情熱
翌日。
目覚めた俺達は、朝のルーティーンをすませていた。
もちろん、蓮はまだ色々と一人でできないようなので、俺がサポートしている。
そのおかげで、俺の母親も似たような苦労をしていたのだと、痛感できた。
でも、この子の為なら、何だってできる。
「こうちゃん、きょーもおしごと?」
「ん、ああ、今日もだ、ごめんな、最近忙しくて」
「そっか、ざんねん」
朝飯を食べ終えた後。
蓮は今日も仕事だという事に、悲しい顔を浮かべる。
俺だって、本当はもっと一緒にいたい。
だが、こうして補給の担当で居る方が、良い暮らしができる。
しかたがない。
一週間に一回位支給される、レトルトのカレーだとか、カップ麺だとか。
そう言った高カロリーな物は、補給担当でないと、有りつけないような物だ。
色々といじれる配給班は、高級軍人だとか、この施設の上を目指さなければ成らない。
でも、席は独占されているから、俺がそこに這い上がる事はできない。
「……」
「ご、ごめんね、俺も、もっと一緒に居たいんだけどね、お仕事だから、仕方がないの」
「うん、そうだよね……ゆめでみたように、なればいいのに」
「夢?」
完全に落ち込んだ蓮は、悲しそうにつぶやいた。
どうやら、夢で何かを見たようだ。
ベッドに座り込み、その夢の話を、俺は彼女と同じ視線になる様に座って聞く。
「うん、えっとね、ゆめでみたの、わたしが、とりさんになるゆめ」
「鳥さん?」
「うん、じゆーに、おおきな鳥さんにへんしんして~、こうちゃんといっしょに、いろんなところにいくの」
「そっか」
外は危ないと言い聞かせ、何時もこの部屋で過ごしてもらっている。
実際、外は危険だ。
車を使っても、すぐに足元をすくわれ、全員あいつらの仲間入り。
俺達は何時もヘリを使い、空路で移動している事を仕事の話をしたときにした。
その時の事を、まだ覚えているのだろう。
「そしてね、おいしーもの、たっくさんたべて、それでねー」
「うんうん」
「いっしょに、おふろ?っていうやつにはいってね、えっと、それから……」
「ふふ、あんまり、焦んなくても良いよ」
「ん」
言葉に詰まる蓮の頭を、おれはそっとなでる。
この子の知識や記憶は、全部俺が与えた物だ。
拾った時から、この子は言葉以外の一般常識を持っていなかった。
だから、知識を得られるタイミングは、俺との話や、古雑誌を読むとき程度。
名前すら無く、本当に無垢な赤子と言っても、良い位の子供だった。
蓮と言うのは、俺が名付けたもの。
俺の救済となり、そして、何時までも清らかな心でいて欲しい。
そんな願いを込めた。
その為にも、色々な事を教えたいが、俺もずっと一緒に居られる訳ではない。
でも、叶わないとしても、そんな夢は見たいな。
「鳥さんにならなくても、何時か、一緒に空を旅しような」
「……良いの?」
「ああ、もっと大きくなったら、連れて行ってやる」
「おやくそく、できる?」
「ああ、約束だ」
小指同士をつなげ、俺と蓮で指切りをする。
満面の笑みで腕を振る蓮は、俺の癒しになってくれる。
この世界が平和に成らなくとも、せめて今を維持できれば、何時かはこの子と。
できれば、この子を戦わせたくないが、約束だ。
必ず、この子に空の旅を。
「さて、もう行かなくちゃ」
「うん、お仕事がんばってね!」
「ああ、ご飯のゴミは、何時もの人に渡すんだよ」
「は~い」
元気に返事をした蓮に手を振り、俺は仕事へ向かった。
そこからは、俺の暗い一日が始まる。
あの子のそばにいないと、どうも気分が沈む。
「……はぁ、ずっとあの子と居たいってのに」
鏡で見れば、俺の今の表情は、自室にいた時と比べれば、全く正反対に成っているかもしれない。
だって、部屋を出た途端、俺の肩にデカい岩がのしかかったように重くなる。
足も、何かがつかまっているかのように、ずっしりとした感覚もある。
千鳥足同然の動きで、更衣室に向かい、何時もの戦闘服に着替え、集合場所へ向かう。
「(あとどれ程続くんだ?こんなバカみたいな生活)」
そんなグチを考えながら、俺は集合場所へと移動する。
バカな、と言っても、こんな状況になって、初めて気づく事も有る。
今までの生活が、どれほどありがたい物だったのか。
話によれば、人類の総人口は一割未満との事。
このシェルターに住む、数百人の市民以外は、もう見た事ない。
「なぁ、コイツは噂なんだが、南の辺りにあるシェルターが壊滅したらしい」
「そいつは本当か?」
「ああ、それに、もう西側の地域は全滅らしい」
「もううんざりだ、こんな生活、今日の配給も、昨日より少なかった、遠征に行ってる連中は何してんだよ」
「このまま食料が尽きるのが先か、化け物共に食われるのが先か」
「せめて、化け物になる事だけは、避けたいな」
通路を歩いていると、市民達の会話が聞こえて来る。
彼らの聞いた噂は本当だ。
この国の各地域には、ここと同じ設備のシェルターが複数設置されている。
さっき話に出ていた噂は全て本当、ここ以外の生存区画は、もう数える位しか残っていない。
ここと、他に生き残っている基地とは、有事の際でも交信できるように、全て有線による通信を使っている。
通信の取れるシェルターは、設備破損でなければ、繋がるのはあと一つ。
そこも、もう補給物資が尽きそうだって話だ。
「……」
「どうした?しけた面して」
「いや、ちょっとな」
「まぁいい、今日は西の方に行くらしい」
「そうか」
途中で、偶然にも伍長と会う。
道中、適当に話をしながら、集合場所に移動。
そこでは、何時ものメンバーがそろっていた。
「……お、遅かったな」
「すまん」
「さて、話をきこうか」
全員そろい、俺達は上官からの指示を聞く。
任務は、何時もの通り物資の調達。
伍長の言っていたように、西側へ行き、資源を調達。
出来る事であれば、医薬品を優先してほしい、との事だ。
「……よし行け!世界が平和になるまで、俺達は戦いぬく!」
『サーイエッサー!!』
「(オフィスでぬくぬくしてやがる奴が、ぬかしやがって)」
そんな事を思いながら、俺達は何時ものヘリへと移動。
実際、この基地で真面に戦っているのは、俺と他に数個の分隊。
今指示を出した連中は、デスクでふんぞり返っているような奴らだ。
心にわずかな殺意を誤魔化しながら、武器を持ち、ヘリに乗り込み、出発する。
外に出る時は、比較的楽に出られる。
「……さて、出発だ!」
ヘリに乗り込み、俺達は出発する。
できれば、あの子に何かお土産でも有ればいいのだが。
宝石だのなんだの、そう言った物は、触れたりして感染する事は無い。
まぁ、誤飲とかのせいで、感染することは有る。
「(蓮、絶対に帰るからな)」
ローターに揺られながら、目標の場所へと向かう。
あの子の姿を思い浮かべながら。