17 《巫女》死を覚悟できる程度には
グスタフ・エルミオンの瞳孔に封じられた漆黒は、リリアに異形性を感じさせるには十分であった。
手足を拘束されたリリアが突き出される。
グスタフは捕縛された村長から視線を映した。
その瞬間、空気が変わった。見開かれた大きな瞳に囚われてしまったような、そんな圧迫感をリリアは感じた。
「そうか、お前か」
グスタフが呟いた言葉が体を這い回るようだった。
おぞましさに、リリアは背をのけぞらせる。
降りかかるであろう未来を予見したわけではなかった。
リリアは理解してしまった。
自分がグスタフに人ならざる者を感じたと同時に、彼はリリアが『探し物』に関わる人物と見抜いたのだと。
「真理の剣を司どる巫女よ」
その場が息を飲むほどの緊張感に包まれた。
リリアと同じく座らされた村長や村民は、口を噤んだままだ。だが、表情から焦りや焦燥を隠しきることはできない。
「剣はどこにある?」
「何のことでしょう?」
リリアは即答した。
使命と向き合うことでリリアは強くなれた。
巫女は勇者に剣を授けるために存在している。
村人よりも、自分の命よりも、優先される。それが真理の剣だ。
「もう一度聞く。剣はどこだ?」
「あなたには決して手に入れることはできませんよ」
はったりではなかった。
事実として、グスタフが剣を入手することは不可能だ。
巫女が認め、かつ剣を持つ器がある者のみが、真理の剣を手にする。
「あなたのような魔物ならば、なおさらです」
周囲が騒めいた。
グスタフの身辺警護をする騎士は微動だにせず沈黙を保っている。
遠巻きの騎士たちの間で囁き声がする。
その声をかき消すように、グスタフの笑い声が甲高く轟いた。
「魔族と通じているのは、お前たちではないか」
「どういうことでしょうか」
「調べはついているのだぞ。魔族交信の罪で処刑予定だったジュリアン・エルミオンが昨日、この村に立ち寄ったことはな。大規模魔法で数人を葬ったことも報告されている」
「彼は命を脅かされた私たちをお救いくださったのです」
「そんな報告は受けておらん」
昨日……
リリアは記憶を呼び起こす。
立ち寄った一人の男性に命を救われたのは確かだ。
グスタフの配下に襲われかかったところを、彼が命がけで守ってくれた。
汚れてはいたが、服装から高貴の出だと推測できた。
彼が馬上のグスタフ・エルミオンの息子で、悪役令息と名高い人物、ジュリアン・エルミオンなのだろうか。
リリアは彼がイズル、と名乗っていたことに思いを馳せる。
偽名の可能性もあるが、名前などささいなことであることに気付く。
リリアは既に、彼に希望を見出したことを認めていた。
「ヤツを匿っているなら、この村も同罪だ。剣の管理もまかせておけんな。あれは魔族を討つ勇者のためのものだ」
「まだ、お分かりになっていないようですね。真理の剣は私が自由に渡せるといった類のものではないのです。私の心が動くかどうか、この方に使って頂きたい、そう思えるかどうかが全てです。申し訳ございませんが、あなたでは、私の心は微塵も動きません」
「魔族交信の罪人を匿い、あまつさえ、ワシの配下を口封じで殺した。国家に反逆の意志あり、とみなす」
「エルミオン様」
跪いたまま、村長である祖父が叫んだ。
「村の責任は私にあります。どうか、私に罰を」
正座による膝の痛みが限界に達しているのか、祖父の下半身が小刻みに震えている。
ここは情を排すべき状況だ、リリアは自分を諭した。
剣の保持を最優先するために、巫女としての命を守らなければならない。たとえ、祖父の死を目の当たりにすることになろうとも。
リリアはそう覚悟したはずだった。
磔台が準備されると、リリアの中で祖父との思い出が駆け巡った。
父は村を守るために命を散らし、母は巫女を産み落とすことで体力を削がれ、やがて命を失った。
祖父は甘やかしながらも、巫女として厳格に育ててくれた存在だった。
ダメだ、と分かってはいても、感情が理性を押し潰してしまう。
私は失敗作だったのだと、リリアは自嘲した。
祖父の教えに逆らい使命よりも、個人の情を優先させてしまうのだから。
昨日もそうだった。
祖父を人質に取られた途端、心が崩れてしまった。
命を盾に脅され、イズルを攻撃したときと同じだ。
違うとすれば。
リリアはグスタフを見上げた。
自分が死を覚悟できる程度には強くなったことだ。
イズルが傷を負いながらも、自分たちを守ってくれた。
その姿がリリアの心を燃やした。
「剣は私の体内にあります。引き裂いて取り出してはいかがですか?」




