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3. その王妃、逆境のヒロイン


 リンダ妃は、数々のやらかしを暴かれて修道院に送られた。

 バルバラにやったことだけならば叱責だけで済んだだろうが、正妃にした嫌がらせが色々と問題だった。

 他国の外相との食事会に、わざと遅刻させていたのだ……それも二回も。

 この遅刻のせいで他国との同盟が上手くまとまらず、リンダ妃は故意に国益を損なったと判断された。

 ……まあ当然だろう。

 むしろ牢に入れられなかっただけでも御の字だとバルバラも思った。

 というか、バルバラが猫ちゃん事件で告発するまで誰もリンダ妃を疑いもしなかった方が驚きだ(他の側妃たちは気づいていたかもしれないが)。

 怒れるドルガン王(遅い)としては牢に入れたかったようなのだが、リンダ妃の実家のリプトン伯爵家と何度か協議した結果、リンダ妃を療養と称して修道院に入れる替わり、リプトン家は今まで通り王家を支持するスタンスを取ることで何とか話がまとまったらしい。

 リプトン家としても、身内から罪人を出すことだけは避けたかったようだ。

 何はともあれリンダ妃は修道院にドナドナされていった。

 アデュー!



 まさか王宮に入って二ヵ月も経たないうちに側妃が一人退場するとは思わなかったが、バルバラの周辺は概ね平和である。


 ……と、思っていた時期もありました!

 ほんの半日だけな!


 やって来ました王妃の御殿。

 側妃のそれとは比べ物にならないほどの荘厳な装飾に、バルバラは漏れそうになったため息を呑みこんだ。

 妃にそれぞれ与えられる住まいは呼び名こそ『御殿』だが、実際は王宮の居住区の一区画だ。

 日本なら大奥と呼ばれる妃たちだけが住まう区画があり、バルバラも北東の一区画を与えられている。

 ちなみに第一側妃は東、第二側妃は西、退場した第三側妃は南西だった。

 そして今バルバラがいる場所は南。

 ひときわ広く美しく整備され、もう神殿じゃないかなと疑うほどの立派な南の御殿に住まうのは、言わずもがなエヴァンジェリン王妃その人である。


 「よくいらしてくださいました、第四側妃様」


 バルバラはエヴァンジェリン王妃を初めて間近で見た。

 はっきり言おう、綺麗だ。

 もう三十近いというのに、どこか少女めいた幼い顔立ち。

 滑らかな肌に銀の髪と緑の瞳……何この人、妖精なの?

 「王妃様にご挨拶申し上げます」

 「固くならないでくださいね、バルバラ様とお呼びしてもいいかしら?」

 「もちろんでございます」

 断れるわけない。

 「私のこともどうぞ名前で呼んで下さいまし」

 「光栄でございま……」

 「エヴァ様!!側妃風情に気安く御名を呼ばせてはなりません!」

 断れるわけな……勝手に断んなよ!!


 バルバラはエヴァンジェリン王妃の後ろに控えている黒髪の従者にちらりと目をやった。

 こちらを親の仇みたいに睨んでいる。

 何?あんたになんかした?

 「エヴァ様、あなたはこの国の王妃なのですよ。もっと威厳をお持ちになって下さい」

 「で、でも……」

 黒髪の従者に強く言われ、王妃はおろおろとしている。

 バルバラはため息をつくと、再度王妃に向き直った。

 「王妃様、一つ質問してもよろしいでしょうか」

 「は、はい。何?」

 勝手に質問しやがった!と従者の眼光がひときわ鋭くなったが、王妃がすぐに返事をしたためバルバラは続けた。

 「私はリンダ妃の悪事を暴いた件についてお褒めの言葉を頂戴できると聞いてはせ参じたのですが、もしかして、先ほどの叱責がそうだと認識してもよろしいのでしょうか」

 「な……っ」

 「そ、それは違います!」

 従者は驚き、王妃が慌てて否定する。

 お前が驚くなよ、こっちがびっくりだよ。


 「ぶ、無礼な……っ」

 「無礼?無礼はあなたの方でしょう?私はこの国の第四側妃ですよ。王妃様ならばともかく、従者に過ぎないあなたにそんな態度を取られるいわれはありません」

 「それはっ……。私はエヴァ様の従者で」

 「大体何様ですの?先ほど王妃様に対して、名前を呼ばせるなと居丈高に命令しておりましたね。この国の王妃陛下に一介の従者が命令などと、不遜が過ぎます。ここに陛下の顔を知らない人間がいれば、あなたこそを国王陛下と勘違いしたことでしょう」

 従者の表情が怒りから戸惑ったものに変わっていく。

 お前は王様より偉いんか?と遠回しに言ったのが馬鹿の頭でも理解できたらしい。

 「命令したつもりは……」

 「もっと許せないのは、あなたが王妃様を『エヴァ様』と呼んだことです」

 「!!」

 「王妃様が愛称で呼ぶことをお許しになったのかもしれませんが、それをどうして親しくない人間の前で使うのです。よもや国王陛下の前で王妃様を愛称で呼んでいないでしょうね?それを聞いた国王陛下や周囲の者たちがなんと思うか考えたことはないの?王妃様が間男を引き込んでいると噂を立てられてもおかしくないのよ!」

 従者の顔からどんどん血の気が引いていく。

 それくらい自覚しろよ、馬鹿だな。


 実際、エヴァンジェリン王妃の従者のことはバルバラも事前に情報を掴んでいた。

 情報というよりはゴシップだ。

 名前はフェリクス・フロスト。

 エヴァンジェリン王妃が嫁ぐ時に従者として同行した。

 外国から嫁いでくる王女の従者は同性であることが多いのだが、親戚ならば異性であることもある。

 実際フェリクスは血筋的にエヴァンジェリン妃の従兄のようだが、それでも同年代の異性というのは珍しい。

 この従者が周囲を威嚇しまくる狂犬で、王妃の愛人に違いないというのが、ゴシップの内容の大半だ。

 後者はともかく、前者はそのまんまである。

 バルバラも多少は覚悟してきたが、ここまで酷いとは思わなかった。


 「王妃様、再度お聞きします。……私はなぜこの御殿に招待されたのでしょう」

 「それは、あなたにリンダ妃の悪事を暴いた礼を述べ、これからの誼を通じるためです」

 王妃の回復は意外に早かった。

 ……というか、従者がポンコツになるにしたがって王妃がしっかりしているように見える。

 「王妃様、私とお話ししている間だけ、そこの従者を遠ざけてはいただけませんでしょうか」

 「なっ!何を勝手な……!」

 「お黙り、フェリクス」

 エヴァンジェリン王妃にぴしゃりと言われ、フェリクスが息を呑む。

 先ほどのおどおどしていたのが嘘のような覚醒ぶりだ。

 多分これが本当の彼女なのだろう。

 理由は分からないが、バルバラが論破するまでこの従者に気を遣っていたのだ。


 「本来ならば今回の功労者たるバルバラ様を訪ねてお礼を述べねばならないところ、こちらの都合でわざわざ出向いてもらったのよ。……だというのに、バルバラ様を侮辱するような態度を取るなんて、私の顔に泥を塗るつもりなの?」

 「そ、それは……申し訳ありませんでした」

 「謝る相手が違うのではなくて?」

 あれ、妖精からドスの利いた声がしたような……。

 バルバラが目を剥いた瞬間、フェリクスがぐりんと顔をこちらに向け、勢いのまま90度の礼をした。

 久しぶりに見たわー。最敬礼だわー。

 「ご無礼をお許しください!第四側妃様!!この通りでございます!!」

 「……あ、まあ、分かっていただければ」

 ここで許してやんないと土下座しちゃいそうだ。

 「扉の外で控えていなさい」

 「か、……か、かしこまり、ました」

 エヴァンジェリン王妃をバルバラみたいなじゃじゃ馬娘と二人きりにするのが心配なのだろう。

 だがエヴァンジェリン王妃の気迫に押され、フェリクスは名残惜しそうに部屋を出て行った。


 フェリクスの気配がなくなると、エヴァンジェリン王妃はバルバラに椅子を勧めた。

 これでゆっくり話ができそうだ。

 「とんだところをお見せしました。お恥ずかしい限りです」

 「いえ、そのようなことは……」

 「彼は私を守らなければならないと強迫観念に近いものに駆られているのです。そうなったのは私にも原因があるので今まで強く言えなかったのですが……先ほどのバルバラ様のお言葉で、それが間違いだったとようやく気づきました」

 「そう、ですか。……彼をどうするのですか?」

 「祖国に戻るように説得するつもりです。今まで嫌がらせをしていた第三側妃もいなくなりましたし」

 そこまで言って、エヴァンジェリン王妃ははっとした顔をした。

 そして椅子に座ったまま、深く頭を垂れる。

 「これは……お礼が遅れてしまいました。第三側妃の悪事を暴いて下さり、大変に感謝しております。おかげで陛下や大臣たちに面目が立ちました」


 侍女の一部を金の力で取り込んだリンダ妃は、エヴァンジェリン王妃が大事な会合に参加する際、何度か間違った時間を伝えて遅刻させていた。

 そのせいで大臣たちの間ではエヴァンジェリン王妃を遅刻王妃と揶揄していたらしい。

 それが嫌がらせのせいだと知られ、彼女は多少は名誉を回復できた。

 ……そう、多少だ。

 リンダ妃を御せなかった時点で、やはりエヴァンジェリン王妃の評価は低いままなのだ。


 「エヴァンジェリン様、遅刻させられたのは一度や二度ではないと聞いています。嫌がらせにお気づきだったのではないのですか?」

 「ええ、気づいていました。側妃の誰かの仕業でないかと」

 「どうして陛下に訴えなかったのですか?……もしかして、フェリクス卿に口止めされていたとか?」

 あの思い込みの激しい従者なら我々で解決する!!とか言って暴走しかねない。

 ところがエヴァンジェリン王妃の口から語られたのは真逆の事実だった。

 「まさか!フェリクスは陛下に訴えるべきだと何度も進言しましたが、私が退けたのです」

 「何故です?」

 「この程度のことで陛下を煩わせたくなかったからです。妃同士のことであるのに、陛下に頼るなど……」


 いたよー。

 正義感の強い逆境のヒロインここにいたよー。

 あの方を煩わせたくないんですって。

 いやいや、悪化しとるやん。

 妃同士じゃなくってよ、国際問題になってるんですよ。


 「王妃様……。王妃様は勘違いしていらっしゃいます」

 「え?」

 いい子ぶってんじゃねえよ、バカ女!!と怒鳴りたいのを何とか抑えたものの、声が思った以上に低くなってしまった。

 エヴァンジェリン王妃が目をぱちくりさせている。

 「王妃様はこの件を陛下に相談すべきでした。そうすればリンダ妃の罠にかかり、隣国との協定が流れるなんてしくじりをすることはなかったでしょう」

 「そ、それは……」

 協定が流れたことを妃同士のいさかいと言ってしまった矛盾に気づいたようだが遅い。

 遅いというか、鈍い。

 「王妃様は陛下を煩わせたくないとおっしゃいましたが、本当は見栄を張っただけではないのですか?あなたは見栄のために国益を損なったのですよ。リンダ妃と同罪です」

 「なっ……」

 「何よりあなたは夫であるはずの陛下を信用していません。陛下はいつも王妃様のためにお心を砕いているというのに……酷い裏切りですわ」

 「そ、そんなことありません!!」

 エヴァンジェリン王妃が初めて声を荒げた。

 バルバラは一瞬驚いたものの、努めて平静を装う。

 「……何が「そんなことない」のですか?」

 平坦な声で返せば、エヴァンジェリン王妃はぐっと言葉に詰まったようだった。

 「あなたが陛下を信用していないこと?それとも……」

 「陛下が私のことを心配してくださっているということよ」

 「何故そう思うのです?」

 「だって……!だって、だって……私は陛下の御子を授かれない役立たずだもの」

 「だから陛下を遠ざけるのですか?」

 「……」

 ドルガン王がぼやいていたが、彼はここ三ヵ月ほどエヴァンジェリン王妃と夜を過ごしていないらしい。

 愛はともかく情はあるのだろう、王妃に嫌われたかもしれない……としょげていた。

 「陛下は王妃様を大切に思っていらっしゃいます。それは誰よりも王妃様がご存じのはずです」

 「……」

 黙り込んでしまったエヴァンジェリン王妃に礼をすると、バルバラは部屋を出て行った。

 今日はもう何を言っても無駄だろう。

 時間が経って、今日のやり取りを思い返してもまだ信念を曲げないのならばもう修正不可能だ。

 バルバラの手には負えない。



 「おいっ、エヴァさ……王妃様に失礼なことをしていないだろうな?」

 部屋を出るなり早速噛みついてきたフェリクス。

 ぎろっと睨みつけたバルバラは、次の瞬間には彼の足のつま先をヒールで踏みつけていた。

 「ぎゃんっ!」

 「言葉遣い」

 ヒールをぐりぐりしながら迫れば、「もうじわげ……あり、あでゅー」と何とか絞り出してきた。

 語尾がちょっとおかしかったけどいいか。

 「……ねえ、王妃様は体のお加減がどこか悪いの?御子ができないことをかなり気にされているようだけれど、医師の診断は受けた?」

 「と、特に持病は持っていない……いないです。この国の医者は信用ならんから診てもらったことはない……です」

 「この国の医者が信用できないなら、祖国から呼び寄せるとか色々やりようはあるでしょう。あんたはこの七年間なにやってたのよ、この無能!!」

 「なっ、む、無能だと!?」

 「無能でしょうよ。あんたが誰彼構わず噛みつくから王妃様はこの国で孤立してんの!そしてあんたが必要以上に親し気だから、王妃様に悪評が立ってんの!無能どころか厄災よ!この厄災!」

 「なっ、なっ、」

 フェリクスは怒りで顔を真っ赤にするが、言い返しては来なかった。

 バルバラの言葉が的を射ていると気が付いているのだろう。

 「これからも王妃様にお仕えするつもりなら、適正な距離を保ちなさい。そして王妃様が御子を授かれるよう、最大の努力をしなさい。それができないなら尻尾巻いて祖国くにに帰んな」

 「……」

 最後は前世の地が出てしまったが、フェリクスは何も言ってこない。


 こうして疲れただけの王妃様との初対面は終わった。

 あれ、リンダ妃をとっちめたこと褒めてもらえるはずだったんだけどな。

 なんか一方的に怒っただけで終わったな。

 ……もうどうでもいいや。


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― 新着の感想 ―
[一言] くにへかえるんだな…… おまえにもかぞくがいるだろう……
[良い点] たんか [一言] 姐さんかっこいー
[気になる点] >ぎろっと睨みつけたバルバラは、次の瞬間には彼の踵をヒールで踏みつけていた おそらく向かい合っているか、横から話しかけられているはずですので、 踵を踏むのは体勢的に無理があるように思わ…
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