40 国王の呼び出し
……王都の西側の外れ。魔物達に荒らされひどく壊れた用水路。
セリは大きな魔力で荒らされたその大地を均し、崩れた用水路を丁寧に直していく。
ハインツは妹セリーナのその魔法を見ながら、これを自分達の魔法でやり遂げようとするのはかなり厳しかっただろうと考えていた。
その昔の王国の魔法使い達はセリーナ程ではないものの、大地を動かす程の力を持つ者もそれなりにいたそうだが、今の王国には皆無だ。かろうじて現役時代の父と兄位のものだったろうか。
魔法大国と謳った我がレーベン王国が力を落としていくのは時代の流れと共に仕方がない事なのか。
その時、用水路の奥からガサリと音がした。
「ッ! 魔物か!」
この辺りは元々魔物が多かったらしく今もたくさんの魔物が潜んでいた。これで3度目だ。そして……。
「またか! うおっりゃあ!」
ザンッ……
あの赤髪の青年、ライナーが目にも止まらぬ速さで狩っていく。我ら侯爵家の警護など全く必要なかった程だ。
聞けばライナー殿は『前勇者』の仲間だったそうだ。外の世界の『勇者』などくだらないと思っていたが……。彼を見てその認識は変わった。
「セリッ! 何ともないか?」
「大丈夫よ、ライナー。ありがと」
などと声を掛け合う2人は深く信頼し合っているのがよく分かる。
……これも、まだ傷の癒えていないクリストフ殿下には見せられない光景だ。
「ライナー殿。我らもおりますのでお一人で無理をなさらず」
「ん? こんなの全然平気だぞ? ……それより、おいでなすったみたいだな」
ハインツが声を掛けると、ライナーはそう言ってチラリと王都の方角を見た。
「そうですね。……それではここからは我らにお任せを」
魔力感知でハインツも向こうの気配を察知した。
そしてしばらくすると、彼らは現れた。
「そこにいるのは、セリーナ ラングレー嬢とお見受けする! 我らはレーベン王国国王陛下よりの使者である! 畏れ多くも陛下はセリーナ嬢を王宮に招待するとの仰せである! 我らが警護するのですぐに来られたし!」
……アレは王妃の縁戚の伯爵の家の者だ。分かりやす過ぎる。国としてではなく王家が暴走していることを隠そうともしないとは。
ハインツは呆れつつ彼らを見た。
「何を言っている。今、この王国の復興の為にと働いている所だぞ。それを中断させようとはどのようなお考えか!」
ハインツは少し横柄な態度で言った。……彼らは強く出ないとすぐに相手を侮って愚かな行動をしてくると今までの経験上よく分かっているからだ。
「……それについては国王陛下も認めお褒めくださっている。そしてこの度陛下は是非にセリーナ嬢に褒美をとらせたい、と仰せだ。……そうそう、王宮には姉上様もいらっしゃるのですぞ?」
最初ハインツの迫力に飲まれかけたものの、国王よりの使者は最後はそう言ってニヤリと笑った。
セリはピタリとそれまでの作業の手を止めた。
そして振り返り国王の使者を見る。使者はセリーナのその美しい紫の瞳に見つめられ一瞬固まった。
「……参りますわ。案内を、してくださるのでしょう?」
「我が妹1人で行かせる訳にはいかない。私達も同行するがよろしいな?」
ハインツがギロリと睨むと、彼らはそれは拒否できないと考えたようだった。……まあ許可されなかったところでハインツは勝手について行くつもりだったが。
そしてセリーナは復興工事の真っ最中に国王陛下に呼び出され、急を要するはずの工事はいったん中断させられたのだった。
◇
「……陛下。本当に貴族達を集めた前でセリーナ嬢との話し合いを行うおつもりですか」
宰相がレーベン王国国王に問うた。
「……くどい! 何度も言うたであろう。あの生意気な小僧どもを貴族達が揃うその目の前でやり込めてやるのだ!そして大勢の前でセリーナ嬢の王家への協力を約束させられたなら、あやつらも決してそれを反故には出来まいて」
国王はよほど自信があるのだろう。鼻息荒くそう言い放った。
宰相は長年仕えたこの国王が、決して無能な王であったとは思わない。……しかし、最近の王はどうだろう?
……ここ何代かの王家は『真実の愛』にのめり込み確実にその魔力を落とし、今代は更に王妃の実家を偏重するなどして貴族達の信頼をも落としている。
この国王も例に漏れず代々の国王達の身分に拘らない、魔力の低い者との婚姻のその影響で元々それ程魔力が高い訳ではなかった。そしてコレは国家機密であるがあの一年半前に飛竜に襲われてからは国王はその魔力の殆どを無くしている。それから暫く国王は表舞台に出なかったのだが……。
しかし最近は自分の力に出来そうな『駒』を見つけた事で、それを取り込もうと躍起になって表に出てきている。
『真実の愛』が全面的に悪いとも思わない。だがその『真実の愛』とやらにのめり込みしきたりを破り、代々王家の子は魔力を落とし続けていた。更に王家よりも魔力が強いと思われる貴族を貶めその権力だけを手に入れようとする王家。もはや彼らはこの魔法国家を統べる王家としての義務を放棄していると思われても仕方がない。
そして力を落とした王家は本来ならばこの国で高い魔力を保ち続ける貴族達、特にラングレー侯爵家には腰を低くして協力を求めるべきなのだが……。
……しかし。
自分達が力を落とす中強い魔力を持ち続けるラングレー侯爵家が妬ましいのか、王家は隙あらば彼らを追い落とそうと考えている。
「……陛下。それはいわば反対もあり得るのではありませぬか。万一、侯爵家が有利になれば貴族達の手前こちらがそれを反故には出来ない、という事にもなり得ます」
宰相は国王にそう忠告をした。……が。
「……はっ! 何を言うておる! こちらには『切り札』があるのだぞ? しかもあのセリーナ嬢を我が息子クリストフの妃としても良いという、いわば破格の申し出付きだ! 侯爵家の若造が断る理由もあるまい」
そう言って高笑いをする国王を、宰相は冷めた眼差しで見つめた。




