19 後戻りできなくなるよ
空がなかった。
地面もない。オレは白んだ空間に浮遊していた。
「どこだ、ここは?」
「リリアの意識下に取り込まれたようね」
ぴよん、と羽根を動かし、リュシエルが肩に乗る。
「お前はどこにでもいるな」
「だって、私、観察者ですから」
リュシエルは鼻を高くする。
褒めてないんだが。
「何のためにリリアはオレをここに連れ込んだんだ? 数秒稼げと言われたから、そうしただけなんだが」
「しっ……」
リュシエルが唇の前で人差し指を立てた。
「ここから先は話しかけないで。リリアでさえ、私を見ることはできないんだから」
空間がうねり、渦巻いた。
一点に凝縮し、弾けて飛ぶと、リリアが出現した。
「驚かれましたか? 無理もありませんね」
「そりゃ、こんな何もないところに連れてこられたらな」
オレは辺りを見回した。
リリアは目を凝らして怪訝そうに、オレの右肩を眺めた。
勇者と似た反応だ。
リュシエルの言葉通りなら、彼女は天使を視認できないはずだ。
「気のせい、でしょうか?」
「気のせいだろう、たぶん」
リュシエルに視線をやろうとすると頬を叩かれた。あっち向いてろ、ということか。
「私は真理の剣を司る巫女です。あなたこそ剣の主として相応しいと判断しました。ここは巫女の固有結界内。思考が超加速し、現実世界ではほぼ時間は動いていません」
リリアが手を水平に振った。空間に長方形が形成され、オレたちがいた現実世界が映し出された。
オレも含めて全員が時間を奪われたように停止している。
「これより儀式を始めます。結界内の時間経過は、現実世界では数秒程度です」
つまり儀式を終えて帰還するのは、リリアを磔台から解放した直後の時間帯。
リュシエルの頬が引き締まった。
「唐突で申し訳ありません。イズル様の能力的には、やや時期尚早なのですが、この剣の試練を受ける気はおありですか?」
ちょっと待て。
何だその、お前ごときヒヨッコが私の剣を扱えるのか、というような問いかけは。
「そもそも、その試練とやらはオレに釣り合うものなのか?」
「えっ、と。そうですね、その答えは想定していませんでした」
小首を傾げてリリアがはにかんだ。
「失敗すると死ぬ。とまでは言いませんが精神崩壊するかもしれません。勇気を試す試練なので」
「ちなみに、その剣はどこにあるんだ。そこまで煽るからには最強の剣なんだろうな」
キョロキョロ首を巡らせるが、それらしいものは見当たらない。
「最強かどうかは、所持者によります。真理の剣は、主の能力に最適化し、潜在能力を引き出す剣ですから」
リリアの胸元が青白い光を宿した。闇に灯った炎のように朧気な光は、揺らめきながら大きな輝きを放ち始めた。
細い左右の指が、オレの右手に絡んだ。胸の膨らみに引き寄せられる。
意識が、囚われた。
光が明滅する。破裂と圧縮が繰り返され、小刻みに変動する。
やがて急速に冷気を帯びて、光は剣の姿に凝縮した。
「さあ、剣を取ってください」
「イズル!」
視界にリュシエルが入った。彼女の表情からは、余裕やからかう雰囲気が削げ落ちていた。
リリアの視線はリュシエルがいる空間に注がれていた。目が、細められる。
「あんた、後戻りできなくなるよ。その剣はイズルのものじゃない……」
ずい分、雄弁だな。
筋書きを乱すからか。
ジュリアンには死が義務付けられている。
だったら筋書きに従っていても、いずれ死は確定する。
「勘違いするなよ」
この命はオレのために存在している。
勇者の踏み台にはならない。
「オレの人生はオレの物だ」
柄を握りしめた。
意識が上空に飛んだ。
気付くと、オレは石造りの大広間にいた。




