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三十七話「椿の妖精さん」

 鬼村宅の庭がジャングルになっている。

「夏暑かったから放置しちゃってさあ」と鬼村はげんなり言いながら、軍手をはめてゴミ袋にもそもそと雑草を入れていた。既に45Lのゴミ袋が五つ玄関先に並んでいるが、やっと庭全体の五分の二が終わったと言ったところだろうか。

「……手伝いましょうか」

 私が言うと、鬼村は申し訳なさそうに軍手と枝切り鋏を差し出して「地面に這いつくばらせるの悪いから、木の枝適当に剪定して」と言った。確かに、地面の雑草もさることながら木々の生い茂り具合も凄まじい。

 私は言われた通り、ぐっちゃりと群生する椿の木に向かった。生垣と言うより林の赤ちゃんと言った方がしっくりくる一塊だ。

「業者さんとか雇わないんですか?」

「シルバーさんが二万円くらいでやってくれるんだけど、老人に草むしりさせてアタシは家でパソコン弄ってるの流石に良心が痛むじゃん」

 こういう時ばかり人に気を遣うのだから鬼村の人間性はよく分からない。。まあ、言い分は理解出来るけれど。

 涼しくなってきたとはいえ、天気の良い秋の真昼は動いていると汗ばむ陽気だ。勿論全部手伝うつもりはないので、ある程度で見切りをつけたら、仕事の話を始める予定だ。今日は新しいイベントの話もあるのだし――。

 しょき。しょき。

 椿の濃い緑が鋏の一太刀で地面に落ちていく。深い枝の絡まりが奥まで洞窟のように続き、向こう側は見えなかった。

 やがてお隣りさんの敷地か柵が見えるのだろうとぼんやり予想しながら私が剪定を続けていると、ついに枝の奥に枝以外のものが現れた。

 人だ。

 私はびたりと動きを止めた。

 人が椿の中に埋まっている。直立不動でじっと私を見つめる坊主頭の恐らく男性。白目のない異様に離れた目がぬいぐるみの目のようにてらてら輝いている。口もおちょぼ口なんてレベルでなく小さい。耳も芋虫そっくりの形をしている。鼻だけは普通の大きさだが、他のパーツが小さいせいで随分大きく見えた。しかし何より特筆すべきは背の高さだ。見上げなければいけない場所に顔がある。2m? いや、3m……?

 どう見ても、人ではない。

「あのう」

 指一本も咥えられなさそうな男の唇から、いやに甲高い声が発せられた。

「手伝ってもらっていいですか」

「え?」

 手伝う? 何を? 待て、まさかこの男は本当に人間で、椿に埋まったのを助け出して欲しいという事か?

 私が混乱して立ち尽くしていると、男はまた口を開いた。

「手伝ってもらえないなら手伝ってあげたいんですけど」

「は……?」

 何を。

 その言葉を口にするより先に、私の手が引っ張られた……違う、手の中の枝切り鋏をひったくられたのだ。

 シッと鋭く息を吐きながら、鬼村が鋏を男の胸に突き刺した。ガササササっと椿の中でけものが暴れまわるような大きな音がして、そして、ぱったりと静かになる。

 男は消えていた。

「手入れサボるとああいうのが湧いちゃうんだよねえ」嫌そうに鬼村が言う。私はのろのろ彼女を見た。今になって心臓が早鐘のように鳴り出す。

「せ、先生、今のなんですか……!」

「知らね」おどけて鬼村は言う「椿の妖精さんでしょ」

 男が言っていた事に関して色々聞きたい気持ちはあったのだが、鬼村が私が喋るのを遮るように「今日はここまで!」と急に大声を出したので、私は口を噤んだ。

 説明がもらえないという事は、聞かない方が良いという事だ。

 ああ、今後椿を見る度に私は今日のことを思い出してしまうんだろう。

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