紅花の花言葉
押し寄せる化け物共をハチの巣にしながら、俺は自室の扉の前に到着。
ここまでノンストップで走って来た疲れなんて忘れ、扉をこじ開ける。
「蓮!!」
「こうちゃん!」
部屋の中には、毛布にうずくまっていた蓮の姿が有った。
彼女は俺を見るなり、安心した表情を浮かべながら抱き着いて来くる。
「おいで!逃げるよ!!」
「うん!」
彼女の事を片手で抱きかかえながら、俺は部屋を抜け出す。
また手だけしか運んでいなかったなんて、そんなのは嫌だ。
足の痛みなんて考えず、ひたすらに俺は走った。
「この!退きやがれ!」
「ッ!?」
「ご、ごめんね!お耳塞いでて!」
「うん!!」
不用心に機銃掃射を行ってしまい、蓮をびっくりさせてしまった。
俺の胸の中で、両耳を抑えながら怯える蓮を、しっかりと抱きかかえ、俺は通路を走る。
先ほどからずっと叫んでいたせいか、化け物共は次々と押し寄せて来る。
出し惜しみのできる状況ではない。
弾の消費は気にせず、片手で機銃を撃ち続ける。
「クソ」
だが、肩にかけているとはいえ、重量の有る銃である事に変わりは無い。
アクション映画の主人公のように、片手でまともにコントロールできる筈無かった。
反動で銃口は跳ね上がり、先ほどのように連続で射撃ができない。
「こうちゃん!うしろ!!」
「しまッ!!」
蓮を守る事に夢中で、後ろから来る化け物に気付かなかった。
完全に反応の遅れた俺は、ゾンビに右腕を噛まれる。
歯が深々と刺さるが、すぐに蹴り飛ばして、無理矢理剥がす。
「この!ふざけやがって!!」
蹴り飛ばしたゾンビに向かって、機銃の最後の銃弾を撃ち込み、捨てる。
アドレナリンが大量に出ているせいか、痛みはない。
しかし、感覚がマヒし、もう右腕が使えない。
機関銃を使う事は、もう無理だ。
でも弾はもうないので、どちらにせよ、捨てる事にかわりはない。
「だいじょーぶ?」
「ああ、大丈夫だ、走れる?」
「うん、大丈夫」
機銃を捨てた俺は、蓮を下ろし、階段を上らせる。
左手にアサルトライフルを持ち、蓮を守るために射撃を行う。
利き手ではないので、遠くの相手には、弾はほとんど当たらない。
だが、至近距離であれば当たる。
「急いで!早く」
「うん、こうちゃんも早く!」
「すぐ行く!」
蓮を先に行かせ、俺は近寄って来たゾンビどもに銃弾を撃ち込む。
階段を駆け上り、入ってきた非常口にたどり着く。
そこでは、先に行っていた蓮が、清掃具の入っているロッカーを押していた。
「う~ん!」
「れん?」
「こうちゃん、はなれて!」
蓮のやろうとしている事を察した俺は、すぐに上へあがり、ロッカーを蹴り飛ばす。
物凄い勢いで、ロッカーは階段をおちていく。
ロッカーにひかれたゾンビたちは、一緒に落ちていく。
「ありがとう」
「うん!」
すぐに非常ドアを開け、気休め程度にカギを閉め、俺達はヘリまで走る。
俺は良い、せめてこの子だけでも逃がせれば、それで。
そんな事を考えながら、ヘリに到着すると、見知った顔が増えていた。
「し、司令官?」
「貴様か……ふむ、負傷したようだな」
「……はい、ですが、せめてこの子だけでも!」
増えていたのは、司令官と、彼の護衛。
しかも、俺の負傷に気付き、ゴミを見るような目を見つめて来る。
それ位は覚悟していた。
だからこそ、蓮だけでも、逃がしてほしかった。
「断る」
「な!?」
「貴様ならまだしも、戦力にもならん、ただ食いぶちを増やすだけの子供なんぞ、連れて行く訳には行かん、なにより、もうヘリは満員だ」
「そんな、軍曹!」
司令官の発言に、俺はかつてない程の怒りを覚えた。
軍曹たちにも、助け舟をと思ったが、彼らもうつむいている。
助けたくても、助けられない。
そんな表情だ。
彼らは仕方がないとはいえ、目の前のクソジジイだけは、絶対に許せない。
「ふざけんな、ふざけんな!だったら、テメェら殺してでも乗せてやる!」
そう叫んだ俺は、ライフルを司令官の顔面に向け、引き金をひく。
だが、弾は出なかった。
何度引き金を引こうと、弾は出てこない。
ここに来るまでで、弾を撃ち切ってしまったようだ。
「そ、そんな」
「上官に銃を向ける不届きものは、こうだ」
弾切れに絶望する俺へ、司令官は銃弾を撃ち込む。
足を拳銃の弾が貫き、焼けた鉄を当てられたような痛みが走った。
記憶に無い激痛に、俺は悲鳴を上げる。
「ああああ!!」
「こうちゃん!」
「ふん、おい、さっさと出せ」
「で、ですが」
「早くしろ」
パイロットを脅迫し、司令官は出撃を催促する。
飛び去ろうとする彼らに、蓮は叫ぶ。
「まって、どうしてこんなイジワルするの!?」
「行け」
「まって、まってよ!おいていかないで!」
蓮の悲痛な叫びは届かず、彼らは飛び去る。
そんな彼らを見て、蓮は大声を上げて泣き出してしまう。
子供すら、アイツらは見捨てた。
かつてない程の怒りを覚えた俺は、ハンドガンを引き抜き、涙を流しながら乱雑に撃つ。
拳銃程度でヘリを落とせるわけがないが、この行き場のない怒りは、こうでしか発散できそうにない。
「クソ!死ね!死ね!全員、地獄に落ちやがれ!!」
弾が無くなっても、俺は引き金を引く。
無駄だと解っていても、悔しさから何度も引き金を引いた。
弾切れになった銃は、乱雑に投げ捨て、屋上の床を殴る。
今の俺を哀れんだのか、蓮は俺に抱き着いて来る。
「……こうちゃん」
「ッ、蓮ちゃん」
涙をこぼしながら、俺をじっと見つめる少女の瞳。
怒りは収まり、代わりに悔しさの涙が零れ落ちる。
こんな筈じゃなかった。
いや、世界がこれだけ腐ったのだ。
人間の心が腐っていても、おかしくない。
でも、まだここに、一切汚れていない、綺麗なものが有る。
それを、確かなものにしたい。
「……蓮ちゃん、良い?」
「グス……何?」
「左手、だして」
「ん?」
蓮の左手に、俺はオモチャの指輪をはめる。
本物が良かったが、これしか見つけられなかった。
でも、何百カラットのダイヤも、今ではただの石ころ。
これで十分だ。
「指輪?」
「ああ、左腕が、無事でよかった、俺にも、着けてくれ」
「うん」
蓮に指輪をはめた俺は、蓮に指輪をはめる様に頼む。
噛まれた腕が、右腕で良かった。
もう右腕は、指先まで黒く成って来ている。
無事だった右肩も、もう感覚がない。
「これで、ちゅーをすれば、俺達は、本当の家族だ」
「あ、けっこん!?」
「正解」
結婚をする。
俺の意図を知った途端、先ほどまで流れていた蓮の涙は、ピタリと止まった。
それどころか、浮かべてくれた満面の笑みが、俺の傷ついた心を癒してくれる。
これが、求めていた全てのように思えた。
蓮が居てくれたから、俺はまた、生きる希望を持てた、こんな世界でも、生きようと思えた。
そんな彼女を、一人置いて行くことはできない。
「蓮ちゃん、俺は、お前を見捨てない、絶対に一人にはさせない、どんな時も、どんな場所でも、俺は、お前を守る、絶対に愛する」
「うん」
「絶対に、寂しい思いは、させないからな」
「うん、こうちゃん、だいすきだよ」
「俺もだ」
俺は、蓮と最後のキスをする。
ほんのりとミルクの味と、コーヒーの香りがした。
恐らく、キャンディーを舐めていたのだろう。
「愛してるぞ、蓮」
「私も、だいすき……だいだい、だーいすき!」
「ああ、絶対、一人には、させない」
蓮を抱きかかえた俺は、足の痛みを忘れ、屋上の端まで移動。
柵を乗り越えると同時に、非常ドアは破られる。
あんな化け物に食われるくらいなら、いっそのこと。
「……こうちゃん」
「……蓮ちゃん」
蓮も、俺の意図を察したのか、力強く抱きしめて来る。
俺も、蓮の事を力いっぱい抱きしめる。
もう心残りはない。
いや、もしも叶うなら、もっと早く、彼女に出逢いたかった。
それも叶わないというのなら、別の世界で、一緒に、鳥になりたい。
「いつまでも」
「いっしょだ」
でも、俺と出逢ってくれて。
俺に、生きる意味をくれて。
ありがとう。
襲いかかってくる浮遊感に身を任せながら、俺は蓮に心から感謝した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
短いですが、これで、最終回となります。
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