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7. 異母妹は病なんです(頭の)



 「……何の騒ぎだね?」


 お、いい声だ。

 バルバラが声の方を振り向くと、フェリクスを伴った一人の紳士が歩いてくる。

 50過ぎと聞いているが40代前半と言われても納得するほど若々しく、整った顔立ちのイケオジだ。

 髪は茶色だが瞳は青で、どこかドルガン王に雰囲気が似ている。


 「ギース公爵様」

 バルバラが礼をすると、他の者たちもぱらぱらとそれに倣った。

 床に座り込んでいるダーラだけがぽかんとしている。

 「第四側妃様ですね。お初にお目にかかります」

 「ギース公爵様、ごきげんよう」

 「何やらトラブルのようですが……」

 「ええ、お恥ずかしい限りですわ。実家の者なのですけれど、昔から被害妄想が激しくて……」

 バルバラははあっ、とため息をつきながらダーラにちらりと目をやった。

 「な、なによ!」

 案の定、馬鹿にした眼差しを向けてやればダーラは被っていた猫をあっさり脱ぎ捨てた。

 「バルバラのくせに馬鹿にするんじゃないわよ!あんたなんか、お父様に言って叱ってもらうんだから!!」

 「……この調子なのです」

 「なるほど」

 ギース公爵はダーラに怜悧な目を向けている。

 友人のミーガン子爵の夜会を台無しにしようとしているのだ、いい感情はないだろう。

 だが彼の視線を都合の良いように取ったのか、ダーラは一瞬で媚を売る顔になった。

 「公爵様、騙されてはいけませんわ。嘘つきはバルバラの方なのです。今も私のイヤリングとネックレスを堂々と着けて、これは自分のだと私を馬鹿にしたのです。……お父様からいただいた大事なものなのに」

 「本気で言っているのか?」

 口を挟んだのはフェリクスだ。

 イヤリングとネックレスが実はダーラのだったと言われれば、彼は黙っていられないだろう。

 しかしダーラは美貌の貴公子にさらに目を輝かせた。

 「本気です!そのイヤリングとネックレスはお父様が誕生日にプレゼントして下さったのです。とてもとても大事なものなのです。なのにお義姉様は昔から私のものをよく横取りしていて……。これだけはどうしても盗らないでと泣いて縋ったのに、王宮に輿入れする日に私から奪っていったのですわ!!」

 

 自称搾取系ヒロイン・ダーラの物語が終わると、しばらく会場はしんとした。

 ダーラはしくしくと顔を手で覆って泣きまねをしている。

 デニスはといえば、火の粉を被りたくないのかそっと群衆に紛れていた……やっぱり小賢しい奴だな。


 「さて、……どうしたものかな」

 呟いたのはギース公爵だった。

 「聞けば聞くほど身内の話だと思うのだが、どうやらそこのご令嬢は周囲に公にしないと気が済まないようだね」

 「申し訳ございません」

 バルバラはすかさず謝った。

 好感度を下げないようにしなくては。

 「第四側妃様、ご令嬢はそのアクセサリーを盗まれたと主張しているが、本当なのですか?」

 「いいえ、事実ではありません」

 バルバラははっきりと否定した。 

 「ではどちらもあなたのものなのですね?」

 「イヤリングに関してはそうですわ」

 「イヤリングだけ……?それではネックレスは……」

 「このネックレスは、私が夜会に出席すると知った王妃様がわざわざお貸しくださったのです」

 「王妃様が?」

 群衆たちがざわざわし始めた。

 バルバラの言い分が事実なら、ダーラはこの国で最も高貴な女性の持ち物を横取りしようとしていることになる。

 さらにフェリクスが畳みかけた。

 「第四側妃様のおっしゃったことに間違いはありません。そのネックレスは王妃様が輿入れの際にお持ちになったものです。それを、自分のものだなどと……なんと厚かましい令嬢だ!」

 「!!」

 ダーラがぎょっとして顔を上げた。

 やはり涙など一筋も流していない。

 「王妃様は第四側妃様と殊更懇意にしていらっしゃいます。ちなみにそのエメラルドのイヤリングも、王妃様がわざわざ選んでプレゼントされたものだと聞きました。どうしてもイヤリングを自分のものだと主張したいのならば、購入した時の記録を持って役所に届ければいいのでは?」

 「あ、……その」

 ダーラは目に見えて慌てだす。

 うろうろと視線をさ迷わせているが、婚約者のデニスはとっくに逃亡済みだ。

 このまま過去の異母妹の所業を明らかにして公開処刑してやりたいところだが、これ以上主催者のミーガン子爵に迷惑はかけられない。

 バルバラよ、心頭滅却せよ。今は復讐よりも好感度だ。

 

 バルバラは群衆の中に混じって赤の他人を装っている婚約者を扇で指した。

 「デニス卿!」

 扇の先を見た群衆の視線がデニスに集中する。

 「あれ、あの令嬢をエスコートしていた令息だよな?」「婚約者なの?どうしてあの令嬢を止めずに隠れていたの?」とひそひそされている。ざまあ見やがれ。

 デニスは出て来ざるを得ず、真っ赤な顔でおずおずと前に進んだ。

 逃がさないからな。

 バルバラをあっさり捨てたくせに、異母妹ダーラという泥船から簡単に抜け出せると思うなよ?

 「デニス卿、これ以上は主催者の方のご迷惑になります。あなたの婚約者は気分が優れない様子……今夜はお帰りになった方がいいのでは?」

 「は、はい。そうさせていただきます」

 デニスは退場を促され、渡りに船とばかりにダーラの手を引っ張った。

 ダーラも形勢不利を悟ったのか素直に従う。

 二人が完全に退場し、会場はようやく静かになった。



 バルバラは周囲を見渡すと、ゆっくりと頭を下げた。

 「皆さま、お騒がせして申し訳ございません。ダーラ嬢は昔から(姉のものを何でも欲しがる)病を患っておりまして。どうかご容赦いただければと思います」

 「病なのにこのような夜会に?」

 ギース公爵が首を傾げて質問した。

 こちらを試しているみたいだ。

 「ええ、私も驚きましたわ。デニス卿は私の元婚約者なのですが、ダーラ嬢と愛を交わし、必ず彼女の病を治して見せると強く主張し、私との婚約を解消したのです。夜会に参加したということは彼の愛で病が治ったのかもしれないと思ったのですが……どうやら完治には程遠い様子です」

 さりげなーくバルバラとの婚約中に浮気したんだと匂わせておく。

 本当は姉と妹を天秤にかけていただけなのだが、もし王家から側妃の話がなければバルバラは無一文で放り出されていた可能性もあるのだ、これくらいの報復は許されるだろう。

 「確かに、王妃様のネックレスを自分のものだと堂々と宣言したのだ。ダーラ嬢は深刻な病なのでしょうね」

 「私はデニス卿の深い愛でダーラ嬢が立ち直ってくれると信じております」

 よし!この話が広まれば、デニスはそう簡単にダーラと別れられないだろう。ざまあみさらせ!


 会話が終わったところで、子爵夫人が新しい料理とホットワインを振る舞う。

 周囲の意識が逸れたところで、バルバラはギース公爵に向き直った。

 「公爵様、静かなところでゆっくりお話をしたいのですが」

 「国王陛下のご寵愛が深い第四側妃様のお誘いを断れませんな。ミーガン子爵に部屋を用意してもらいましょう」



 

 ミーガン子爵が用意してくれた客間でギース公爵と向き合う。

 飲み物だけ受け取り、フェリクスに扉の前に立ってもらった。


 「それで、側妃様が私のような老体に何の御用ですかな?わざわざ夜会に参加するとは」

 ギース公爵がグラスを傾けながら言う。

 キザだけど様になってるな。

 「どうぞバルバラとお呼びください、ギース公爵様」

 「バルバラ様。……そして彼はフェリクス卿ですね、確かエヴァンジェリン王妃陛下の従者だと記憶しておりましたが」

 「現在は妃陛下の従者を辞し、国王陛下の下で働いております」

 「ほう、珍しい組み合わせですな」

 フェリクスのことを説明してると長いので、ここは聞かなかったふりをする。

 時間も無限ではないのですぐに本題に入ることにした。

 「今日は公爵閣下にお願いがあって参りました」

 「伺いましょう」

 「国王陛下に閨の指導をしていただきたいのです」

 「……」

 さすがのギース公爵も固まった。

 そりゃそうだよね。

 「どうして私に?」

 「公爵閣下が発行された本の件はお聞きしました。今の陛下に足りないものはそれだと思うのです」

 何が足りないかは、ギース公爵なら分かるだろう。

 「それは陛下も了承されているのですか?」

 「いいえ、これは陛下ではなく王妃様からの依頼です」

 「王妃様が」

 大 嘘 で す 。

 あとから了承を取るのだ。

 公爵はしばらく考え込んだ後、自分を落ち着かせるためなのかシャンパンを口に含んだ。

 「……バルバラ様から見てどうですかな、陛下は」

 「あのままではどの妃とも御子を授かれない、とだけ」

 「うむ、……他に適任がいるのでは?」

 「これはデリケートな問題です。指導するのは陛下が敬意を抱く人物でなくてはいけません。……あなたですわ。ベルマン大公は論外でしょう」

 「私としても、王位争いに巻き込まれたくはないので陛下に御子ができることは望むところです。ですが、あの書籍のせいで私が王宮に入ることに過剰に反応する大臣もおります。どうされるのですか?」


 閨でのハウツー本を、ギース公爵は良かれと思って発行したんだろう。

 フェリクスが調べたところによると、睦み合い方のレクチャーの内容だけではなく、ベッドの上では女性を尊重して無体をしないようにという教訓のようなものも入っていたという。

 彼の人格を鑑みても、遊びや冷やかしでやったわけでないことは明確だ。

 だが頭の固い老人たちは性をオープンにする風潮を許さなかった。

 バルバラも今の状況を変えたいと思っているが、今すぐは無理だろう。

 少しずつ、ゆっくりと変えねばならない。

 公爵は性急すぎたのだ……彼を排斥した大臣たちも全く間違ったことをしたわけではないとバルバラは思う。

 

 「まずは両陛下に王宮に復帰したい旨を届けてください。とにかく一度会えるよう、私が何としても陛下と王妃様を説得致します」

 王宮に入ってしまえばこっちのものである。

 ギース公爵が王宮から離れていたのも自主的にであって、本当は誰かに禁止されたわけではないのだ。

 当日になってドルガン王がギース公爵と二人で話をしたいと言ってしまえば、異を唱えられても実際に止められる者はいないはずだ。

 


 こうして異母妹と元婚約者に接触するというハプニングはあったものの、バルバラは無事目的を達することができた。

 そしてギース公爵がドルガン王とエヴァンジェリン王妃に面会したいという書面を送ってきたのは、夜会の翌々日のことであった。

 

 

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