48 姉との別れ
「……お父様ッ!」
幽閉先の王宮の塔から出されたシルビアは、その先の部屋にいた父を見て駆け寄った。
「…………シルビア」
ラングレー侯爵はそう一言娘の名を呼び抱き留めた。
「うう……っ。お父様、どうして……どうして私がこんな目にあわなければならないのですか……! どうして私ばかりが……!」
シルビアはそう言って涙を流した。……シルビアは、何故自分が幽閉されなければならなかったのか、全く理解をしていなかった。自分は理不尽な目にあわされている。そう真剣に思っていた。
そして、そんなシルビアを見た父の表情が曇った事に気付かなかった。
「お父様! 早く私を侯爵邸に連れて帰ってくださいませ! あの者達は私を『修道院』に入れるだなどと愚かな事を言いますのよ! 許せませんわ!」
シルビアは離宮の騎士達を指差して叫んだ。
「……残念ながらシルビア。お前は修道院に行く事が決まっているのだ」
その言葉にシルビアは信じられない、といった顔で父の顔を凝視した。
「……姉上」
その横からハインツが声をかける。
「……ハインツ! よくも姉をこんな目にあわせてくれたわね! 姉を売って殿下に取り入ったのでしょう!? なんて卑怯な子なの! 私は何も悪いことなどしていないというのに!」
シルビアは弟を見て目の色を変えて詰った。
「……姉上はこの半年間、何も思われる事は無かったのですか。ご自分は何も悪くないと、まだそう思われているのですか」
ハインツは姉を憐れむような目で見て言った。
「私は何も悪くないに決まってるでしょう!? あの災害時に私の能力を使わなかった事は、他の魔法使い達も能力が足りないのと同じだからと無罪になったと聞いたわ! それなのにどうして私が修道院になんか行かなければならないの!? あの場所は貴族女性にとって墓場と呼ばれる所ではないの!!」
尚も興奮し叫び続けるシルビアの話を、父と弟は黙って聞いた。
「そもそも私は小さな頃に間違ってセリーナに術をかけただけ。たったそれだけの事で『修道院』? あり得ないわ!!」
「…………間違って?」
ハインツが思わず呟くと、シルビアはすぐにそれに食いついた。
「そう! 『間違って』よ! あの頃まだ私は子供だったのよ? 新しい能力が目覚めた時に可愛い妹の所で『間違って』能力を使ってしまっただけなのよ。そんな事があったからそれ以来怖くてその能力が使えなかったの」
シルビアはそう言って悲しげに2人に微笑んで見せた。……これなら辻褄が合うだろう、自分はただ善悪の判断もつかない幼い頃に間違えただけだと。
しかし、父と弟には分かっていた。シルビアが悪意を持ってセリーナの魔力を封印したのだと。
……そして思った。この半年間シルビアは反省などせず、ただ上手い言い訳を考えていただけだったのかと……。
「……そうか。シルビアは『間違って』セリーナに『封印』をかけたと、そう認めるのだな」
父がため息を吐くように言った。
「……ええ。でもッ、『間違って』よ!? 子供の頃の一つの間違いがこんなに罪になるものなの!?」
「……ただの子供の『間違い』ならば、罪にはならない」
「……じゃあ!」
父のその言葉にシルビアはパッと笑顔になった。
「……しかしお前はその事をずっと黙っていた。しかもずっとセリーナを『魔力ナシ』だ情けないと言って虐げていたではないか。もし『間違って』セリーナに能力を使ったのだとしたら、それを悔やむでも謝罪する訳でもなく親にも誰にも話さなかったのは何故だ?」
次に続いた父の至極もっともな言葉に、シルビアはグッと言葉に詰まる。
「しかも姉上は私にもセリーナの悪口を言い続けていましたよね。その内容は後で他の家族に聞けば間違っていた事が多かった。……姉上はセリーナを嘘を吐いてまで貶めようとしていた。それが、『間違い』を犯した相手に対する態度なのですか?」
「ッ! それは……!」
弟ハインツにまで冷たく言われ、シルビアは焦った。完璧だと思っていた言い訳が論破されてしまった。
「ッ虐げてなどおりませんわ……! 私は、魔力のないあの子が将来どこに行っても逞しく生きていけるように、敢えて厳しくしていただけで! ……そう、私はあの子の事を考えて……!」
そうだ、自分は姉として至らない妹を躾けていただけ。……だから、絶対に『修道院』になど行かない……!
「……お姉様」
鈴の鳴るような、美しい声。シルビアが振り向くと、廊下には銀の髪に紫の瞳の1人の美しい少女が立っていた。
「……ッセリーナ!? ……本当に、生きてたの……」
父が目覚めて『生きている』と言い張っていたが、本当にあの魔物達がいる中で生き残っていたとは……!
「ッ……! ……ああ、生きて会えて嬉しいわ。セリーナ。心配していたのよ? あの魔物達が渦巻く中でどうやって生き残ったの」
そうだ、今は優しい姉を演じなければ。
そう考えたシルビアは笑顔でセリーナに近付く。
「……お姉様。私も、お姉様のこれからの為に敢えて厳しく言います。『修道院』で神様にしっかりとお仕えしてください。お母様もきっと、そう望まれています」
セリーナの、今まで見下げて来た妹のその言葉を聞いたシルビアは激昂した。
「……はっ? なんですって! お父様、お聞きになりました? この愚かな妹はたった1人のこの姉に『修道院』へ行け、と! そう言いましたのよ?」
そう言ってシルビアは父と弟を見た。
……本当に酷い妹だ。お前がこんな事になったのは全てセリーナのせいだ。……シルビアは父や弟がそう言ってくれると信じた。
「……先程から、私もそう言っている。シルビア、しっかりと神様にお仕えしなさい。
……私はおそらくはこれでお前に会える最後となるだろう。今までのように頻繁に手紙のやり取りも出来なくなるだろうが、元気で……。いつかはきちんと真実に気付いてくれる事を願っている。どんな事があっても私はお前の父だから」
父は、シルビアに今生の別れを告げた。
「なッ……、お父様、何を仰ってるの? ……私は何も悪くないのよ? ハインツ! なんとか言ってちょうだい!」
「……姉上、お元気で。貴女が本当の意味で更生されたなら、年に一度は会う事が叶うようです。
いつかは、お会い出来るよう祈っております」
弟も姉に別れを告げた。
「……は? 何言ってるの、ハインツ!! ちょっと、セリーナッ! 貴女から2人に言って! 私は何もしていないって! 子供の頃の事でしょう? 私はお茶会などでは貴女を庇ってあげていたではないの!」
「庇って……? ご自分で広められた私の悪い噂から私を最後に庇う、アレですか? 他のご令嬢方に時々言われてたんです。『とんだ茶番に付き合わされて貴女も大変ね』って……」
セリーナは、今のシルビアを見ていたら昔のアレコレを色々思い出してしまった。つい余計な事まで話してしまったと少し反省した。
「ッ、そんな事まで……」
父と兄は絶句した。
……その時。
シルビアの嵌めていた『魔力封じ』のブレスレットがカシャンと音を立てて外れて落ちた。
シルビアはニヤリと笑う。この半年間、ずっとコレを外す為に試行錯誤していたのだ。しかもあの鍵のかかった塔の部屋から出たこの時に外れるとは、なんて絶好のタイミングなのかと。
騎士や父弟は慌ててシルビアの魔力を封じようとした。が、シルビアの方が一瞬早かった。
「ふふ。お父様もハインツも、私を蔑ろにした罪を贖ってもらうわよ!」
そう言ってシルビアは魔法で攻撃しようとした。まずは、一番憎い、この妹から!
……しかし。
「ッ!? な……どうして!? 『魔力封じ』は外れたのに、力が使えない!?」
焦るシルビアに、セリーナが近付いた。
「……お姉様。簡単な事です。シルビア姉様の魔力を、私が抑えているからです」
セリーナはそう言って、先程シルビアの腕から外れたブレスレットをゆっくりと拾った。そして魔法をかける。壊れたはずのブレスレットがフワリと光った。
そしてそのブレスレットを動けないシルビアの腕に取り着けた。
カチャリ……。
再び腕に嵌ったそのブレスレットは、シルビアは何故かもう2度と外れないような気がした。
暫くそのブレスレットを見ていたシルビアだが、震えながらゆっくりと視線を上げる。
そこには真っ直ぐに自分を見つめる妹セリーナが居た。
「……お姉様。『封印』という貴重な能力を信じ磨いてこられたのなら。きっとお姉様は今頃『聖女』のように素晴らしい地位を築いておられたはずでしたのに。……貴女は自分で自分の可能性を潰してしまわれたのです」
ーーえ…………。
シルビアはその言葉に茫然とする。
そして視線を感じて見回すと、妹と父と弟、そして騎士達……。
皆が、自分を憐れむような目で見ていた。
「いや……、どうしてそんな目で見るの……? 私は侯爵令嬢よ! この国一番の魔法使いの一族の娘なのだから! ……そんな目で、私をそんな目で、見ないでぇーーッ!!」
そう叫んだシルビアは、次の瞬間カクンと気を失った。そしてその身体は、ゆっくりと近くのソファーに横たわった。
「セリーナ。今のも君が?」
ハインツが尋ねると、セリーナは俯いたまま頷いた。
「……それでは、このままシルビア嬢を修道院までお連れさせていただきます」
騎士がそう言って、シルビアを横抱きにして連れて行った。
親子3人残された部屋はシンと静まり、ずっとシルビアが連れて行かれた扉を見ていた。シルビアと過ごした日々を思い出しながらも、自分たちは何を間違ったのかをずっと考え続けていた。
……最後まで、シルビアは変わらないままだった。
3人は後味の悪い思いをしながらも、今はこのレーベン王国の為に自分に出来る事をするしかないのだと、そう言い聞かせた。
そしてセリーナはポツリと呟く。
「……お姉様。最後までお父様のご体調の事を聞かれなかったわね……」
それを聞いたハインツはため息混じりに答えた。
「自分の事で精一杯だったんだろうな。いかに罪を逃れるか。この半年間そればかりを考えていたんだろう」
「……手紙からも、そのような様子が窺えた。私は何度もシルビアの罪を事細かに書いて諭していたつもりだったが……。その罪に対する『上手い言い訳』だけを考えていたのか。……何も、分かろうとはしなかったのだな……」
父はそう言って目を閉じた。
それから修道院に入ったシルビアは暴れて大変だったそうだ。
3人は何度も手紙を送ろうとしたけれど、修道院の院長より『まだ手紙も面会も受け付ける状態にない』と丁重に断りが来た。
……そしてシルビアは、生涯修道院を出る事は叶わなかった。
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