第2話
「どうも。こんにちは。『荒井 秋子』さん」
買い物途中、白にピンクのリボンを巻いた、つば広帽を目深に被った、長い金髪が特徴的な、黄色いワンピースの女の子が話しかけてきた。
それが、私の運命の分岐点だったのだろう。
秋子がいなくなって1年が経った。
衛芯は、探して探して、探して探した。
けれども、見つからなかった。
響は、自分のせいだと思った。自分が、秋子を追い詰めたのだと。少しの罪悪感と、どうでもいい、鬱陶しい奴がいなくなって精々する、という、よくわからない感情を抱えた。
それでも、季節は無情に過ぎていった。
「ただい……何やってるんだ」
響が買い物から帰ると、衛芯は携帯ゲーム機で遊んでいた。
「おお、お帰り。まあ、なんだ、ちょっと懐かしくなってな。お前もやるか?」
「……物しまったら、付き合う」
「……。珍しい。槍でも降るか?」
「……別に。気まぐれだ」
響は、てきぱきと買った物をしまった。
「秋子の部屋の戸棚の中に置いてあるから、取って来てくれるか?」
「ああ」
響は、久しぶりに秋子の部屋の扉を開けた。秋子がいなくなった、その時のままだ。
響は、机の上に積まれているノートに目をやった。なんとなく、開いてみた。咎める者も、いないのだし。
それは、秋子が書いたであろう小説だった。パラパラとめくるが、全ページみっちりと文字で埋めつくされている。
響は、机の上に目をやる。他のノートもめくってみた。イラストが描かれているものもあった。
「(後で……見てみるか……)」
響は、なんとなく、そう思った。
「難しい……な」
響は慣れない操作に苦戦していた。
「だろ? 俺も秋子も苦労したんだよ」
「あいつ、ゲームが好きって言ってなかったけ?」
「好きだけど、上手く無いんだとよ」
「へー……」
響はゲーム機を操作しながら思った。
「(そんな事、初めて知った)」
風呂上がりのゆったりした時間、響は秋子の部屋に入り、ノートを見た。
お世辞には、上手いと言えるくらいのイラスト。
だが、海賊、エルフ、学生、雪女。個性的なチョイスのイラストが生き生きと描かれていた。
「(あいつ……こんなの描いてたのか……)」
小説のノートにも手を伸ばした。黙々と読んでいたが、時計の針が何周もする。
「(これは時間がかかるな……)」
響は、日にちをかけて読もうと、ノートを閉じた。
秋子の小説は、まあ、幼い少女らしい、技巧も何も無い文章だった。
だが、ファンタジー、恋愛、アングラ、現代もの、短編、中編、長編、様々なものが、彼女のアイデアを元に飛び出してきた。
響は吸い込まれる様に夢中で読んだ。
「……」
秋子の作品には、才能と努力の跡が見てとれた。
「(俺は……それを……)」
無下に扱った。勉強をしろと、将来の為と、散々言って、健常者だから、やって当たり前だと……。
「(俺は、秋子の事、何もわかろうとしてなかった……。健常者だからと……)」
響の心は揺れ動いた。健常者を憎む気持ちと、秋子の事をもっとわかりたいという気持ちと……。
「(でも……)」
今さら、もう遅い。
秋子は、いないのだから。
『それ』は、何の前触れも無く起こった。
ドォン……!!
「何だ!?」
響が人気のないところを巡回していると、研究所のある方から爆発音が聞こえてきた。
響が駆けつけようとすると、後ろから声が聞こえてきた。
「待って」
響が振り向くと、そこには……
「秋……子……?」
記憶の中より、少し成長した秋子が立っていた。