11 勇者の目のルール
「危ないところだったね」
オレの正面に陣取った勇者が目を覗き込む。
「まあな。それにしても悪いな、こんなの貰って」
オレはパンを食いちぎった。肉と薬草を挟んだものだ。体力と傷の回復に効くらしい。
味もなかなかのもので、この世界に転生して一番の食事だ。
比較対象は巨大魚しかないのだが。
「自己紹介がまだだったね。僕はエミル」
「我はゴードン、よろしくな」
「私はキュロと申します」
あぐらをかいた男三人でオレを取り囲んで次々名前を言う。
暑苦しい。
「大丈夫? あんた、男の人の名前、すぐ忘れるでしょ?」
リュシエルが耳元で囁く。
失礼なヤツだ。ジュリアンなんちゃらの名前は、努力してその日のうちに覚えたぞ。
「えっと、勇者と戦士と魔法使い、だな」
外見でだいたいわかる。
「魔法使い、というより、職業で言うなら、私は賢者ですが」
賢者か、確かに賢そうだ。
「お主、面白いヤツだな」
戦士が豪快に笑った。
「君の名前を教えてくれるかい?」
「オレはイズルだ」
「イズル?」
勇者が眉根を寄せた。
「バカ、あんたはジュリアンだって言ったでしょ?」
ぺし、とリュシエルに頬を叩かれた。
「君は……ジュリアン・エルミオンだね?」
確信めいた口調で勇者が言った。
「そういや、そうだったな」
「ジュリアン……」
賢者には思い当たることがあるのか、勇者が呟いた名を繰り返した。
「お主が、かのジュリアンか。勇者に嘘は通じんぞ、真贋の目があるからな」
「真贋の目?」
初耳だな。
「勇者だけが持つ能力よ。この世界のあらゆるものを鑑定できる」
リュシエルが説明する。
「勇者は他人のレベルやステータスを見ることができる。偽名や変装してもムダだってこと。騙そうと近づいたところで瞬時に見破られる。彼がどこまで把握できるのかは、私にだって分からない」
それが勇者の目に関するルールだと把握しながらも引っ掛かりを感じた。
勇者はイズルと名乗ったオレをジュリアンだと看破した。
逆だ。オレの本質はイズルだ。
「どうかしたのかい?」
勇者の視線はオレからリュシエルに移った。
眉間に皺を寄せる。
まさか、勘づいてるのか?
「いくら勇者でも、物語外のノイズである私を感知することはできないはずよ」
真贋の目はノイズを知覚できないということか。
なるほど。勇者の目の能力は、この世界に存在するもの限定にされ、ノイズにまでは及ばない。だから勇者は、オレをジュリアンと認識することしかできない。
「何か、そこにいるのかい?」
見えなくても、オレの視線を追って勇者が探りを入れてきた。敏感なヤツだ。
「別に。それより、その目だとレベルが分かるんだろ」
パンを食べ終えるとオレは果実を摘まんだ。
甘さが口に広がった。
いくつか貰っておいて、後でリュシエルにも分けてやるか。
恨めしそうな視線が痛い。
「オレのレベルがいくつか教えてくれよ。さっきまで3だったんだけどな」
「レベル3だって?」
戦士が声を張り上げた。よほど意外だったらしい。
「君の今のレベルは……7だ」
「まだ7かよ、低いな」
デーモンとの戦いがレベルを押し上げたのは当然として、まだ平均的な冒険者の水準には達していない。
オレは足の傷を確認した。薬草の効果だろうか。痛みが和らいでいた。
「レベル3でデーモンと一戦を交えれば、最低でも10は行くはずだ。お主は鍛え方が足りん。その肉体だとレベルもなかなか上がらんぞ」
むさくるしい戦士に言われなくても理解している。
イズルの能力を引き出すために、ジュリアンを戦闘に慣れさせれば、レベルと言う結果もついてくるはずだ。
「ゴードン。それよりも問題はレベル3が一人でデーモンと渡り合っていた事実です」
「君は、何者だ?」
勇者がオレの眉間付近を凝視する。瞳孔が開き輝きを増した。
オレのステータスでも覗いているのか?
「デーモンはレベル20の冒険者ですら刃が立たない」
「25は必要ですね」
オレには前世の経験があるからな。
そんなことをこいつらに話したところで理解はできないだろう。
「やはり、魔族と交信していたという噂は本当なのか」
戦士の声が低くくなった。
ギョロリ、と賢者の眼差しが鋭くなる。
「ジュリアン・エルミオンは、魔族との交信による反逆罪で処刑予定だった」
賢者が傍らの杖を握った。
「え、そうなのか?」
リュシエルに尋ねる。
反逆罪とは聞いていたが、魔族との交信が原因か。この肉体に交信できるほどの魔力があったとは思えないけどな。
「私はガイド役じゃないよ。筋に関することは言わないってば」
「交信があれば目で痕跡を追える。彼に仮に魔族がジュリアンに化けているとしても、僕の目はごまかせない。つまり、彼は人間だ」
勇者の言葉に賢者が頷いた。
「通じていたとするならば、魔族にとって彼は仲間のはず。そうすると、さきほどデーモンに襲われていたというのは辻褄が合いませんしね」
「そうかそうか、やはり噂であったか」
戦士が豪快に笑った。
「魔族交信の形跡がない。なのに、魔族との交信により処刑される予定だった……」
勇者は顎に指を当て、慎重に言った。
「冤罪だったとでも?」
賢者が勇者に真意を求めた。
「誰かがオレを嵌めたってことか?」
まさか、そんな大事なことを黙ってたんじゃないだろうな。
睨むとリュシエルはふいっと顔を背けて口笛を吹きだした。
オレがこんなに苦労しているのは、どこかの誰かによる陰謀だとすると。
やり返してやらないと気がすまないな。
「やはりヤリスの街に赴いて、確かめる必要がありそうですね」
賢者が昨日までオレがいた方角に向かって言った。
「そうだね、何かがあるのかもしれない」
勇者が腰を上げると、戦士と賢者が続いて立ち上がった。
「ジュリアン、僕たちは先を急ぐことにするよ。そして、何が起きているのかを明らかにする」
「おう、我らはどこまでも勇者エミルに付いていくぞ」
「この目で悪を見つけ、破邪の剣で断罪する。これは、僕にしかできないことだ」
この世の祝福を纏ったかのように、白銀の鎧は煌びやかだ。
戦士と賢者は、勇者の輝きを誇らしげに眺めて頷いた。
「よかったら、一緒に行くかい?」
勇者は爽やかな面持ちで、オレを誘う。
誰もが清廉潔白の正義だと持てはやしそうだ。勇者の鑑だ。
オレとは違う。
男だらけの冒険なんて息が詰まる!
「これはお前のパーティーだろ。オレにはオレのパーティーが……ここにあるんでな」
戦闘では傍観してるだけで役に立たない相方がここにいる。
リュシエルはオレの答えに対し、不思議そうにしている。
食いしん坊だが、美少女天使。そこが重要だ。
「一人で冒険するってことかい? 危険すぎる。だが、もしかして君なら……」
勇者は浮かんだ考えを否定するかのように首を振る。
「一人であって、一人でない、それがオレのパーティーだ」




