5. XYZの悲劇
アルファベットが出てきたら、頑張って想像力を働かせてください。
「バルバラのおかげで昨夜はいい夜を過ごせた」
その日の夜、ドルガン王はご機嫌でバルバラの居室を訪れた。
「王妃にあんなに可愛らしいところがあるとは知らなかった。初めて私に甘えてくれたのだ、……一日くらい妻の奴隷になるのも悪くないものだな」
「そうでしたか。それは良かったですわ」
奴隷って……バルバラは引きつる顔を必死で抑えて温めたミルクを出す。
ほかほかと湯気を立てるミルクにドルガン王は目を見張った。
「これはそこのコンロで温めたものか?王妃の部屋にもあって、昨日はホットワインを御馳走になった」
「私が購入したコンロです。王妃様にお見せしたところお気に召されたようでしたので一台プレゼント致しました」
実際は問答無用で与えたものだが、ドルガン王との仲を深めるために一役買ったようで良かった。
「やはり温かいものを飲むのはいいな。……うん、バルバラが嫁いできてくれてからいいことばかりだ」
「光栄です」
昨夜、本当はドルガン王はバルバラの部屋にやってくる予定だった。
エヴァンジェリン王妃に月のものが来たらしく、閨を辞退する連絡があったという。
だがそれを知ったバルバラは、逆にドルガン王にエヴァンジェリン王妃の部屋に訪問するように勧めた。
行為はせず、王妃の体を労わってとにかく優しくしろ、とアドバイスして部屋からたたき出したのだ。
すっかりバルバラを信頼していたドルガン王はアドバイス通りにしたらしく、エヴァンジェリン王妃は体調がすぐれない時に夫に甘やかされて相当嬉しかったようだ。
昼にわざわざお礼を言いに訪問し、引き連れていた商人からお高いエメラルドのイヤリングを購入してバルバラにプレゼントしてくれた。
奴隷発言はちょっと気になるが、三人ともハッピーになってウィンウィンである。
……と思っていた時期もありました。
ほんの三分間だけな!
新記録だな!
「バルバラ、折り入って相談がある」
「はい、なんでしょう」
「今宵こそ、私の本当の妃になってほしい」
「……あー」
遠回しに言ってますがあれですね。
ベッドであれやこれやしようって話ですね。
「駄目か?」
固まってしまったバルバラに、ドルガン王が傷ついた顔をする。
やめろ!虐めてる気分になる。
「い、いえ……急なので驚いてしまって。いつも通りに過ごされるのだと思って体も清めておりませんし」
「体を清めなくとも私は気にしない」
こっちは気にするから!
女心ってそういうもんだから!
あんた駄目なのそういうところだぞ。
「な、何かあったのでしょうか?」
「何かか……そうだな。あった」
「……」
「そなたに惚れたのだ。私のものにしたい」
「……」
「嫌か?」
「い、いえ……。光栄ですが……突然なので心の準備が」
惚れたって……。
あんたと本妻さんの仲を改善している最中なんですよ。
マジで惚れたとかやめてほしい。
かといって、拒否できるものでもなかった。
バルバラはすでにドルガン王と婚姻しているのだ。
彼を受け入れるのは当たり前のことで、理由もなしに拒むことは許されない。
結局その夜、バルバラはドルガン王に肌を許した。
側妃になってから三ヵ月になろうかという時だった。
バルバラがドルガン王と本当の初夜を過ごした次の日。
王妃の元従者フェリクスの下に訪問者が現れた。
赤い髪の気の強そうな客に内心うんざりしながらも、フェリクスは笑顔を貼り付けて丁寧に礼をする。
「これはこれは、第四側妃さ」
「すぐに人払いして」
「はあ?」
被せるように言ってきたバルバラに、さすがのフェリクスも顔を眇める。
「何言ってるんですか。変な噂が立ったら……ぎゃぴんっ」
ため息をつきながらバルバラを諭そうとしたフェリクスだったが、いつかのようにヒールで足を踏みつけられた。
バルバラは相当苛立っているのか目尻が限界まで吊り上がっている。
「私とあんたの醜聞なんてどうでもいいんだよ。とっとと言う通りにしやがれ」
「しょ、承知しました……」
勢いに押されたフェリクスが人払いをして、彼の執務室に二人だけになった。
「それで、何なんですか?」
「あなた侯爵家のご嫡男だったのよね。ご実家で閨の手ほどきはあったの?」
「はいぃぃ!?」
「答えて!大事なことなの」
「あ、ありましたけど……」
「女性と実際に行為をしたことは?」
「ちょっ、……いい加減にして下さい!さすがに理由を話して下さらないとこれ以上は何も答えませんよ!」
「う、……そうよね。ごめんなさい」
急にしおらしく謝ったバルバラに、フェリクスも激高しかけた感情を抑える。
よく見れば、バルバラは化粧は最小限で、薄く塗った白粉の下には隈が浮いていた。
顔色も優れておらず、なんだか萎えているようだ。
「フェリクス卿、王妃様にも関わることだから他言無用でお願いしたいのだけれど」
「もちろんです」
「実はね、私はこれまでドルガン様と御子を作る行為をしていなかったのよ」
「え!?」
「ドルガン様は後継者を作らねばならないプレッシャーにお疲れになっていて……。だから私は何もしないでお休みになる場所を提供する代わりにドルガン様の後ろ盾を得ていたの。知っているかもしれないけど、私は実家とは疎遠だから」
「そうでしたか……。だから陛下はバルバラ様を特別扱いしていたのですね」
「でもね、昨日、とうとう……その……」
「なるほど!」
言いにくい状況を、フェリクスは察してくれた。
ありがとう!今まで心の中で君に言っていた悪口は取り消すよ。
「……で、ここからが大事なんだけど。うーん、一言で言うとね……その」
「はい」
「ドルガン様は、下手だったわ」
「………………はい」
ここもフェリクスは察してくれた。
想像してみてほしい。
お付き合いするために相手と仲良くおしゃべりするのがAとしよう。
そしてデートで食事をするのがBとする。
Fくらいに初キスがあり、Iでお泊り会にもちこむ……その後は割愛。
……。
あの夜あの会話の後。
XしてYしてZして終わった。
正味五分だった。
色々すっ飛ばしてくれたので、もちろんバルバラは大出血である。
破瓜の血なんて可愛いもんじゃなかった。
だというのにドルガン王は何故か満足そうだった。
そして気づいたのだ……こいつは、正しい性行為の知識を持っていない!!
「あんなので御子を授かれるわけないわ。王妃様も大変だったのではないかしら」
ドルガン王の愛を疑っていたのもその辺が関係しているかもしれない。
あんな雑なやり方じゃあ愛情を感じろという方が無理だろう。
もちろん他の側妃たちもだ。
「それで私に国王に閨の指南をしろと?」
「私が言おうとも思ったけど、初体験の小娘が何言ったところで説得力がないかもしれないじゃない。それに女に指摘されると男はプライドが傷つくって聞くし」
「誰に言われても傷つきますよ」
「この王宮で若い男性の顔見知りはあなただけですもの。それに王妃様の身内みたいなものだから、陛下の醜聞を広めたりはしないでしょう」
「当たり前です!ですが、私も成人前に親が用意した娼婦と一度したきりで。指南となると……」
二人で腕を組んで唸る。
何とかせねばならぬ……しかも早急に。
「あ、身内と言えば……。陛下の身内はいかがですか?」
「まさかベルマン大公じゃないでしょうね」
「あの極悪人に頼るわけないでしょう!ギース公爵様ですよ」
「ギース公爵様?」
ギース公爵はドルガン王のもう一人の叔父で、現在王位継承権はベルマン大公に次ぐ第二位である。弟であるベルマン大公より継承権が低いのは、生母が平民出身の側妃だったからだ。ちなみにベルマン大公の生母は、先々代が晩年に迎えた二人目の正妃(侯爵家出身)だ。
「ご存じないんですか?50過ぎにも関わらず、あの方は凄くモテてるんですよ。結婚はしないと宣言しているのに、妾でもいいと押しかける貴族令嬢が後を絶たないとか」
「それは確かにすごくモテてるわね」
貴族令嬢が妾など、家が没落したか、令嬢自身に何らかの理由で瑕疵が付かない限りはなかなかない。
筆頭公爵の妾といえば聞こえはいいかもしれないが、子供は作れず財産も残してもらえないので大した益はないのだ。
だというのに令嬢の方が妾の立場を望むとは、それほどまでに魅力的な殿方なのだろうか。
「ベッドの上で女性を満足させるのがとにかくお上手らしくて。……あ、そういえば閨でのハウツー本を出版したことがあるとか」
「会いたい!ギース公爵様と会えるように取り計らって!!」
いた!
救世主はそいつだ!!