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11. 別れと決意



 事件の五日後。

 バルバラは自分の御殿にフェリクスを呼び寄せていた。


 部屋に入ったフェリクスは、たった五日で酷くやつれていた。

 食事も睡眠も碌に取っていないだろう、肌に艶はなく目は充血している。

 そんな様子を見たバルバラは、おそらく自分も同じような状態なのだろうな、と思った。


 「フェリクス卿、よく来てくださいました」

 「……はい、側妃様」

 

 「卿」を付けて呼んだバルバラに対し、フェリクスも名前ではなく「側妃様」と応えた。

 彼はこれから何を告げられるのか分かっているのだ。

 「フェリクス卿、あなたとの婚姻のお話を、お断りさせていただきます」

 「……かしこまりました」


 つい五日前まで、彼と結婚するのだと思っていた。

 心も彼に傾きかけていて、優しい世界が待っているのだと信じていた。

 だが、全てが崩れ落ちてしまった。

 バルバラは用意された別の道を、茨の道だと分かっていても突き進む覚悟をしたのだ。


 「王妃になるのですね、あなたが」

 「いいえ。アーサー王子の母親になるのよ。王妃になるのはそのための手段に過ぎないわ」

 「そうですか」

 「あなたはどうするの?」

 「爵位をいただく話をお断りして、祖国に帰ろうと思っています」

 「……いいの?アーサー王子の傍にいなくても」

 「いいのです。側妃様と陛下を信頼しております。それに……あの男もとうとう年貢の納め時のようですしね」

 「……そうね」




 大方の者が予想した通り、暗殺者を送り込んだ黒幕はベルマン大公とその協力者だった。

 そして王宮で暗殺者を手引きしたのは……ユージェニー第二側妃。

 ベルマン大公とユージェニー妃を含んだ反国王派は、この五日の間に全てを暴かれて牢に入れられていた。


 あの日、ドルガン王にバルバラが暗殺者と繋がっていると密告したユージェニー妃。

 ドルガン王もバルバラを疑いかけていたのだが、彼女は決定的なミスを犯してしまった。


 ユージェニー妃の巧妙な工作によってバルバラを黒幕とする状況証拠は積み重なっていたのが、彼女には唯一動機がなかった。バルバラが国王夫妻の仲の改善に奔走し、王妃の懐妊のサポートをしたのは一部では有名な話だ。そんな彼女が急に王妃の座に欲を出すものだろうか。

 なのでユージェニー妃はつじつま合わせをするために、ドルガン王にこう言ったのだ。


 「バルバラ妃はフェリクス卿と通じており、彼の子を身籠っている」と。


 女官と侍女の人事を掌握していたユージェニー妃は、バルバラとフェリクスがここ一ヵ月、何度も御殿で会っていることを知っていた。妊娠は作り話だが、情を通わせていると信じていたがゆえに思いついた偽の動機だ。

 ユージェニー妃はバルバラが不貞をしていると思い込んでいたため、「彼女はフェリクスの子供を身籠ってしまい、腹の子を使って王位を乗っ取ろうとした」「そのためにアーサー王子とエヴァンジェリン王妃を狙ったのだ」とドルガン王に吹き込んだのだ。


 だがこの余計な工作が彼女の首を絞めた。

 ユージェニー妃は知る由もなかったが、バルバラとフェリクスの縁を結んだのは他ならぬドルガン王なのだ。仮に二人の間に子供ができてしまったとして責める理由もないし、ドルガン王の種でないことは国王夫妻を含め一部の上層の者たちには分かっている。ユージェニー妃が言った、王家乗っ取りを企んでいるというバルバラの動機は成立しないのだ。


 ドルガン王は、この瞬間に王子を狙った暗殺者を手引きしたのはユージェニー妃であると確信した。

 怒りによる震えを必死に隠し、ひとまずはユージェニー妃を部屋に帰して監視を付けさせた。すぐに宰相と警邏の隊長に連絡し、ユージェニー妃が囲っている例のメイドの身辺を調べさせると、メイドには病気の母親がおり、数日前から行方不明になっていることがわかった。

 そしてメイドの家を調べていた警邏が庭に掘り返された跡があることに気づき、調べてみると母親と思われる他殺体が出てきた。

 おそらくメイドは母親の命を盾にユージェニー妃に証言を強要されたのだ……すでに殺されているとも知らずに。彼女が会場にいたのも、人事に関わるようになっていたユージェニー妃の差配に違いない。

 証拠はやや不十分だったものの、王命によりユージェニー妃は侍女やメイドともども捕えられた。

 メイドは母親がすでに死んでいたことを知らされると、泣きながらドルガン王に話したことは嘘だったと証言した。やはり母親のために、ユージェニー妃が用意した作り話をしただけだったらしい。

 そして裏切られた怒りと妻を殺された悲しみで鬼と化したドルガン王は、ユージェニー妃を拷問する許可をためらいなく出した。


 最初は罪を否定していたユージェニー妃も、激しい拷問にあっという間に音を上げ、ベルマン大公を支持する侯爵家(大公の母親の実家)の手の者と繋がっていたことを白状したのだった。

 やはりバスカヴィル子爵への招待状が消えた件も、ユージェニー妃の仕業だった。バルバラの下で働く侍女の一人がユージェニー妃に金で懐柔されていたらしい。裏切り者の侍女を使って偽の証拠を作り、バルバラを陥れようとしたのだ。

 ユージェニー妃は自分が王妃になることを狙っていた。

 マリエッタが王宮を辞したことで、エヴァンジェリンさえ排除すれば第二側妃の自分にお鉢が回ってくると思ったらしい。その野心に気づいた侯爵家の方から近づき、邪魔なアーサー王子を排除することに協力した……王子を庇ったエヴァンジェリン王妃が殺されたのはアクシデントだったが、王子が殺された後に彼女を自殺に見せかけて殺そうとしていたユージェニーには願ってもない展開だった。王妃になった後ならまだ赤ん坊のアーサー王子をどうとでもできると思っていたのだろう。


 肝心の暗殺者は外国に逃げおおせたかと思われたが、フェリクスの助言で事件の日のうちに国境の警備を固めていた辺境伯の兵士によって、事件の二日後には捕えられた。暗殺者は切り捨てられた時のために侯爵家に代金として渡された宝石を持っており、それが証拠となって侯爵家もベルマン大公も捕えられた。

 どうやらベルマン大公はほとんど何もしていなかったようだが、存在そのものが危険だと、ドルガン王は容赦ない投獄を決めた。




 バルバラはフェリクスに別れを告げた後、そのままエヴァンジェリン王妃の葬儀に参加した。

 まだアーサー王子が安全とは言えないので、母子の別れは王城でひっそりと行われた。

 バルバラに抱かれたアーサー王子が、棺の中で花に埋もれた母親を不思議そうに見ている。

 神父が祈りの言葉を呟き、エヴァンジェリン王妃の棺の蓋は閉じられた。

 

 そのまま棺のみが王都を練り歩く。王都の民に見送られ、王妃の棺は教会へと到着した。

 棺を埋めるまでの見届けは、フェリクスが国王の代理を請け負った。



 そうしてすべてが終わり、国王は事件の真相を公にした。

 全ては王位を乗っ取ろうとしたベルマン大公と、彼の母親の実家の侯爵家が企んだこと。

 そして王妃の座を狙う第二側妃ユージェニーが、彼らに与したこと。


 これから裁判が行われるが、彼らの行く末は明るくはないだろう。


あまり明るくならなかった……。

ベルマン大公は台詞なしでこのまま退場します。出てきませんよ?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公がさっぱりしていて前向きで面白く、するするっと、一気読みさせていただきました。 続きが楽しみです。 [一言] 堪える~・・・。 今まで子供たちが何人も亡くなってので、 対抗馬がいる…
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