18 《託す者》彼が眩しく見えたのは
「リリア!」
祖父の叫びは、リリアが知る限り、これまでで最も強い感情を帯びたものであった。
激情といえるほどであったが、哀しみなのか、怒りなのか、リリアには判別できなかった。きっと祖父自身も分かっていないだろう。
祖父のために用意された磔台に押し付けられ、リリアは死を覚悟した。
「まさか、今さら自分の言葉を後悔してはいまいな」
グスタフが嘲る。
騎士たちが囃し立てる。
右の手首が縛られた。
「あなたごとき、小物の魔物が私の剣を扱えるとでも?」
意識に反して、リリアの声が震えた。
予見はしていた。
ヤリスの街では、魔物の噂が絶えなかった。
剣の巫女がいる村の近くだ。
勇者に剣を渡すまいとする竜王の意図を感じていた。
グスタフは村に配下を派遣した。
排除すれば、村に侵攻する大義名分にもなる。
暴力から救ってくれたイズルを即座に追い出したのは、巻き込まないようにするためだ。
巫女であるリリアには、勇者の真贋の目には及ばないものの、能力値を見る力が備わっている。
村を救ってくれたイズルには、特別な雰囲気があった。
リリアはイズルを鑑定して愕然とした。
レベルが低すぎる。グスタフが攻め込んできたら到底太刀打ちできない。
早急に村から遠ざける必要があった。いずれ彼に剣を渡せるならば、と。
左の手首に縄が巻かれる。
リリアにとっての心残りは、彼に剣を届けられなかったことだ。
磔台に接する背中が冷たい。祖父のすすり泣きが聞こえた。
絶望だけではなかった。
じきにグスタフは、血みどろのリリアのどこにも剣がないことを知る。
彼女の命とともに剣は消失する。
最後にグスタフに一泡ふかさせられる、と自分を納得させた。
竜王は勇者に渡るはずの真理の剣を我が物にすることを欲している。
失えば懲罰は免れない。
それが彼女にとって、せめてもの復讐だった。
リリアは剣がなくても、イズルが魔物を滅ぼすのだと期待した。
使命を全うできなかった巫女でも、辛うじて功績と言えるのは、イズルをグスタフから逃がせたことだ。
「イズル様……」
瞼を閉じる。
右の足首に縄が巻かれる。手間取ったのか、縄が外れた。
わっ、とどよめきが起きた。
右手首の縄が取れた。
目を開ける。
「呼んだか?」
左手が……自由になった。
目を開けると、バイザーを上げて騎士に扮したイズルがいた。
イズルは切った縄を宙に投げ捨てた。
「どうだ、オレの変装。完璧すぎて誰も気づかなかっただろ?」
前日の薄汚れた貴族という出で立ちではなかった。
イズルは甲冑に身を包み、取り囲む騎士に紛れて、リリアの拘束を解いていた。
グスタフの配下である騎士たちは、何が起きているのかと茫然としている。
主の令息であるジュリアン・エルミオンが騎士の姿で堂々と現れたのだ。ありえない事態だった。
その驚きが、空白の時間を生じさせた。
どうしてここに?
問いかけようとするが言葉が出てこない。リリアは喉が枯れるほどの極限状態にいたことを知った。
「デートの約束しただろ。果たしに来たぞ」
この場に不釣り合いなほどの笑顔だった。
リリアは目を見張った。
全員の思考が追いつかず、時間が停止したことについて、ではない。
イズルの能力値が前日より、大幅上昇していたためだ。
一日でレベルを3から7へ上昇させるだけでも、それなりの戦闘経験は必須だ。特筆すべきは、各能力値の上昇率だ。常識を逸脱するほどで、特に精神系の能力値、中でも魔力の上昇に関しては桁違いだ。
まだ物足りない部分も多い。
問題ない。リリアは即座に判断した。
理屈ではなかった。彼は何かを持っている。魂の輝き、とでも表現すればいいのだろうか、リリアは直感でそう感じた。
これなら届けられる。
剣を受け入れるだけの土壌さえ整えば、儀式を行使できる。
可能性は、剣が引き出してくれる。
「一瞬です。数秒だけでも時間を稼げますか?」
「まかせろ。オレはレベル7になったイズル様だぞ」
冒険者の平均にも達していない。
ギルド内で叫べば嘲笑されるセリフだった。それでもリリアにとっては勝利を確信できるほど心強い物だった。
彼が眩しく見えたのは、使命を達成できることの高揚感か、それとも……
とくん、とくんと、鼓動が耳元に響く。
「何をしている。死刑囚だぞ、さっさと捕えろ!」
状況を把握したグスタフの命が飛ぶ。
イズルの魔法が発動した。騎士たちの影が伸び、体に絡みついた。
影縫いは対象の自由を封じる。時間稼ぎには十分だ。
リリアは胸に手を当てて広げる。
左右の掌に光の帯がかかった。
「あなたに剣を託します」
剣の儀式を発動する。
光の帯が朝日に白く滲み、リリアとイズルを包んだ。
結界が二人を飲み込んだ。




