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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~それは処刑前夜に始まった。世界に殺されるなら、運命に抗い脱獄する――これがオレの物語だ~  作者: 未玖乃尚
第二章 勇者と竜王がいるらしい

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10 白銀の勇者と破邪の剣

「飽きた」

 朝食の残りを飲み込んでリュシエルがぼやいた。


「文句あるなら食うな」

 木の根元に腰掛けたオレは、炙っておいた巨大魚の切り身を口に投げ込む。多めに持ってきたとはいえ、これからのことを考えると他の食料も確保しておきたい。


 同じものばかり食べるのは、グルメなオレには耐えられないことだ。

 丘から下を眺める。

 モンスターがいれば経験値にもなるし、焼肉にもなってもらうんだが。


「私、果物がいいんだけど」

 ハエのように、リュシエルがブンブン飛び回る。

 はたき落した。


「いったいわね。何すんのよ」

「やかましい。文句ばかりいいやがって。とりあえず昼寝してるから、食いもんで探してきてもらおうか」


「天使様の私を顎で使うっての?」

「飯食うだけの天使なんぞいらん。オレが死にそうなときもボケーっとしてるしな」

「ぬううう、じゃあ探してあげるよ。見つけたら褒めてよね」

「見つけてから言え」


 盗賊退治で血を流して、傷も完治していない。

 魚で腹が満たされると、眠気がやってきた。

 体を横にすると、瞼が落ちてくる。少し休んで、体力を回復するか。


「ねえ、イズル……」

「うるさいな、ちょっと寝かせろ」

 耳元がうるさくて寝返りを打った。


「あれ、鶏肉代わりになるかな?」

「鳥か? まあ夕食に焼き鳥もいいけどな」


 バサッと乾いた音がして、空気が揺らいだ。

 瞼越しの光が黒く染まった。昼から夜へと移り変わったようだった。


 薄く目を開けてみた。骨ばった黒い翼が頭上を覆っていた。翼と同じ色の尻尾が、天を突き刺すように直立する。

 オレを映すその両眼は、燃え盛る深紅だった。


「デーモンだけど、褒めてくれる?」

「さすがに、これ食ったら腹壊すだろ」


「見ツケタ」

 人語を解する魔物。この小説世界が現実に即しているとすると、レベル3のジュリアンではきつい。

 上級魔族だ。


「また死亡フラグかよ!」

 体を反転させて、木の裏に回り込む。


 炎が走る。

 焦げた臭いをさせて木が倒れた。

 物理攻撃ならナイフで対処できる。魔法は厄介だ。


「頑張れイズル。いや頑張らなくてもいいけど」

「ちょっとくらい手伝わんかい! オレはレベル3なんだぞ」

「ダメダメ。私は、早く家に帰りたいんだから」

「ったく、飯ばっか食らいやがって」


 丘を駆け降りて敵の視線を探る。魔法の発動方向を予測し、攻撃範囲から逃れる。

 火の帯が迸り、頬をかすめた。

 素早さが絶対的に足りない。村で受けた腿の傷が疼く。


 どうする?

 血を使うのはダメだ。一撃で葬れる魔力を捻出できるか怪しい。肉体が持たない。


 レベル3のこの肉体では、触媒を使用せずに攻撃魔法を発動したところで、デーモンには通じないだろう。


 隙を見つけて、ナイフで急所を抉るか?

 上空から影が舞い降りた。業を煮やして近距離での魔法に切り替えたか。

 デーモンが拳一つ先で炎を放った。


 最初で最後。

 レベル3ではこれが限界。

 一点に凝縮した魔力で、炎の矛先を変えた。


 背後に爆音が響く。背中が焼けそうだ。貧弱な体が爆風で加速した。

 オレは握りしめたナイフを、デーモンの右目に突き立てた。


 もがいて振り払おうとする手を避けて、奥へと押し込む。

 雄たけびに似た叫びが響き渡った。ナイフを離して額を蹴り飛ばし、デーモンと距離を取る。


 着地すると足元が崩れた。傷と激しい動きで体重を支え切れなくなっているようだ。


「さて、次はどうするか」

 手元に武器はない。デーモンに刺したナイフを回収したいところだが。


 非常用に用意している石もある。

 指で目つぶしする方法もある。

 攻撃手段を探っていると、近づく気配があった。


「加勢させてもらうよ」

 白銀の鎧が輝いた。若い冒険者だった。ザクザクした金色の毛束が印象的だ。

 ジュリアンと同じくらいの年だろうか。


 冒険者は黒い柄の白刃を構えた。神秘的な光を放つ剣は、草原の喧噪を飲み込み静寂をもたらした。

 一点の曇りもない鎧だった。その出で立ちは、自分こそがこの世の正義だと主張しているようでもあった。


 リュシエルに答えを求めるまでもない。世界が、この冒険者は特別な存在だ、と語る。

 筋書きを知らないオレにさえ、そう思わせた。だったら、この男が物語の住人に与える影響は相当なものだろう。


「エミルにまかせておけば大丈夫だ」

 右隣に立ったのは、鋼のような、筋肉で覆われた巨躯の男だった。

 大剣を肩に担いだ男はオレを見下ろして、にんまりと笑う。


「彼こそ、世界を救う勇者エミルです」

 左側で白いローブを纏った少年が言った。少し年下くらいだろうか、身長はジュリアンの肩程度だ。膨大な魔力が滲み出しているのを肌に感じた。


「誰だ?」

「我らこそ、竜王を倒すために旅をしている勇者一行よ!」

 がははは、と地響きのような笑い声が轟いた。


「自分たちで勇者言うな」

「なかなか面白いな、お主」

 男がバンバンとオレの肩を叩く。

 やめろ。レベル3の体ではダメージを受けてしまう。


「勇者……」

 耳元でリュシエルが呟いた。

「どうして勇者がこんなところにいるの」


「竜王を倒すためだってよ」

「違う。勇者は本来なら村で……」

 そこまで言ってリュシエルは口を噤んで考え込む。

「もしかして、あんたが、あの二人を救ったから?」


「おい、いいところだぞ、見逃すでない」

 戦士風の男が告げた。

 リュシエルの言葉は届いてない。


 上空に逃れたデーモンが魔法を発動させた。片目を失ったことに危機感を抱いたのだろう。

 障壁により、防御力を向上させる。これで物理攻撃や魔法攻撃に対する軽減効果が付与された。


 仲間の二人は、支援する様子もなく見守っている。

 勇者一人で、デーモンを制圧できるという算段か。

 任せきっているということは、圧倒的に制圧できるという信頼が勇者にあるからだ。


「あれが破邪の剣です」

 少年が言った。

 勇者の構えた剣が輝きを発した。


「あれこそ、勇者のための悪を断ち切る剣」

 勇者がその場で剣を振った。

 張り詰めた空気の中で微かに聞こえたのは、ガラスが割れるような音だった。


 デーモンを覆った障壁にヒビが入り、砕けた。予想外の出来事にデーモンの瞳が大きく開く。

 勇者が跳躍した。水平に剣を払うと、デーモンの体は上下に裂け、弾け飛んだ。


「破邪の剣は、勇者が悪と見なした障壁を無効化する。防御系統の要を破壊されちゃ、たまったもんじゃねえだろうよ」

 戦士が高らかに笑った。


 お前の手柄じゃないけどな。

 着地して仲間に向けた勇者の笑顔は、子供のように明るく一点の曇りもないものだった。


「さすがエミルだ」

「素晴らしい戦いでした」

 勇者の仲間たちが口々に褒めそやす。


 デーモンは空気に滲み込むように飲まれていった。

 甘く、眠りに誘うような香りが、サッと鼻の奥を掠めた。


 脳を痺れさせるような余韻が瞼を重くした。

 一瞬の出来事だ。気のせいというなら、そうだろうと納得できるくらい微かな香りだった。


 嗅いだのはオレだけだろうと、そんな曖昧な確信があった。

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