったらいずれ使ってみるか。
まずは生き残れるかだ。
全魔力を左手に集めて凝縮する。盾を作り出して弾き飛ばした。
壁が爆音を上げて崩れ落ちる。
爆風に体が舞った。体勢を整えて着地する。
「どうするつもりよ、魔力使い切って」
「どうもこうも、ああしないと死んでただろ」
最善を選択しての結果なら問題ない。余力がないからこそ見える道筋もある。
絶望を乗り越えるからこそ、以前の自分を乗り越えられるんだよ。
剣を握り、乾いた唇を舐める。
真理の剣は反応しない。
オレを認めないならそれでいい。オレはお前をあいつに叩き込んで、ここから抜け出すだけだ。
「怖くないの? 剣を捨てれば……戻れるよ」
リュシエルが言った。
「それは、魅力的な提案だな。けどな……」
絶望するのは初めてじゃない。前世のオレは天使に斬りつけたくらいだ。こんな状況、山ほど味わってる。
「オレが一番怖いのは、死ぬことよりも、自分の生き様を否定することだ」
熱風が肌の水分を奪う。
火竜が迫る。
「剣が認めないなら、従わせてやる。オレこそが主だとな」
オレが力を引き出すか、剣ごとぶっ壊れるかだ。
「オレは大人しく死ぬ気はないぞ。あいつを斬り裂く覚悟がお前にあんのか!」
逆らうならへし折ってやる。
剣を振り下ろした。
シュン、と音が遅れて駆け抜けた。
軌道上に一筋の線が走り、空間がズレる。火竜が裂け、消失した。
「イズル。今あんたは明確に、越えてはいけないラインを越えたよ」
筋書きに関わると沈黙するリュシエルが、初めて戒めを破った。
「覚悟の上だ」
竜王のマントが切断され、空中を滑り落ちる。竜王は肩越しに、脇を抜けた剣筋の行方を追った。
壁から天井まで裂け目が広がる。
破裂音がして、大広間と同時に竜王が光の粒子と化した。
亀裂から煌めきが溢れ、飛び出した。天地がひっくり返る。体が投げ出され、あらゆるものが崩壊していく。
体が、全て失われた空間に漂う。上下の区別が付かなくなると、どこからかリリアの声が響いてきた。
「真理の剣は真実を明らかにする剣。あなたは見事に幻想を斬り裂いた」
幻と戦っていた、ということか。
オレはリリアに問いかけようとしたが、彼女の姿はなかった。
白光に満ちた空間に彼女の声が響くだけだ。
「ただの幻想ではありません。あの竜王こそが、この世界にとっての敵、倒すべき相手です。あなたはその恐怖に屈しなかった。実際に対峙しても、あなたは怯まず戦えるはずです」
「真実を明らかにする、か」
白銀の剣を一振りする。それだけで、直感的に理解した。
真理の剣が、リリアの精神世界に作られた幻を砕き、現実へ引き戻そうとしているのだと。
「もう、その剣は、あなたの物です。今から現実に戻ります。儀式が開始された直後の世界です」




