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第三話 奔放な伯爵令嬢

 パーティーにて、スチュアートはしばらくオフィーリアと過ごした。


 と言っても、手に手を取り合って踊るなどしないし、特別な話をしたわけでもない。

 十五になるのにオフィーリアに婚約者がいないこと。なぜか遠巻きにされ、話しかけてもらえないこと。そんなことを一方的に彼女が語っていただけだ。


 オフィーリアに婚約者がいないのも、他の令嬢令息から遠巻きにされるのも、オリヴィアによく似ているせいだ。

 当時を知っている者なら誰でもわかるのだが、オリヴィアについての話はもはや忌み嫌われるようになっている故に面と向かっては口にしないのだろう。


 スチュアートもまた、その事実をあえて口にしなかった。


「今日は楽しかったですわ! こんなに楽しい社交デビューを過ごせたのはスチュアート様のおかげですわねっ!」


「……そうか。それなら良かった」


 そう言いながらスチュアートは寂しさを覚えていた。

 彼女と自分とは無関係だ。そのはずなのに、たまらなく別れが惜しい。


 けれどその感情を振り切って、パーティーが散会する前に別れた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 オフィーリア・ブラッドリーという人物について調べたが、詳細はわからなかった。

 金髪も青の瞳も別に貴族では珍しくはないから全くの赤の他人である可能性も捨て切れないが、たとえプラウズ侯爵家の遠縁だったとしても当然縁切りし、その事実を伏せているはずだ。


 オリヴィアが密かに産んだ子という線もあるにはある。だが年齢的に考えて可能性は低いし、そもそも考えたくもないことだった。

 密通していた隣国の皇子との子を成したとすれば隣国に預けるのが普通だ。ウェーゼム王国の伯爵令嬢になどなっているわけがない。


 パーティーに帰ってからというもの、ずっとオフィーリアのことを――そしてオリヴィアのことを考えてばかりいる。

 オフィーリアの明るい笑顔。オリヴィアとの冷たい声。オフィーリアの瞳。オリヴィアの瞳。二人の唇。


 頭を振り、彼女らの情景を脳裏から追い払おうとする。しかしどうしても離れてくれることはなかった。そう簡単に忘れられるなどというわけがないのだ。

 うんうん唸りながらも、スチュアートは王族としての務めを果たさなければならない。重い腰を上げ、自室を出て――。


「お邪魔いたしますわー! と、あらまあっ!」


 この場――王都の一角にある、王子の住まいである邸宅だ――に相応しくないやけに明るい声の人物と鉢合わせた。


 最初は見間違い、聞き間違いかと思った。なぜなら彼女がここにいるはずがないからである。しかし息がかかりそうなほど近距離に彼女の存在があるのは疑いようのない事実で、それを認めた途端にスチュアートの全身がぶるりと震えた。


「…………どうして、君が」


 間近にあるのは、オリヴィアの顔だった。

 否、正しくは違う。彼女は誰もが知る悪女などではなく、先日社交デビューを終えたばかりの伯爵令嬢オフィーリアであった。


「あら、いけませんでしたかしら? すみません。でも、またスチュアート様とお会いしたかったんですの!」

『スチュアート様、お会いしとうございました』


 弾けんばかりで紡がれるオフィーリアの声に想起されるのは、会う度に仮面のような美しい微笑みと共に言われた、胸の内が知れないオリヴィアの言葉。

 お会いしとうございました。ただの社交辞令。それくらい、王族であるからして媚びを売られることの多いスチュアートは理解している。

 ――それならなぜ、最期のあの時、あんな言動をしたのかが今もなお理解できないだけで。


「オフィーリア嬢。この場所に足を踏み入れていいのは僕の認めた者だけだ。許可証は持っているのかな?」


「それをいただきに参りましたの! せっかく知り合えたんですもの、たくさんお話ししたいですわ!」


 はっきり言って仕事の邪魔である。そもそも、仲良くなりたいなどという理由で入っていてはいけない場所なのだが。

 追い出すべきだ。身の程を知らなければ彼女はこの先、貴族令嬢として生きていけなくなる。オリヴィアとの容姿の類似を除いたとしても、だ。


「断る」


「えぇっ!? どうしてですの!」


「君は僕の婚約者でも何でもないだろう。顔を合わせたのもこの前が初めてだ。だというのにこのようなところまで足を運ぶというのは無礼にもほどがあるとは思わないのか」


 社交デビューしたての令嬢、しかも伯爵家の生まれではわからないことも多々あるだろう。

 だからスチュアートはなるべく優しく言った。いいや、単に彼女だからこそきつく言えなかっただけかも知れないが。


 冷たい態度ながら完璧な淑女だったオリヴィア・プラウズ侯爵令嬢。

 いまいち淑やかさの足りないよく言えば元気、悪く言えば礼儀知らずのオフィーリア・ブラッドリー伯爵令嬢。


 生まれ変わりとしか思えないほどに似ている二人はしかし、やはり似ても似つかない。

 それなのにスチュアートは愚かにも心の奥底で期待してしまっている己を自覚していた。


 あの夜のように愛しげに囁きかけられ、口付けてもらえるのではないかと。




「スチュアート様、近くに素敵なお花畑があるんですって! 一緒に行きませんこと?」

「私、社交デビューに合わせて王都の屋敷に移って来たんですの。それまでずっと田舎暮らしだったので驚きの連続ですわ! 私の故郷での話、お聞きになりまして?」

「普通の令嬢は馬に乗らないらしいけれど、私、乗馬がとっても好きなんですの! スチュアート様、遠乗りいたしましょう!」


 結局、彼女を言いくるめることはできず、強く望まれてしまって許可証を渡さざるを得なかった。

 それからというもの彼女は、スチュアートの親しい友人として度々彼の住まいを訪れては外へ引き摺り出そうとする。

 淑女とはほど遠く、どこまでも奔放で自由勝手な彼女に、スチュアートは呆れを隠せない。彼女と触れ合う度「オリヴィアとは違うのだ」と強く実感させられてしまい、たまらなく苦しくなる。


「スチュアート様はどういうお仕事をされていますの? 私も手伝いたいですわ!」

「これは王子の仕事だ。君のような者に任せるわけには」

「私、スチュアート様のお力になりたいんですのよ!」


 ああ、なんて迷惑な娘なのだろうとスチュアートは思う。

 彼の心の内などオフィーリアは微塵も知らないに違いない。だからそんな風に軽い口調で言える。何の裏もなさそうな笑顔を浮かべていられるのだ。


「好きにしろ」


 スチュアートは、できるだけそっけなく聞こえるように答えるしかなかった。

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