36 レーベン王国へ その弐
「……始めセリーナが死んではいないと仮定し、姉上がセリーナの力を封じ込めた『封印』の能力を持っていた事、そしてあの災害時に使うべきその力を使わなかったと暴かれたのはクリストフ殿下だ。……思う所は多々あるが、セリーナをずっと想っておられたのは事実なのだろう」
ハインツは重々しくそう言った。セリは意外な事実に驚く。
「クリストフ殿下が? え。あの茶会で声を掛けられたのは本気だったのですか? ……私はてっきり王家の方々は我が家を苦々しく思っていて、私がたまたまその標的になって嫌がらせをされたのだと思ってました。殿下はその為だけに声をかけられたのかと」
……殿下。やはりセリーナには貴方の想いは全く伝わっていませんでしたよ。
ハインツはそう思ったが、クリストフ殿下には絶対に言えそうにない。そして……。
「セリーナ。……何故そう思った? あの時なにかそのような片鱗があったのか?」
あの時、一応殿下は本気でセリーナを気に入り声を掛けられたようだった。それはあの茶会以降の殿下のセリーナに対する行動と執着でよく分かっている。
「……私は魔力がない事でずっと人目を気にしていたから、あの時も私の周囲の状況はよく見ていたつもりです。
殿下が茶会に姿を現された時……ううん、その前から周囲の一部の貴族達の様子がなんだかおかしな気がしてたんです」
セリはあの時の茶会を思い出していた。
……少し遠巻きに自分を見る一部の貴族。その目は、嘲りや少しばかりの同情、そして何かを期待をしているかのようだった。
「でも私は王宮での茶会は初めてだったし、私が魔力ナシな事は有名だと分かっていたからその時はそんなものなのかと……。それが、彼らに隙を与えてしまったのだと思う。その後現れた殿下が私に声を掛けられた時は『やられた!』と思ったわ。
その場を離れようにも周りはあちらの貴族で固められていて、見事に向こうの思う壺になってしまったわ」
セリはあの時の事が悔しくてたまらない。反対勢力の貴族にしてやられたのだ。魔力がない事は仕方ない事だとも思うが、あの出来事はセリーナの判断が甘かったのだと思う。
あの視線に気付いた時点でなんらかの適当な理由を告げてあの場を辞するなどの対策をすべきだったのだと後で随分悔やんだ。
「……本当に、申し訳ございませんでした。あのような馬鹿げた罠に嵌ってしまうなど、貴族失格です」
ハインツと侯爵は驚いた。
……まさか、セリーナがあの時の反対派閥の状況に気付いていたとは。
おそらくあのすぐ後の『大災害』がなければ、向こうの派閥はこの事を大々的に広め我が侯爵家を貶めようとしたに違いなかった。
「……そう、か……。セリーナはあの企みに気付いていたのか……」
侯爵は絞り出すように言った。
「……はい。そしてあの件に、本当にクリストフ殿下が関わっていらっしゃらなかったと?」
セリはまだ半信半疑のようだった。
「そうだ。あの災害から一年、唯一セリーナの事実を知る父は昏睡状態であったしレーベン王国の誰もがセリーナは死んだと思っていた。……済まない、私もその内の一人だ。
その中でクリストフ殿下だけがお前を諦めず、その生存を信じ遂に事実を突き止めれたのだ」
ハインツは真剣な顔でその事実をセリーナに伝えた。殿下はあの茶会での対応は最悪だったとはいえ、その後は反省しずっとセリーナを想い探し続けてくれたのだ。その点は本当に有り難いと思っている。
……一方、セリは。
一瞬、そうだったんだと殿下に対して感心しかけた時に、隣から何やらおどろおどろしい気配を感じた。チラリと横を見てみれば、ライナーの顔が強張っている。……これは、かなり苛々かヤキモチかを我慢している時の表情。放っておくと後が面倒くさくなるパターンだ。
「……いえ、まあ。有り難い事ではありますが、私にとってはそのまま死んだと思ってくれていた方が良かったのですけれど。それに何より私は殿下のお気持ちには応えられませんし」
セリは思わず少し早口でそう言い切った。隣の重い空気が無くなった気がする。もう一度横を見ると、ニコリと笑いかけられた。……良かった。
「……それはそうなのだが……。セリーナ。少なくとも殿下はそれまでお前の為にと動き、そして教皇様と会いお前を諦める決意もされた。その後もお前に不利になるような事はなさってはいない。
……しかもあの茶会での王妃殿下の悪意を証言してくださろうとした」
ハインツは少し王子が不憫な気がしたし、王子が今は自分たち側についていてくれているのでセリーナにそう説明した。
「あの、お茶会の事が今問題になっているの? 何故今更?」
セリは不思議に思い尋ねた。大災害より前の、ただの貴族の落とし合いだ。
「……教皇様にお目通りいただいた後、セリーナを諦められない、あの茶会で一目で気に入ったのだという殿下に私はあれでセリーナが殿下を好きになるはずはないと申し上げた。そしてヒルバート外務大臣は何故あの場で『魔力ナシ』と有名だったセリーナを敢えて選んだのかと責めた。すると殿下はあの時はセリーナの事情を知らなかった、王妃からは『誰を選んでも良い』、『楽しい余興となるかも』と言われたと仰ってな」
「……教皇さまとの会合の後に、殿下はあの茶会の事は王妃も深く関わっていたという事を知られたのですね」
「そうだ。クリストフ殿下は帰国後陛下との謁見時にその事を伝え王妃を責められた。……しかし、陛下は姉シルビアの事を世間に隠す事を認める代わりにこの件は水に流せと仰った」
ハインツは苦々しい表情で言った。姉を取引に使われたのだ。
そして父がセリにシルビアの罪を説明した。
「シルビアは、クリストフ殿下が彼女の罪を突き止めた時そのまま殿下の責任で塔に幽閉された。その罪はもし公表したのなら世間は大変な騒ぎとなる。それだけこの国の誰もがあの災害で大切な人達を亡くしている。『何もしなかった』事が罪に問えるかというと微妙な所だが、少なくとも我ら貴族には国の為に働く義務がある。シルビアは、それを放棄したのだ」
父は筆頭魔法使いとして、その罪を受け入れていた。
……そして今はシルビアの幽閉自体を世間から隠された状況。
ラングレー侯爵家としては、王家に大きな借りをしている状況だった。
「そう……。クリストフ殿下はシルビア姉様を……ラングレー侯爵家を庇ってくださっているのね」
ハインツは大きく頷いた。
「それは最初はセリーナ、お前を想うが故だったと思う。そして今はあの茶会でお前を傷付けた事、そして王子として王妃のあの日の茶番に気付かなかったご自分を責める意味で我が侯爵家の味方をしてくださっているのだ。……あの方は、根は悪い方ではないのだ」
そんなハインツの言葉にセリは頷いた。
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