19 教皇とセリ その壱
「……教皇さま!」
「おお! セリ様! よういらしてくださった! ちょうどお茶にしようと思っておりましたところですのじゃ。ささ、どうぞお座りくだされ!」
教皇は部屋に転移して来たセリを熱烈歓迎し、側近に目配せをしお茶を用意させる。
側近は「今日は立て込んでいると先程仰ってたのに……」と小さく呟きながらもお茶の準備をした。……チラとセリの様子を見ながら。
そして側近は少し緊張しながらもお茶と昨日東の国から届いた餡の入ったお菓子を出した。セリは「ありがとうございます」と笑顔で側近に礼を言い、早速いただく。
「……! 美味しい……! 教皇さまのところにはいつもいろんな美味しいお菓子があるのですね。……あ、今日私達が持ってきたのはイルージャの街で最近流行ってる焼き菓子です! これも美味しいですよ。あとで側近の方達と仲良く分けて食べてくださいね」
「教皇様、思いっきりスルーしてますけど毎回俺もいますからね? お菓子もセリと2人で選んでるんですからね!?」
ライナーが横から若干不満そうに言った。
ここには大概セリとライナー2人で来ているのに、教皇はライナーにいつもこんな塩対応だ。
「なんじゃ、ライナーは気が利かんのう。せっかくセリ様と楽しく過ごせると思うたに。……また減点じゃな」
「……何の点数ですか?」
「セリ様に相応しい人間かを見定めた点数に決まっとるじゃろうが。このままだとライナーはマイナスになってしまうの」
「ちょっ……! 何大人気ねー事してんだよ! ……や、してるんですか!」
こんなやり取りももはや定番だ。なんだかんだ言って教皇はライナーを随分と気に入ってるとセリは思う。
「ふふ……。相変わらず仲が良いですね。……あの、実は今日は教皇さまに相談したい事があるんです……」
途中『仲良くなんてない!』と2人でハモりそうになったが、セリの言う『相談事』に教皇は素早く笑顔で反応した。
「なんですかの? セリ様が改まって相談事とは珍しい。この爺でよろしければなんでもお話をお聞きしますぞ?」
セリはライナーを見て頷き合った。
「教皇さま。私……実はレーベン王国の出身なんです」
「……ほう」
「私は約一年半前にレーベン王国を出てきました。実はその時に国では大きな災害があって……、たくさんの魔物が国を襲ったんです。その時母が亡くなり、私は国を出る決心をしたんです。大変な災害でしたので、残された他の家族はきっと私の事を死んだと思っていると思って……」
「……ふむ。……お辛い事でしたな」
「私は今でこそ結構高位の魔法使いなんだと自覚してますが、当時は全くと言っていい程魔法を使えなかったんです。……だから誰も私を探すはずはない、とは思うんですけれど……」
そう言ってからセリはチラとライナーを見た。
「教皇様もご存知だとは思うけど、未だにレーベン王国は復興の兆しがないようだ。おそらくは被害が大き過ぎたんだ。そしてかなりの魔法使い達もあの時命を落としたんだと思う…………います。だから、高位の魔法使いを喉から手が出るほど欲している、……んだと思います」
ライナーはこの部屋の隅にいる教皇の側近から、『無礼な!』という厳しい視線を感じ、途中から言葉尻を直しつつ語った。
「……そうじゃろうの」
セリは申し訳なさそうに教皇に言った。
「それでご迷惑なのは承知の上で、このまま何事もなく過ごす為にはどうすれば良いか教皇さまのお知恵をお貸しいただけないかという相談なのです」
「……それは勿論」
そこでライナーは思い切り頭を下げた。セリも慌てて頭を下げる。
「無理は承知の上で! 伏してお願いいたします!」
「……だから勿論と言うておろうが」
「…………え」
セリとライナーは恐る恐る顔を上げ、まじまじと教皇を見た。
「ふふ。私が可愛いセリ様のお願いを断るとでも? しかもなんと可愛いお願いか! この爺を頼ってくださるとは、なんと嬉しい事であろうかのう!」
そう言って喜ぶ教皇を2人はしばし呆然として見ていた。
「……あの。レーベン王国はほぼどの国とも国交がありません。もし、もしもレーベン王国側が強硬手段に出て教皇さまにご迷惑をおかけしたりしたら……」
セリは大昔にレーベン王国がちょっかいをかけて来た隣国を攻め滅ぼしたという歴史を知っている。
家族が自分を探すとは思えないが、もしも万一魔物を殲滅した魔法使いがセリだとバレたとしたら。レーベン王国は何がなんでも自分を連れ戻そうとするかもしれない。
「……セリ様。一つお聞かせくだされ。一年半前レーベン王国で起こった大災害。その時にセリ様のお力は目覚められたのですな?」
教皇は真剣な顔でセリに問いかけた。
……教皇さまは、多分全てをご存知なのだわ……。
「……そうです。目の前で母が魔物に攻撃され倒れた、あの時に……」
……今でも、セリの目に焼き付いて離れる事のないあの瞬間、母の顔。……『この地を離れなさい』という母のその言葉を胸に、一人必死で旅を続けた一年。
「そうでございましたか。……お辛かったことでしょう。……その悲しみと衝撃でセリ様の奥の隠されたお力が目覚めた。それまではお力はそこまでお強くはなかったということですな」
「……はい。レーベン王国で私の家族は皆魔力がとても強かったのですが、その中で私だけが魔力がほぼ無かったのです。……ほんの少しの治療魔法しか、使えなかったのです」
「それは不思議な話ですな。多少の差異はあっても家族で1人だけが力が無かったとは……」
少し考えるように言う教皇にライナーも頷く。
「俺もそう思います。たまに魔力の大きな子が普通の家から生まれる事もあるだろうけど、大抵その家の子供達の魔力は大体は同じくらいだと思う……ます。
それが後でお伽話でしかあり得ない『転移』を使える程の魔力が目覚めるなんて……、セリには何か呪いでもかかっていたんでしょうか?」
「呪い……」
「え。ちょっとライナー、怖い事言わないでよ。誰が私に呪いなんてかけるのよ」
「誰って……、だからそれが不思議な話で……」
「不思議と呪いを一緒にしないでよー」
セリとライナーのやり取りを笑って聞きながらも教皇は考えていた。
……目覚める、という事は元々セリ様はその大きな力を持っていた、という事じゃ。そしてその力は封じられて……?
「ね!? 教皇さま! ライナーは酷いと思いません?」
「いや、だって力が目覚めなかったのは何か理由があるはずじゃねーか? 例えば墓石にイタズラしたとか……!」
「ライナーじゃあるまいし、そんな事する訳ないじゃない!」
「ははは……。セリ様はそのような事はなさいますまい。いや、ライナーよ。お前はそんな罰当たりな悪戯をしとったのか!」
「いや教皇様、子供の頃の話だから……」
「この罰当たり者! これで更に減点じゃ! もうマイナスじゃぞ!」
「ええ! ちょっと教皇様……!」
ライナーはかなり弱った様子になった。
教皇は一つ息を吐いてから、改めて2人に向き合った。
「……実は私からもお話がありましての」
急に改まった教皇に、セリとライナーもきちんと背筋を伸ばしてその話を待った。
お読みいただき、ありがとうございます。
教皇の側近は、ドキドキヒヤヒヤしながらセリを見ています。
 




