レーベン王国 姉と弟 その弐
「……姉上。アードラー子爵に何かしようとしてもムダですよ。もう既に子爵のお話は殿下も知る所になりましたから」
ハインツは、シルビアのその昏い微笑みを見ながら言った。
まるで自分の心を読んだかのような弟の言葉にシルビアは驚く。
「ッ!? ……なにを、言っているのハインツ? 何かとは……なんなの? それに……どうしてそれに殿下が関係あるのかしら……?」
シルビアは冷や汗をかいていた。
……先程から、この弟はいったい何を言っている? それに殿下は何故この件にこれ程関わってくるのか?
「姉上。……私はアードラー子爵と昔話をしたのですよ」
そして、ハインツは姉シルビアにアードラー子爵との話の内容を話し出した……。
◇
「……失礼ですが……、ハインツ ラングレー様でいらっしゃいますか?」
会議が終わり、ハインツが先程決まったばかりの『大魔法使い捜索』について考えながら廊下を歩いていると後ろから声がかかった。
……チラと見ると、どこか見覚えのある老年の男性。背筋はピンと伸び魔力もなかなかある立派な魔法使い。
「……いかにも、私がハインツです。……貴方様は?」
少し警戒しながら問うと、その魔法使いは優しく微笑んだ。
「私はクルト アードラーと申します。元子爵で隠居後は南方でのんびりと暮らしておりましたが昨年の大災害の為に現役復帰致しまして。
……実は私はご縁あって貴方様のラングレー侯爵家で家庭教師をしていた事がございました。貴方様が5歳の頃まで教師をさせていただいていたのです」
ハインツはうろ覚えだったが思い出した。その頃からこの方はそれなりの年齢で、失礼ながら当時5歳の自分は『じーちゃん先生』などと呼んでいた。
「ッ! じーちゃんせ……、失礼。思い出しました。あの時は大変お世話になりました」
彼を思い出したら、つい昔の呼び名が出てしまった。ハインツは焦り訂正する。……そうだ。この方の教えはとても面白くて5歳だった自分も興味を持てる楽しい授業だった。
「ははは……。『じーちゃん先生』で良いのですよ。思い出していただけて光栄です。……ご立派になられましたな。お父上のラングレー侯爵によく似ておいでだ」
じーちゃん先生はグレーのとても優しい瞳でハインツを懐かしげに見つめながら言った。
そんな風に見てもらえたのは久しぶりだ。……この一年、たった1人でラングレー侯爵家として立ち動かなければならなかったから。
ハインツは嬉しくて、2人の話は弾んだ。
少しすると、アードラー子爵は少し真剣な顔で考えてから言った。
「……シルビア様は、ご健在でいらっしゃいますか?」
「……姉上ですか? ……はい。姉は屋敷でただ1人生き延びる事が出来まして、今はずっと父の看病をしております」
……姉が、どうかしたのだろうか。確か姉もこのアードラー子爵に教えを乞うていたはず。……そうだ、そもそもどうして子爵はあの時急に家庭教師を辞されたのだ? 十数年ぶりに仕事復帰が出来るほどに健康そうであるのに。
そう考えていると、アードラー子爵は少しホッとしたようだった。
「……そうですか。お父君の看病を。お優しいご令嬢にご成長あそばしたのですな。……何よりでございます」
『優しい令嬢になった』。という事はその当時姉は何かをやらかしたのだろうか?
「アードラー子爵。……貴方はどうしてあの時家庭教師を辞められたのですか? 私は貴方の授業が好きで、お辞めになったと聞いた時にはとてもショックだったのです」
するとアードラー子爵は少し困ったように笑った。
「いやはや……。それは嬉しいお言葉でございます。教師冥利に尽きますな。……しかし皆が皆、そうは思われぬようでして……。実は、シルビア様は私がお気に召さなかったようなのです。……いやこれは相性というものもありますし私が至らなかったせいでもあるのでしょう」
かなり言いにくそうに言ったアードラー子爵を見てハインツはまさかと思う。
「もしや……、姉が? 姉が子爵を辞めさせたのですか!? 何故そんな事を……。
アードラー子爵。貴方は素晴らしい教師です。少なくとも私は幼いながらも貴方を尊敬しておりましたし、貴方の授業が毎回待ち遠しかったほどなのです」
ハインツが真剣な顔でそう言うと、アードラー子爵は破顔した。
「ははは……。なんと嬉しいお言葉か。あの当時の少しモヤモヤとした心が晴れていくようです。ハインツ様にも嫌われたかと気になっていたのですよ。……私はあれ以来教師業は廃業いたしました。地元で隠居しつつのんびり治療魔法使いとして過ごしていたのですよ」
「貴方ほどのお方から教師の仕事を奪ってしまうことになっていたとは……。世の中の大変な損失です。
姉はまだ幼かったからそのような失礼な事をしたのでしょうか……」
あの時、大好きな『じーちゃん先生』が急に居なくなってハインツはとても寂しい思いをした。……そうだ、そしてその後家ではセリーナの魔力がない事に気付いて家族は大騒ぎに……。
ハインツは何か引っかかった。
……そう、先程会議中に思い出した幼い頃の姉の記憶……恐ろしい顔をした姉シルビア。あれもちょうどその頃ではなかったか?
ハインツが当時の事を考えていると、アードラー子爵は意を決したように質問をしてきた。
「ハインツ様。恐れながら不躾な質問をお許しください。……シルビア様は、『能力』の事をご家族の皆様にきちんとお話しされたのでしょうか?」
「…………姉の『能力』、ですか?」
真剣な顔で尋ねてきたアードラー子爵だが、ハインツには全く心当たりがなかった。
姉シルビアは魔力自体は弱い訳ではない。しかし攻撃力や癒しなどが特別優れている訳ではなく、もしも『魔力ナシ』のセリーナがいなければ我が侯爵家では一番低い魔力だっただろう。
そんな姉に、特別な『能力』があるなどとは全く聞いた事はないし、両親がそれを隠していた様子も無かった。
「……いえ、全く心当たりがありません。子爵は何かご存知なのでしょうか」
全く答えが浮かばなかったので、ハインツはその答えを尋ねた。アードラー子爵は、あの当時シルビアの特別な能力を見出していたという事か? それならば何故姉はそれを隠したばかりか子爵を辞めさせたりしたのだろう?
「……やはり、そうでございましたか……。一年前侯爵家は何故シルビア様の『能力』を使わなかったのかと不思議に思っておりまして。
……おそらく『封印』の力を正しく使えば魔物が溢れた時に早いうちにダンジョンの入り口を封鎖する事も出来たのではないかと、そう思った次第でして……」
アードラー子爵の言った聞き覚えのない言葉に、ハインツは眉を顰める。
「なんですか? ……『封印』? 姉にそのような能力があるとは聞いた事がないのですが」
ハインツがそう質問を返すと、アードラー子爵は少し戸惑った様子になった。
……そこで、2人に声が掛かった。
「……アードラー子爵、であったか。ハインツも。……少しいいだろうか?」
現れたのは、レーベン王国の王子クリストフだった。
アードラー子爵とハインツは慌てて礼をする。
……そして2人は王子に促され、別室に移動したのだった。




