五十五話「誕生日」
「おめでとう御座いやす」
縁側に男が座っている。
子供程の体躯故足はほとんど宙をぶらつき、錫杖を隣に寝かせて寛いでいる様は明るい陽射しの中でその男らしからぬあどけなさを醸していた。
鬼村は執筆の手を止めて横を向き、僅かに目を細める。
「何がですか」
「誕生日でしょう、先生」
八月十三日。
鬼村が今気づいたと言わんばかりに溜息のような「ああ」と声を零すと、男は僅かに鬼村を振り返り笠に顔を隠したままで嗤った。
「やつがれに祝われても、皮肉っぽいですかね」
「そうですね、かなり」
咳のような笑い声を漏らして男は肩を揺らした。
死神に誕生日を祝われて、喜ぶ者などこの世にいるだろうか。
「ハレの日にやつがれみたいなのの顔ォ見たくねえのは分かってやすがね、それでも、祝いたいンですよ」
男は懐から何かを取り出すと、自分の横にそっと置いた。
「大層なモンじゃあございやせんが、これで少しは厄介払いができまさあ」
それは半透明の紫がかった石だった。水晶に似ているが、よもやこの男がそんな可愛らしいものを持ってくるはずがない。
厄介払いという事は、要は魔除けである。鬼村の周りに集まる色々な連中を、効き目のほどは分からないが多少なり追い払ってくれるのだろう。
――この男からでなければ有難い贈り物である。
「祝うようなものじゃないでしょう」鬼村は冷ややかに言った。「年は勝手にとるし、これ以上とりたくないですよ」
「とってくださいよ」
男は、珍しく気弱な声を出した。
「……なるべくたくさんとってくだせえ」
小さな男の背中を一瞥し、ノートパソコンの画面に視線を戻す。
無性に腹が立った。
「私が死んだ時も、貴方は祝うんですか?」
返事はない。
庭からスズメの鳴く声が聞こえる。
「誕生日は祝って、命日は祝わないんですか?」
死神のくせに。
暫く静寂が二人に寄り添った。静寂はなんとか二人の橋渡しをしようとしたようだが成果は得られない。
居心地が悪かった。
お互いに。
「やつがれァね、先生」男が独り言のようにぽつりと言葉を吐いた。「貴女が生まれてきてくれた日は、なんべんだって祝いたいンでやすよ」
玄関で鍵の開く音がした。
次いでドアが開き、「先生」とよく馴染む一口の明るい声が聞こえる。
鬼村は玄関の方を見、また縁側に視線を戻した。
男は居なくなっていたが、例の水晶はまだそこにある。
鬼村は立ち上がって一口を迎えた。
「お誕生日おめでとう御座います! ケーキ買ってきましたよ!」
「めでたくないよう、この年じゃ」
「何言ってるんですか、誕生日はおめでたいんですよ! 年齢は関係ないです!」
そうなのだろうか。
彼女に言われるとそんな気がしてくるから不思議なものだ。
連れたって台所に行こうとすると、一口はふと開けっ放しの障子の向こうに見える縁側に水晶が置いてあるのを見つけた。
「あれなんですか?」
「あ、いや別に」
なんとなく彼女の目を穢してしまいそうで、鬼村は慌てて水晶を拾いあげポケットに突っ込む。一口に下手なものは近づけたくない。
だが彼女は屈託なく笑って言った。
「水晶ですか? 綺麗ですね」
綺麗。
綺麗なのだろうか。
あまり良いゆかりをもった代物ではないはずだが、確かに見た目は綺麗な気がする。ナイフを思わせる鋭利なフォルムはどこか凛としているし、縁側で陽の光を受けて輝いていた様は宝石のようにも見えた。それに、改めて考えるとついつい目が吸い寄せられる程程色が美しい。
成程、自分は綺麗な贈り物をもらった訳だ。
なんとなくポケット越しに水晶に触れてみた。鋭い先端やふちをなぞっても嫌な感じはしない。どこかに飾るのも良いかもしれない。日の光がよく入ってくる場所に。
「……確かに、おめでたい日かもね」
「そうでしょう?」
「ケーキも食えるし」
「プレゼントもあるんですよー」
祝われるのも良いものだと素直に思えるのだから、この一口初恵と言う女の力は凄い。わざわざ口に出すことはないけれど。
鬼村は改めて外を見やり、晴れやかな夏の空に目を細めた。
来年も、晴れると良い。




