6. 夜会で夜の教育係をハントしよう
数日後、バルバラはフェリクスと共にとある夜会に参加することになった。
そこにギース公爵が参加するという情報を得たからだ。
会場に向かう馬車の中でバルバラは口を尖らせた。
「どうしてわざわざ夜会に参加しなくちゃならないのよ……。普通にギース公爵のお屋敷を訪問すればよかったじゃない」
「おそらく先触れを出しても色々理由を付けられて断られるでしょうね。……いえ、それ以前に一部の大臣から横槍が入ります」
側妃とは言え国王の妃の訪問を拒むとは、さすが王位継承権第二位の公爵の身分は伊達ではない。
それにしてもどうして大臣が出てくるのだ?
「少し話したでしょう、閨でのハウツー本の話を」
「ええ。手に入れようとしたけど駄目だったわ」
「販売差し止めになってますから。一部の貴族が規律が乱れると議会に嘆願書を出したのです。本は没収され、ギース公爵は王宮への出入りを自主的に控えていらっしゃいます」
一部の貴族許すまじ。
お前らのせいでドルガン王が大した枕教育を受けず、こっちは散々な目に遭ったんだからな!
次の日貧血で死ぬかと思ったわ!
「私も言われて気が付いたんですが、この国ではそういった……その、男女の行為を口に出したり匂わせたりすることを厭う人が多いようですね」
「恥ずかしいことだと思っているのよ。愛を伝え合う大事な営みなのにね。……一番大事な教育が貧相だから、ベルマン大公みたいな無理矢理でもやっちまったら両想いみたいな馬鹿な思考のやつが現れんのよね」
「……」
「私も実は少し調べたのよ。王族に対する閨教育は、今は教科書で当たり障りのないようにかるーくレクチャーして、あとはぶっつけ本番らしいわ」
仲良くなった年配の女官からの情報である。
バルバラは前世の知識と経験があるからそれが足りないと分かるが、この国では皆がこれが普通だと思っているようだ。
夫婦が円満でいられるかは夫になった者のあの行為の素質に左右されているような気がする。
この国の女性って色々我慢してるんだな……。
「ギース公爵に話を戻しますよ?公爵閣下は現在は社交も最低限にされていますが、古い付き合いの貴族に誘われれば会食に参加したり夜会に出たりもしているようです」
「それが今日のミーガン子爵の夜会なわけね」
「ミーガン子爵はギース公爵が建設省にいた時の後輩です。かなり優秀らしく、20年前の王都の舗装計画の実質的な中心人物だったそうです」
「それは確かに優秀ね」
王都の舗装計画はかなり大規模で、八年ほどの歳月をかけて完成したのでバルバラも国の輝かしい歴史として認識している。
他国からの来訪者が息を呑むほど美しく、そして丈夫な舗装で、多少古い馬車でも揺れが少ない。
というか、今まさに馬車を走らせている道がそうだ。
王都の外と中では明らかに快適さが違う。
そんな大人物だから子爵といえど一目置かれているのだろう。
そしてギース公爵にはこういった、目立たないけれども優秀な友人が多いのだ。
薄い紫のドレスをまとったバルバラがフェリクスにエスコートされて会場に現れると、周囲が息を呑む気配がした。
バルバラも今日は頑張ってめかしこんだ。
化粧も念入りに施し、髪も侍女たちが総出で複雑に編み上げてくれた。
さらにエヴァンジェリン王妃からもらったエメラルドの立派なイヤリングと、これまた王妃が貸してくれたダイヤモンドとペリドットをあしらったネックレスを着けているので、ぎりぎり下品にはならない程度に豪華な仕上がりになっている。
エヴァンジェリン王妃のような可憐さも、マリエッタ側妃のような美貌もないが、中の上くらいの仕上がりにはなった。
やっぱり化粧と高価な装飾品は武器だね!
「これは第四側妃様。エリオット・ミーガンでございます」
「妻のミレイユでございます」
「ミーガン子爵様、奥様、ご機嫌よう」
入ってすぐに、この夜会の主催者である子爵夫婦が挨拶に来た。
「この度は急な参加を受け入れて下さり感謝いたします」
ちょっとどころかかなり無理を言ってこちらの訪問をねじ込んだ。
子爵は相当驚いたものの、こちらの要求を全て受け入れたと聞く。
うんうん、媚を売るべき相手を分かっているではないか、可愛い奴めっ。
「と、とんでもございません。第四側妃様にお越しいただけるなど幸いでございます。あの、そちらは……」
「陛下の側近を務めていらっしゃるフェリクス・フロスト卿です」
「おおっ。陛下の……」
「はじめまして、ミーガン子爵、子爵夫人」
フェリクスは営業スマイルで対応する。
実は顔はいいんです、この人。
子爵夫人は真っ赤になっている。
「ミーガン子爵様のご活躍は陛下も大変に注目されています。くれぐれもよろしく伝えるよう、お言伝を預かりました」
「陛下が私のような者に……」
フェリクスは適当なことを言ったようで、でも全部が嘘ではない。
実際この夜会に参加すると伝えた時、ドルガン王はミーガン子爵が道路計画の一員であることをちゃんと覚えていた。
年齢を理由にすでに建設省を辞したミーガン子爵だが、現在は自領の開発を進めており、しかもそれがかなりうまく行っている。
「陛下から聞いて驚きましたわ。きちんとした道路を敷くと犯罪率が下がるんですってね」
「あくまで率ですし道路だけが原因とはいえませんが……はい、概ね事実です」
「それに領民たちのための医療機関や宿泊施設も建て、格安で利用できるようになさったとか?素晴らしいお考えです」
実際、大臣の中には開発が遅れている領はモデルケースにすべきではという意見があるらしい。
どこぞの転生者ではと疑うほどの有能ぶりだ。
「そこまでご存じとは」
「あら、私は学のない側妃ですわ。全て陛下の受け売りです」
そういってバルバラはにっこり笑う。
自分を貶めているように見せかけて、実はドルガン王の寵愛が深いんですよーと子爵と周囲の皆様にアピールだ。
ミーガン子爵にはきちんとそれが伝わったらしい。
最初の時よりもさらに恭しく頭を下げた。
「第四側妃様、どうか夜会をお楽しみください」
「ギース公爵様は……あそこね」
ぐるりと会場を見渡したバルバラは、やたら女性の比率が高い集団を見定めた。
その中心に背の高い男性がいるようだ。
「うーん、何とか個室で話をしたいわね」
「私が行きましょうか」
「何とかできそう?」
「王妃様のためですからね。ベルマン大公を抑え込むためにも頑張らせてもらいますよ」
「よし、行ってこい!」
偉そうに命令したバルバラに、フェリクスはやや不満げな顔をしながらもハーレム集団に突っ込んでいった。
うむ、天晴である。
「あら、バルバラお義姉様じゃないの?」
不愉快な声音にバルバラは眉を寄せた。
振り返れば案の定、会いたくない女が下品な笑みを浮かべて立っている。
腹違いの妹で、バルバラから婚約者を奪った女、ダーラだった。
そして隣にはその元婚約者、デニスがいる。
「お久しぶりね、お義姉様。こんなところに男漁りにでも来たの?」
月並みな貶め方にバルバラは扇で口元を隠す。
あちらは侯爵家の令嬢、そしてこちらは国王の側妃……対等に話す立場ではない。
「ちょっと!何無視してんのよ、お父様に見捨てられた子供のくせに!!」
「お、おい、やめろ……っ」
制止したのはデニスだ。
ダーラよりかは多少賢い。
だがデニスの制止は半瞬遅く、ダーラはバルバラの腕を掴もうと手を伸ばした。
ばしっっ。
「痛い!!」
バルバラの扇がダーラの額を打ち据えた。
見事に決まったのでダーラは仰け反ってそのまま尻もちをつく。
「無礼者!私を誰だと思っているの?侯爵令嬢ふぜいが一方的に罵倒したうえ私に触れようなどと不敬が過ぎるわ」
「な…、なっ!」
「今なら許してあげるわ。これ以上恥をさらす前に立ち去りなさい」
「何すんのよ!!バルバラのくせに!……よくも、よくも!!」
「ダーラ!!いい加減にしろっ」
ダーラはさらにバルバラに詰め寄ろうとしたが、デニスが後ろから押さえ込んだ。
「放してよ、バルバラに思い知らせてやるんだから!あいつは私より下なのよ。惨めに這いつくばってなきゃいけないのにっっ。なのに私をぶつなんて……!絶対許せないわ!!」
「ダーラ!黙るんだ」
「あなただってバルバラは可愛げのないつまらない女だって言ってたじゃない。どうして庇うのよ!?」
「ダーラ!」
騒げば騒ぐほどこちらに衆目が集まっていく。
どうするつもりなんだろう。
するとダーラは作戦を変えてきた。
「酷いわ、お義姉様!私が気に入らないからって扇でぶつなんて!」
「……」
どうしようかな、これ。
よくある展開過ぎて逆にどうすればいいのやら。
扇で叩いたのは事実だし、後から来た人たちは本当にバルバラが異母妹を虐げたように見えるかもしれない。
一瞬してやられたかと思ったが、次の瞬間にはダーラは自分から墓穴を掘った。
「私からアクセサリーも奪って!」
「は?」
「ねえ!そのエメラルドのイヤリングとダイヤのネックレスは嫁ぐ前に私の部屋から盗んだものでしょう!?酷い、酷いわ!!それはお父様にお誕生日に買っていただいた大事なものなのよ!」
いや、……駄目だろ、それ。
こっちを悪者にするついでにイヤリングとネックレスを奪い取ろうなんて、本当に欲深な女だ。
「ねえ、お願いお義姉様。私をぶったことはもういいわ。だからそのイヤリングとネックレスを返して頂戴、お願いっっ」