14 浮いた死を安定させるには
甘い匂いがジュリアンの記憶を呼び起こし、オレに伝えたのか。
瞼越しに太陽の眩しさを感じた。
ずいぶん寝たような気がする。澄んだ空気が鼻を通して肺を満たした。
寝る前に嗅いだ異質な甘さが運んだものは、体に刻まれたジュリアンの記憶だった。
風が草木を揺らして、淀みを押し流した。
「朝……か?」
時間を把握しきれない。やけに清涼な空気を味わって、朝だと直感的に理解した。
昼食後に勇者と知り合って、そこから昼寝をしたわけだから、かなり長い間眠っていたことになる。
脱獄後の疲れもあったのだろう。そう考えると、ちょうどいい休息だったのかもしれない。
木を見上げると、枝の間に張られた蜘蛛の巣が視界に入る。光に反射して輝く。蜘蛛が糸を伝って、枝から枝へと橋を渡るように移動した。
手首をかざす。
爪痕がまだ残っている。ジュリアンの父親に捕まれた時のものだ。
デーモンから滲んだ香りがジュリアンの夢を想起させたというわけか。
繋がった。お前が差し向けた追手か。
誤算だったな。オレは素直に殺されてやったりはしない。
即座に処刑しなかったことがお前の運の尽きだな。オレは脱獄して、まだ生きてるぞ。
必ず後悔させてやる。
勢いよく体を跳ね上げると、胸元からボテっと小さなものが落ちた。
「あ」
「ちょっと、人がせっかく気持ちよく寝てんのに何すんのよ!」
リュシエルが歯を剥き出しにして怒鳴る。
「オレはお前の枕じゃない!」
「失礼ね、私の枕はもっと寝心地いいわよ。高級天使の羽根が詰まってるんだから」
「お、それいいな。今度寝かせてくれよ」
「なん……ってデリカシーのない男なの。女の子の枕で寝るって、それいったいどういう状況なのよ!」
リュシエルは、ぶーぶー頬を膨らませて腕を振り回す。
「そりゃ、そういう状況なんだろうな。というか、手のひらサイズの天使に枕を借りるのは無理か」
「ふふん。分かってないわね。私は、あえて体を小さくしてるわけ、コスパ重視よ、コスパ。本来の私は人間サイズなの」
「ほう。そのルックスで人間サイズとは。是非見たいもんだな」
「そうね、イズルが死んだら、本来の姿であの世に連れて行ってあげてもいいわよ」
「あのな」
重要なことは隠すし、死亡イベントを傍観するし、人の飯は食らうし……
オレは髪に指を突っ込んだ。
「たまにはオレの手助けでもしたらどうなんだ」
「ありえなーい」
眠そうに欠伸をして答える。
リュシエルは筋に関しては無言を貫こうとしている。
だが、基本的に真面目で嘘をつくのが苦手な性格だ。
本音や焦りが口を突いて出たり、不自然な沈黙もヒントになりそうだ。
ジュリアンが痩せた理由、村での唐突のだんまり、デーモン戦で勇者が現れた時の動揺。
これらは全て筋に関することだ。
そして、ジュリアンの夢で出たキーワードは、村、真理の剣、勇者、監視だ。
加えて勇者一行は竜王討伐の旅をしている。
何よりも勇者エミルの輝きと存在感は、この世界の騒めきすらも無へと帰してしまうほど圧倒的だ。
これらから導き出される筋書きは……
勇者物語。
勇者エミルを主人公とした小説だ。
この世界でオレの死が、物語を動かすきっかけになるのならば。
ジュリアンの断頭台での処刑は、勇者を次の行動へ移すためのイベントということになる。
つまり、オレの命は、勇者の栄光を支えるための装置、駒だ。
オレが生存することにより、『ジュリアンの死』が確定せずに、宙に浮いてしまった。装置が機能しなかった。
物語にとって、オレは不安定な存在だろう。
この状態を安定させるには、『ジュリアンの死』を確定させる必要がある……




