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紅蓮の華  作者: B・T
1/5

特別な人

 この世は腐った。

 ある日突然、全てが終わり、腐り果てた。

 今でも、平和だった頃を白昼夢で思い出す。

 でも、今はそれ以上の幸せがある。


「……ん」


 一人の少女を思い浮かべながら、肩に来た衝撃で、俺は目を覚ます。

 バタバタと風を切る音、せま苦しい空気。

 そうだった、俺、今ヘリの中だ。

 夢のせいで、ずっと平和な町に居る気分だった。


「如何した?お前が居眠りとは、珍しいな」

「なんだ、軍曹か」

「なんだとは、何だ」


 ヘリでうたた寝をしていた俺を、叩き起こしたのは軍曹。

 入隊以来からの付き合いで、最近になって、彼の部下として戦ってきた。

 最近戦闘続きで、大分まいっていた。

 なので、ちょっとした居眠り位、許してほしい所だ。

 と言うか、軍としての形なんて、もう見かけだけだし、それほど厳しい訳じゃない。

 長引いたこの負け戦のせいで、人口は数えられるだけでも、一割未満となっている。

 こんな状況なのだから、お花畑だったり、昔の事だったりの思い出に浸りたい。


「……昔の事を思い出していた」

「そう言えば、お前は徴兵された身だったな」

「ああ、昔の友達と、よく歌ったりしたな」

「お前、JKバンドマンだったか?」

「いや、単純にカラオケ、まぁ、歌なんてここ暫く歌う気力無かったけどな」


 友人と集まっては、カフェでお茶をし、カラオケで歌いまくり、他愛も無い話で盛り上がっていた。

 だが、今はその全てが無くなった。

 一緒に遊んだ友達も、カフェも、ショッピングモールも、生きる気力も、全て無くなった。

 全てが腐り落ち、無くなった。

 でも、最近は出逢いが有って、かなり気力が回復した。


「とはいえ、最近随分と明るくないか?」

「解るか?ちょっと出逢いが有ってな」


 かなりにやけている事位、フルフェイスのヘルメットごしからでも解る。

 一応、彼も恋バナには興味があるようだ。

 まぁ、確かに最近明るくなったとか、配給の時に言われた。

 それも、好きな人が出来たからだ。

 あんまり人には言っていないから、部隊の面々に話すのは、今日が始めてだ。


「ほう、このご時世にな、くれぐれも、結婚何て死の呪文は唱えないでくれよ」

「まったくだ、そんな話聞いているだけで、ヘリが落ちるんじゃないかとヒヤヒヤするぜ」

「黙ってろ、玉無し」

「ははは!言うようになったな」


 軍曹と話していると、横から伍長が口をはさんで来る。

 何かときさくな人で、俺の所属する部隊のムードメーカーだ。

 とはいえ、好きな人が出来たのは、本当だ。

 この世界が平和に成ったら、本当に結婚を考えても良いかもしれない。

 そんな時が来ればの話だが。


「まもなく目的地です」

「よし、お前ら、お話は終わりだ」


 ヘリのパイロットの通信で、話は終わった。

 この腐った世界では、人類の生息圏は限られる。

 ヘリが下りたのは、軍事基地を要塞化させたシェルター。

 と言っても、車やら廃材で気休め程度のバリケードを作った程度だ。

 今やこの国の半数の人間が、ここで暮らしている。


「なんか、以前より空気重くなって無いか?」

「仕方ないだろ、もう二年も同じ空気を吸ってんだ、空気も重くなる」


 回収した物資を運びながら、空気の重さを認識する。

 こうなった原因は、突如として蔓延した未知の何か。

 何かとしか、言いようのない物。

 物質でも、放射線でも、生物でもない、正体不明の何か。

 その何かの性質を思い出しながら、俺は検査を受ける。


『よし、服を脱いで、検査と滅菌を行ってくれ』

「やれやれ、毎回毎回これだ」

「愚痴を言うな、こうしなければ、施設に入れんのだ」

「(何時も思うが、これって意味あんのか?)」


 男女入り乱れながら、俺達は検査を受ける。

 このご時世だ、男女で分かれるなどと言うのは、もう手間なだけ。

 俺が思うのは、この検査が果たして意味があるのかという事。


「はぁ、憂鬱だ」


 そんな愚痴を垂れながら、俺は検査を受ける。

 その何かは、汚染された生物から噛まれたり、ひっかかれたりしただけでうつる。

 ただのかすり傷でも負えば、アイツらの仲間入りだ。

 しかも、不思議な事に、その何かは電波の妨害まで行う。

 そのせいで、今やこの世界では、レーダーや無線は意味を成さない。


『全員合格だ、入れ』

「はぁ、冷えたビールが飲みたいぜ」

「誰だってそうだ、文句を言うな」

『戦闘員は、配給を受け取り、次の出撃まで自室で待機』


 アナウンスの命令に従って、俺は着替えた後、配給を受け取りに行く。

 世界全土が汚染された今、水も食料も減っている。

 浄化する方法も、何も無い。

 だが、未開封のペットボトルやビンに入っていれば、何とか影響無く摂取できる。

 ま、正直な所、酒の味と言うのは、俺には解らない。

 この前特別に支給されたが、美味いとは思わなかったし、気分も悪くなった。


「戦闘班!並べ!これから配給を行う!」


 配給班の命令で、俺は部隊の連中と一緒に並ぶ。

 連中は色々と上から目線だが、配ってい物資は、俺達が命がけで集めて来た物だ。

 しかも、身を削って集めているのに、日に日に配給の量は減っている。

 だから、俺達だけに許されるワイロも有る。


「おい、約束の物だせ」

「ああったよ」


 煙草一箱と引き換えに、とある物を要求しておいた。

 配給の入った段ボールに、その物資を入れられる。

 他の中身は缶詰と水、二人分だ。

 受け取った俺は、さっさと自室へ戻る。

 今日は本当に疲れた。


「……ただいま」


 ポツリと呟きながら、自室の扉を開ける。

 そして、部屋の中で待っていた一人の少女と目が合う。

 一人で古雑誌を読んで、ずっと俺の帰りを待っていた一人の少女。

 黒髪のポニーテールで、支給されたダボダボの服を適当に着た、まだ十歳にもなっていない位の少女。


「あ、こうちゃん!」

「蓮ちゃん!」


 彼女の姿を見た途端、俺の心にあったモヤが一気に晴れるのを感じた。

 純粋な笑み、可愛らしい声。

 いや、下らない表現はいい、彼女の存在は、俺の全てだ。

 彼女と話す時だけ、自覚できる位声が高くなる。


「おかえり!」


 そう言った蓮は、俺に抱き着いてくる。

 もちろん俺も、彼女の事をそっと抱きしめた。

 配給の物資も手放して、この暖かな温もりをかみしめる。

 腐敗した世界では、味わう事は滅多に無い。

 本当に、彼女と会えたことは、運命としか思えない。


「ただいま、お土産も、持って帰って来たよ」

「ほんと!」


 抱き合うのを一度やめた俺は、配給班に頼んでおいた物を、彼女に渡す。

 中身は飴玉。

 今はかなり貴重な物で、好きにできるのは配給班の連中だけ。

 なので、煙草を持ってくる約束で、三つほど交換してもらった。

 ただ、味がコーヒーしかなかったのが、ちょっとあれだ。


「……これ、何?」

「これはね、コーヒーキャンディー、おいしいよ」


 アメを見た事無いのだろうか、蓮は少し不思議な顔をする。

 まぁ、コーヒーキャンディー何て、子供は滅多に食べないだろう。

 とはいえ、俺は結構好きだ。

 コーヒーを最後に飲んだのは、もう二年以上前だけど。

 それはさておき、アメのつつみを破り、蓮に食べさせる。


「はい」

「ん」

「噛まずに、口の中でコロコロ転がすんだよ」

「うん……ん!」

「おいしい?」


 コーヒーキャンディーを舐める蓮は、大きくうなずく。

 本当に美味しそうに、アメを舐める。

 この顔を見るだけで、戦いの疲れが一気に吹き飛ぶ気分に成る。


「おいひいよ、こうちゃん」

「よかった、でも、皆には内緒だ、俺と、蓮ちゃんだけの」

「うん、おやくひょく」


 口にアメをふくんでいるせいで、少し言葉が変だが、これも可愛い。

 本当に幸せだ。

 この子に出会えた事。

 こうして、二人で過ごす事。

 これだけで、全てどうでも良く成ってしまう。


「……」

「あ、こうひゃん」

「ん?なに」

「ちゅー」

「ッ!?」


 突然、蓮が俺にキスしてきた。

 そして、蓮はあげた筈のアメを、俺に口移しで渡してくる。

 一瞬変な事を考えてしまったが、すぐに忘れる。


「蓮、ちゃん」

「えへへ、はんぶんこ!」

「……うん、半分こ!」


 蓮の唾液の味と共に、俺は久しぶりのコーヒーの味を堪能する。

 ああ、幸せだな。

 こんな世界でも、幸せは、見つけられる物なんだな。


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