44 クリストフの決意 その壱
そしてセリは広間内を見渡す。
事実を暴かれ息子であるクリストフ王子に断罪される国王夫妻とマイザー伯爵。……そしてその近くにいる貴族はおそらく王妃の実家とその派閥の貴族だろう。
他の貴族達は今回知り得たこの事実に皆憤慨している。
……あの一年半前の災害が、本当に人災だったなんて。
……お母様。フォルク兄様。
セリは心の中で家族やあの災害で亡くなったたくさんの人々の冥福を祈った。
「クリストフ……! このレーベン王国の国王である父にそのような事を……! それにあのダンジョンの事は全てマイザー伯爵に任せておったのだ! 彼が管理を怠りあのような恐ろしい事になったのだろう、しかし私には関係ない!」
「陛下……! それはあまりではございませんか! 私はダンジョンで得た利益を陛下にお渡ししておりましたではないですか! それにあれは『真実の愛』に目覚められた陛下と王妃殿下を結婚出来るよう動いた私への正当な報酬だったのですぞ!?」
国王とマイザー伯爵が争いを始めた。
その様子を、この広間の人々は見つめた。
余りにも醜悪で浅ましい、この国の国王とその側近的な立場であった伯爵の姿を。
「ええいッ! 私は知らぬ! そもそも私はあの災害時に飛竜の攻撃を受け大怪我を負った、いわば被害者なのだぞ!」
「それを言うならばあのダンジョンに近い我が伯爵家も相当な被害を受けました! 領地の屋敷も飛竜によってズタズタです! 幸い家族は王都にいて無事でしたが……。私も被害者にございます!」
尚も言い争う国王と伯爵の間に、ライナーが声をかけた。
「……その飛竜の攻撃。多分、国王とそこの伯爵は始めから飛竜に狙われてたんだと思うぞ?」
「「……は?」」
国王と伯爵が2人して声の主であるライナーを見た。
「飛竜ってのは賢い魔物だ。知能は人間以上あると言われている。それが人間に『罠』を仕掛けられて仲間がどんどん狩られているって知れば、なんらかの行動は起こす。……もしかしたら一年半前の騒動自体、飛竜が引き金だったのかもしれない」
ライナーがそういうと、会場は再び騒然とした。
「……まさか? ッ! ……いや、だからダンジョンから出た魔物達は迷いなく真っ直ぐに王都へ向かったのか!?」
「確かあの災害の前日に王都の近くに何頭もの飛竜が飛んでいたと報告があった。あの災害の前兆だとは言われてはいたが、まさに飛竜の偵察だったという事か……!」
貴族達がそう言う中、国王は反論した。
「……何を言うか! 魔物が偵察などと……。その様な馬鹿な話があるものか! 魔物は魔物だ! 知能などありはしない!」
魔物を馬鹿にし切った国王の発言に、ライナーは冷たく言った。
「……俺は飛竜に襲われた村に行った事があるが、それも間違いなく原因は人間だった。飛竜の子供を偶然捕まえた村の人間が大人の飛竜を誘き寄せ狩っていたんだ……今のアンタ達とほとんど同じだな。依頼を受けた俺たちが行った時には村は飛竜の大群によって壊滅的な被害を受けた後だったけどな」
「ッ! なんと……」
「以前にも飛竜はそのような事をしていたというのか……」
「それではやはり、一年半前のあの災害も……!」
貴族達は疑惑と、そして憎しみのこもった目で国王を見た。
国王はライナーに向かって唾を飛ばさんばかりに叫んだ。
「何を言うッ! お前如きに何が分かるというのだ!? そもそも依頼とはなんだ!? お前は飛竜も狩れるとでも言うのか!? 馬鹿馬鹿しいッ!!」
興奮する国王にライナーは静かに言った。
「1人で狩れるかは怪しいところだけど、少なくともこのメンバーなら狩れる。……そしてセリの治癒があればな」
ザワッ……!
一瞬、広間は騒ついた。
セリはライナーが疑われるのが嫌で、すかさず言った。
「だって、ライナーは『元・勇者』の仲間ですもの。世界中を回って旅をしてたし、たくさんの魔物を倒してきてるわ。それに今彼らは他国で国一番と言われる冒険者ですもの!」
セリのその言葉に、広間の人々はヒュッと息を呑んだ。
レーベン王国の人々は外の世界の『勇者』に対して表向きは『大したことはない』とは思いつつ、外の世界では教会の上層部の次位には強い者、という認識だった。
「……そしてその彼らがダンジョンなどを調査した資料を預かり、私からクリストフ殿下にお渡ししています」
ハインツが慎重な顔で言いながらクリストフ王子を見る。
……クリストフはそれを見て頷き、持っていたその資料を掲げた。
「……コレがそうだ。そして、私も調査しこれが正しい事を確認した。
陛下。あの一年半前の災害は、『人災』。しかも国王である貴方の行いがそもそもの事の発端という、あってはならない事でありました。
……私はこのレーベン王国の王子として貴方を糾弾いたします」
広間中の貴族達は、一斉にこのレーベン王国の国王を見た。
その時、奥の扉から1人の女性が飛び出した。
「……クリストフ! 何を言うのです! 貴方は父上をそこな異国の者に売るというのですか!」
国王が何か言うよりも早く息子を詰ったのは、この国の王妃。国王と『真実の愛』で結ばれた女性。
人々は冷たい視線で王妃を見た。
そもそもの始まりは男爵家令嬢だったこの王妃を妻とする為に当時王太子であった国王が身分違いの無理を通し、それに貢献したマイザー伯爵に国の重要なダンジョンを褒美として与えたこと。
更に国王がこの王妃と結婚してからは、国王は王妃の一族にかなりの忖度を行い不正とも思える事をたくさんしていたのはほぼ公然の秘密であった。
……つまりは、元を正せばこの王妃のせいなのだ。一年半前に魔物が国を襲い国を荒らしこの国の大切な人々が惨たらしく魔物に殺されたのも。……そして今、このレーベン王国が未だ混沌の中にいるのも。
広間中の人々は強い憎しみの籠もった目で王妃を見た。
普段は空気など読めない王妃も、流石に国王以外の全てからの憎しみの視線に怖気づいた。
「なっ……。いったい、なんだというの!? 私は、この国の王妃でしてよ! 何人たりとも私に逆らう事など許しませんわ!」
彼女を王妃として敬う者など最早誰もいないというのに、王妃はそう言った後で国王の側へ縋る様に侍った。
クリストフはそんな両親を見て、深く、深く息を吐く。……彼の中では決意をしていたはずなのに、何故かこんな時に思い出すのは両親との良い思い出ばかりだった。
……しかし、彼等は大いなる罪を犯した。そしてこのままなら彼等は更なる罪を重ね続けるだろう。彼等の子である自分が、決断しなければならない。
今、この国に生きる人々の為に。
「……母上。貴女は、誰よりも王妃として相応しくはない方でした。そしてその相応しくない者を妻にと望むのならば、父上はその王位という身分を放棄するべきでした。
貴方達は『真実の愛』とやらに呆けて国を破滅寸前にまで追い込んだ愚か者達だ」
お読みいただきありがとうございます。
クリストフが頑張ります。
 




