2 レベル1の脱獄
「え、転生していきなり死ぬのか? それは、ひどくないか」
「気にしない気にしない。悩んだところで、どうせ明日には死ぬんだから。きっとまたどっかに転生するんじゃないの?」
リュシエルがにこやかに話す。
「それもそうか。オレは、細かいことは考えないことにしてるんだ」
「でしょ? さあ、明日は早朝に処刑だから早く寝なさい」
「よし、処刑に備えて寝るか」
睡眠時間を確保するために寝具を探すが何もない。
「違うわ!」
オレは欠伸をする天使に怒鳴った。
寝て起きたら死ぬだと?
時間がギリギリすぎて、対処しようがない。
そもそも天使の嘘だって可能性もあるが、事実を言ってるなら明日には首と胴体から離れてしまう。
とりあえず信じる他ないか。
さてどうする?
「身代わりを置くか。看守とかどうだ?」
「お、悪役っぽいね」
オレは鉄の扉をぶん殴って、看守を呼んだ。
声が牢に響き渡るだけで、誰かがやってくる気配はない。
「来たところで開けてくれるわけないでしょ」
「お前、他人事と思って楽しんでるだろ」
「あんた、私の仲間斬ってるんだからね。そりゃ、ざまあって思うでしょ」
「斬るのはいいが、処刑されるのはごめんだな」
「思考そのものが自己中の悪役だね。中身が転生してもしなくても、悪役は悪役のまま同じだ」
「そうは言うが、そっちこそ人の処刑をわざわざ見に来るなんて、趣味悪いぞ」
「私は仕事なんだよ」
リュシエルはため息交じりに言う。
「だから私としては、早く明日になって欲しいんだよね。あんたが死ねば帰れるし」
「オレはそのなんとかって悪役のように黙って死ぬつもりはないぞ」
「ジュリアンね」
「そうそれ。で、ジュリアンは明日処刑される、か」
「そうね、脱獄でもしないかぎり、朝には死ぬってこと」
リュシエルの言葉にオレは手を鳴らす。
「いいなそれ。つまり脱獄すれば、少なくとも処刑は免れるかもしれないってことだな」
「ん……まあ、筋書きが狂うってことだから、そうなるのかな」
「それはいい案だ。お前顔だけじゃなくて、頭もいいな」
「そお。それほどでも」
ふふん、と鼻を鳴らして、リュシエルは即座に否定する。
「そうじゃない。あんた、余計なこと考えてないで、おとなしく死になさいよ」
「天使が死ねって言っていいのか!」
「私の役目は、あんたが死ぬのを見届けること!」
「ちょっと待て」
リュシエルを遮った。
「黙ってろ。オレはお前と遊んでる暇はないんだ」
「おい、急にシリアス顔すんなよ」
オレはこんな虫と遊んでる時間はない。
処刑前夜だ。
しゃべってる猶予なんてないぞ。
「なになに? 急に怖くなっちゃったの?」
「虫は黙ってろ」
「虫扱いすんなや」
「さあ、虫よ。看守から鍵を奪ってこい」
「するわけないでしょ」
「ちっ」
とりあえず今すべきことは脱獄だ。
さて、どうやって脱獄する?
鉄製の扉を蹴り飛ばした。金属音が響き渡る。
足跡すらつかない。本気を出すことにした。
さっきよりも力を込めて、踵を打ち付ける。
「びくともしないぞ」
「あんた、私の話聞いてた? もう前世のイズルじゃないの。今はレベル1のジュリアンなの」
リュシエルは笑いすぎて目に涙を浮かべている。
顔だけだな、こいつ。性格悪い。
「脱獄したら、少しずつオレに逆らえないようにしてやるからな。オレをこんな目に合わせた神からお前を奪うと、さぞかしすっきりするだろうな!」
「やってみろや」
リュシエルの放つ拳が、勇ましく宙を裂いた。
「よし、天井から脱出だ!」
オレの跳躍力は鳥の翼を凌駕する。
いや、足痛くて飛べん。
さっきの蹴りのダメージが残ってる。
「まずいんじゃね?」
「だからさっきからそう言ってるでしょ」
「舐めてんのか、お前?」
ぎゅううううう、と力いっぱいリュシエルを握りしめる。
「やめろやめろ。レベル1に握られても苦しくないけど」
「オレにこんなことして、タダで済むと思ってんのか?」
「タダも何も、あんたもう明日にはいないんだって」
「よく見ると、お前可愛い顔してるけど、むかつく顔してるな?」
「挑発には乗らないよ。余裕なくなってきたんでしょ」
「でも美人だ」
「そうでしょ」
リュシエルは鼻を高らかにする。
話してみて分かったことだが、こいつは褒められるとつけあがる。つまり、そこに油断が出来る。
虫のように小さくて、性格が腐っててもこいつは天使。
で、前世で戦って分かっていることだが、天使の魔力は強力だ。その源となるのは……
プチッ!
「いたっ!」
一本くらいなら大丈夫だろう。
オレはリュシエルの羽から小さな羽毛を抜いた。
「何すんのよ」
「これこそ、魔力の源泉」
よかったよ。お前がつけ上がる性格で。そこに油断が生まれる。逃げられずに、羽を毟る隙ができた。
「あんたまさか」
「レベル1でも魔法の構築はできる。足りないのは魔力。お前も認めたよな」
つまり魔力さえあれば、魔法は起動する。
オレは羽を壁に押し当てた。
頭の中で波を描き、跳ねから抽出した魔力を通す。
衝撃が波となって壁を揺さぶった。
爆音が轟く。砕け散った壁が石つぶてとなって頬をかすめた。風が前髪を叩きつけ、視界を塞いだ。
すぐに看守がやってくるだろう。だが、その時にはもうオレは壁の穴から脱出済みだ。
こんなジメジメしたところからは、おさらばだ。
オレは床を蹴りつけ、穴に飛び込む。
はずだった。
「オレ、レベル1だっけ?」
突風で体が揺らいだ。こんな風でもふらつくとは、何て弱弱しい体だ。
この体で、この高さ、だと?
オレは下を覗き込んだ。木々が遥か下にある。
眼下には月明りを受けて、もこもこした緑の傘が暗がりに広がっている。遠くから鳥の鳴き声がした。
夜行性の鳥たちが巨大な翼を広げ、獰猛な叫び声を上げながら、森の上空を我が物顔で飛び回っていた。
前世で見たことある鳥だ。狂暴なんだよな、あいつ。
「飛んだら死ぬよ」
「飛ばなくても死ぬだろ」
どちらを選んでも待っているのは死の運命だ。
これが天使殺しの罪ってことか。
塔の周囲に目を配る。
「どうせ逃げるなら闇に紛れる方がいい」
最も木々が密集してそうな位置を目標にして、指で示す。
「あそこだ。クッションになりそうだ」
壁の向こうから怒号と足音が響く。
扉で鍵を刺し込む金属音した。
異変に気付いた看守たちが、間もなくなだれ込んでくる。
「は、あそこ? クッションて何よ?」
「オレはお前を信じてるからな。いざとなったら必死で飛べよ?」
「ちょっと、何考えてんの? まさか、私を巻き込むつもり?」
「天使だから大丈夫だろ。期待してるからな」
オレはリュシエルの足を握りしめる。
「おい、ふざけんな。放せよ。死ぬなら、お前ひとりで死ね」
リュシエルが手から抜け出そうともがく。
口の悪い天使だ。
「行くぞ!」
「放せ。天使でも死ぬかもしれないじゃん!」
死の見届け人だと?
一番近くでオレの生き様でも眺めてろ。
オレは体を投げ出した。




