レーベン王国 会議 その参
「……偉大なる魔法使いは、セリーナ ラングレー侯爵令嬢だったと、私は考える」
どよっ……
クリストフ王子のその言葉にレーベン王国の王宮全体が揺らいだかと思うほどに、会議室はどよめいた。
突然の王子の爆弾発言にセリーナの兄であるハインツはただ驚き、クリストフ王子を食い入る様に見つめた。
「……まさか! ラングレー侯爵家は素晴らしい家柄ではありますが、その中にあってかの令嬢は『魔力ナシ』だと有名だったではありませんか!」
「確かご令嬢は非常に弱い治療魔法しか使えぬと聞いた事がございます。母である侯爵夫人と共に外に出たのだとすれば、それはおそらく残らず魔物に喰われたからかと!」
会場内は騒然とし人々は口々にそう異を唱えた。
しかしクリストフは騒めく人々の中、静かに答えた。
「……それならば、共に外にいた母である侯爵夫人も同じような状態になっていたはずであろう? セリーナ嬢だけが何の痕跡も無くなっているのは不自然だ。おそらく襲われた母親を見たショックでセリーナ嬢の魔力は解き放たれたのだ」
「いえですが……!!」
……ハインツは王子と貴族達の言い争いを、まるで違う世界の出来事のように感じながら見ていた。
そして思い出していた。一年ぶりに目覚めた父が話していた事を。
『……違う……、違うのだ、ハインツ。あの子は……セリーナは、目覚めたのだ。……本当の力に。目の前で母が魔物に襲われ倒れたあの時に、あの子は覚醒したのだ……』
……そうだ。父はセリーナが目覚めたと言ったのだ。
あの時私は何を言っているんだと、父上はおかしな夢でも見ているのかと思っていたのだが……。
父は、魔物達が殲滅される少し前にラングレー侯爵邸前に到着していた。その時、本当にその全てを……、セリーナが覚醒するその姿を見たというのか?
そして父上はその時までに負った大怪我と、門扉によって直撃は免れたもののその時の魔法のショックの為に倒れた……?
ハインツは片手で髪をぐしゃりと掻き上げた。
……そんな、まさか……!
ただ現実として 分かっているのは侯爵家の屋敷前で倒れていた父と魔物達に殺された母。地下室で震えて隠れていた姉シルビア。
そして……。忽然と姿の消えた妹セリーナ。
……自分にはそれだけしか、分からない。……分かりようが、ないではないか……!
「……ならば、この私にセリーナ嬢を探す為に国を空ける事をお許し願いたい。あれから、もう1年以上が過ぎている。おそらくセリーナ嬢は既に国外に出ている。大切な母を目の前で失い、そして今までの彼女の不遇な境遇からこの国に居続ける事は耐え難かったはず」
王子のその言葉にハインツはハッとする。
……本当に、セリーナが生きているならば。そして本当にあれだけのことを成し遂げたのがセリーナだったならば。
「……殿下! 恐れながらその捜索に私も加えていただきたく……!」
思わず、ハインツはそう申し出ていた。
ハインツにとってセリーナは、名誉あるラングレー侯爵家の名を貶め続けた愚かな妹。侯爵家の汚点。
……そう思い込んでいた自分が、本当の愚か者だったのではないのか?
……ハインツは、それを確かめたかった。
◇
……王宮の会議室はその後も紛糾し続けた。
「殿下とラングレー侯爵家の後継に国を出られては、このレーベン王国はいったいどうなるのか!」
「そうですぞ! ただでさえ有能な魔法使いの数も減り国も荒れたままだというのに!」
貴族の殆どが反対した。
その時、この会議場の1番上段の席から声が掛かった。
「……待て。……クリストフよ。お前がそこまで言うのだ、何か根拠でもあるのか? そして捜索するにしても、セリーナ嬢が行く場所に何か思い当たるアテでもあるのか」
レーベン王国国王。
国王も一年前に大きな傷を負っていた。……飛竜の攻撃を受けたのだ。そして今国には高位治療魔法使いは居ない。
それから王は魔法を使う事はなくなり、最近はこうして会議の場でも静かに話を聞くばかりであったのだが……。
「陛下。……実のところ、セリーナ嬢が一年前の魔法使いという確たる証拠はございません。
今のところ全ては消去法なのです。
……しかし密かに調べました所、一年前のあの混乱時に我が国を出国する国民達の中に一際美しい銀髪の少年がいたとの報告がございました。西の国境の都市ミッテルの関所でございます」
王子は現在分かっている情報を伝えた。正直、父である国王は今回も何も発言はしないのではないかと思っていた。
「ふむ……。しかし分かっておるだろうが我が国には銀髪の人間が多い。確かにセリーナ嬢は一際美しい銀髪だったと記憶しておるが、それだけでその少年がセリーナ嬢と決めつけるのは難しいぞ」
国王は貴族達が思っているだろう事を代弁した。……確かにこれだけならばその少年をセリーナと決めつけるのは難しい。
「……国境の街でおかしな事を申す者がいたそうでございます。その者が申すには、あの魔物騒動の後に街に突然人が現れたと。誰も居ない所に何やら光の粒子が集まりそれが人の姿をとったとの事。……それがその銀髪の少年だったと言うのです」
……ざわり。
「……なっ! それはまるで……」
「そんなはずはない! 過去の文献に記載はあるもののアレは今やお伽話。筆頭魔法使いでさえ出来るとは聞いた事はありませぬ!」
会場内はまたしても騒然となった。
「…………『転移』、か……」
国王は静かに呟いたのだが、それは何故かこの会場中に響いた。
そして会場内は、しん、と静まり返った。
「……セリーナ嬢は『転移』でその街に移動したと? それが本当にセリーナ嬢だとするならば、それ程までの魔力を持っているという事か……。確かにあれほどの魔物達を一瞬にして殲滅出来る力を持つのなら、その魔法使いにはそれが可能なのかも知れぬか……」
『転移』。
……それは文献にも詳しく載ってはいるが、それを扱える者がいるとは聞いた事がない。文献などからおそらくこの200年程はそれが出来た者はいないのだろう。
諸外国ではレーベン王国の魔法使いは今も誰しもがそれが出来ると考えられているようだが、残念ながらそうではなかった。しかし転移が使えると思われていた方が魔法王国として都合が良いので、そのままそう思わせる様にしている。
「私も文献でしかその力を存じませんので、人の話でもありますしそれが本当に『転移』であったのかは分かりません。
……しかし、調べてみる価値は充分にあるかと考えます」
会場内はしんと静まったまま。貴族たちは国王を見てその答えを待った。
「…………レーベン王国国王として正式に王太子クリストフ レーベンに、魔物騒動時に現れた大魔法使いの捜索を命ずる。しかし厳しい国内情勢から期限は一ヶ月と定める。ラングレー侯爵家からはハインツ ラングレー、第二騎士団の精鋭数名を連れ、西地域担当の第七騎士団と共に行動しこちらが満足のいく結果を持ち帰るように」
国王が静かながら会議場に響き渡る声で言い渡した。
「はっ。御意に御座います!」
即座にクリストフは答えた。
「お心に沿えますようしっかりと務めて参ります」
ハインツも一礼をして答えた。
会場内の人々も国王に礼をした。
こうしてレーベン王国の王子クリストフとセリーナの兄であるハインツの、実質的にはセリーナ捜索が正式に決定したのである。




