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悲しい別れ

 俯いた僕を慰めるように、二度寝屋が明るい声を発した。

「それナラ、今度俺主催の合コンに誘うヨ。失恋を癒すのは新しい恋ってヨク言うダロ?」

「合コンって……先週、恋人なら明日できるとか言ってなかったか?」

 そうかそうか、フラれたか。

「できたヨ」

 できたんかい。相変わらずちゃっかりしてんな、コイツ。

「でも、周りが見事に撃沈だったから、また頼まれてセッティングするノ。次も渾身のあやかしが集まるヨ。金魚のあやかしに口裂け女、(のみ)の付喪神に座敷童子(ざしきわらし)から件娘(くだんむすめ)まで、美人が勢揃いだゼ」

 相変わらず謎の人脈を持つ親友に、僕は苦笑混じりにツッコんだ。

「……人間はいないんだね」

「贅沢言うナ」

「はいはい。ま、気が向いたら顔出そうかな。今はあんまり気が乗らないし……」

「任せろ。お前が参加するなラ、可愛い子を用意スるよ。じゃ、俺モそろそろ帰ルね」

 二度寝屋が立ち上がる。ふと、その金ピカの面がフッと笑ったような気がした。

「……気を付けて帰れよ」

「オウ。なにかあったらメッセージしろヨ」

 そう言って、二度寝屋は軽い足取りで帰っていった。彼なりに失恋した僕を慰めようとしてくれているのだろう。相変わらずいい奴だ。

 

 ……とはいえ、

「……長かったなぁ……」

 彼女のことは一年半想い続けたが、結局実らなかった。

「最近は結構いい感じだと思ったんだけどなぁ……」

 涙が零れないよう上を向くけれど、不意に鳴った来客を知らせる病室の扉の音に、その強がりは呆気なく崩れていく。

 訝しく思いながらも目元を拭い、返事をする。

「……どうぞ」


 扉を開けてひょっこりと顔を出したのは、華美さんだった。

「えっ……」

 彼女はちょこちょことベッドサイドに来ると、僕の顔の横にしゃがみこんで視線を合わせてくる。そんな何気ない仕草にすら、僕の胸は容易く弾む。

「……わざわざ来てくれたの?」

 どうしよう、どんな顔すればいいのか。まずなにを言う? 謝ればいいのか? それともお礼?

 一人悩んでいると、華美さんは僕の手を取り頭を下げた。

「ごめんなさい。華美のせいで、荒矢田君死にかけたって先生が言ってました」

「華美さんのせいじゃないよ。もう元気だし、気にしないでよ」

 今にも泣き出しそうな顔をする華美さんに、僕は慌ててぶんぶんと首を振る。

「華美……あのお弁当だけは上手くできたから荒矢田君に食べてほしくて、勇気出してお昼誘いました……でも、結局荒矢田君に迷惑かけました。ごめんなさい」

 そう言って、華美さんは肩を落とす。

「違うよ、華美さんはなにも悪くないんだって。だから顔を上げて」

 僕が悪いのに。僕はいつも、彼女に謝らせてばかり。彼女に暗い顔ばかりさせている。

「ううん、華美のせいです。ごめんなさい」

 やはりこれ以上、彼女を悲しませるわけにはいかない。僕は、彼女の側にいてはいけないんだ。

 そう強く思い直し、意を決して口を開いた。

「……ねぇ華美さん。悪いんだけど、僕にはもうかかわらないでくれるかな」

「え?」

 彼女は泣きそうな顔で、僕を見上げる。その顔に、胸がギュッと絞られるように痛んだ。

「僕、実は潔癖症なんだ。いつもハイターとかアルコール持ってるし、昨日華美さんにプールに誘われたときも、君が家族だっていったプールの黴を落としたくてたまらなかった」

「え……」

「嫌でしょ? 華美さんだって、僕みたいな綺麗好きの男」

「そ、そんなことないです!」

 華美さんは慌てて否定するけれど、その肩は少し震えていた。

「無理しなくていいよ。……僕も正直、華美さんと一緒にいると苦しいんだ。これまでは自分を誤魔化してきたけど、今回のではっきり僕たちは相性が悪いんだって気付いた。だから……ごめん。もう僕のことは放っておいて」

 僕の言葉に、華美さんは俯いた。ベッドに置かれた手は、悲しげに震えている。

「そうでしたか……華美は……迷惑でしたか」

 華美さんの震える声が堪らず、僕は彼女から目を逸らした。

「……うん。ずっと迷惑だった」

 心にもないことを口にする。

「……そうでしたか……華美はずっと知らずに……ごめんなさい」

 その瞬間、華美さんは勢いよく立ち上がり、泣きながら病室を飛び出していった。

 遠くなっていく足音に、自分自身への嫌悪と彼女への罪悪感が溢れ出す。追いかけてしまいそうになる足を懸命に堪えながら、僕は唇を噛み締め、空を仰いだ。


 ……これでよかったんだ。そもそも僕たちじゃ、住む世界が違い過ぎたんだ。

「ごめん、華美さん……」

 華美さんは、僕がひどい言葉をぶつけたとき、どんな顔をしていたのだろう。泣いていたのだろうか。

 ふわふわな髪を揺らして病室を出ていった彼女の背中が、脳裏から離れない。

 

 聞き分けが良過ぎる彼女は、恨み言のひとつも言わずに僕の前からいなくなった。

 

 ひとりきり静かになった病室で、僕は枕に顔面を押し当て、感情を押し殺すように息を吐いた。

 約一年半。友達以上恋人未満のふわふわした関係は、僕の一言で呆気なく崩れ去った。

 ……それなのに。

「…………好きだ、華美さん」

 どうやら、僕の恋の病は治るどころかもっと重症化してしまったらしい。

 恋とは上手くいかないものだ。


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