僕にはラブコメを書く資格がない
僕、鈴木春至恩は自称専業妄想家だ。自称としたのは世間一般では高校三年生と呼ばれる身分であるからだ。そして今僕は一人、放課後の教室で勉学に励んでいる。
といえば聞こえがいいが貴重な高校生活を懸命な妄想活動に勤しんだ結果、ことごとく赤点を連発し補修を受けているだけだ。おまけにこのままでは志望校は絶望的だと担任に宣告され、僕はまさに人生最大の危機を迎えている。
そんな訳で大人しく補修を受けている訳だが、人生はそう上手くいかないのが常である。例によって邪魔が入り、僕はまたいつもの妄想の世界へとトリップしてしまうのだ。
「相変わらず大真面目に勉強してるね、ハルジオン君。もうじき受験だもんね」
「うるさいな。皮肉かよ」
「あら?随分とつれないじゃん。こんな美少女が折角一人可哀想に補修を受けているハルジオン君を思いやって声をかけているのに」
「…あのな、自分で美少女っていうなよ。それに僕が補修を受けてるって分かってるんじゃん」
「いいじゃん、退屈しのぎに付き合ってよ」
「いいから帰ってくれ!」
いきなり僕に話し掛けてきた女、姫ヶ咲ローズ。彼女こそが僕の妄想を膨らませる根源であり、僕の成績を急落させた元凶だ。ハーフの帰国子女で金髪碧眼。歩けば誰もが振り返るほどの美少女でモデルのスカウトも絶えないほどスタイルも抜群。成績も優秀でスポーツ万能。
品行方正で異性だけでなく同性からの人望も厚く、生徒会長に推薦されたほど。とまあ…思い付く限りのスペックやスキルをこれでもかとばかりに詰め込んだような女だ。
それに比べ僕はキラキラネーム以外は何の取り柄もない、ゲームやマンガの世界に例えるならモブキャラの一人といっても差し支えがないほどだ。
容姿も人並み、成績も身体面も人並みかそれ以下。友達も少なくクラスでも目立つことはまずない。居心地は良くないが、たかが三年間我慢すればよいだけのこと。そう割りきっていたのだが…。
「しっかし相変わらず変な名前だよね、ハルジオンって」
「うるさいよ!余計なお世話だ!」
そっちだってAV女優っぽい名前の癖にという言葉が出かかったが、何とか飲み込んだ。もし口にしていたら彼女を泣かせるどころか、クラスいや学校中を敵に回しかねない。どう考えても自分だけが酷い目に遭うとんだ地雷を踏むことになるだろう。
我慢我慢。押さえろ、押さえろ。
僕は深呼吸して頭を冷やした。怒りの矛先は彼女よりもキラキラネームをつけた両親に向けるとしよう。そんな僕の様子を見たローズがからかうように僕の目の前の席に座った。
「…まだ帰らないの?」
「別にやることないし」
「そっちも受験生だろ?勉強しなくていいのかよ」
「おあいにく様。とっくに推薦で合格もらってますぅー」
「な・に・い!!?」
ローズの言葉に僕は素っ頓狂な声を上げた。それを見たローズは更にケタケタと笑う。畜生、からかわれている…。
「一人寂しく補修を受けているモブキャラをからかうためにわざわざ誰もいない教室に来るなんて、けっこうなご身分ですな」
「そうかな?意外と面接とか楽勝だったし、てっきり皆進路決まって暇してると思って来たんだけど」
「皮肉でいったんだけどな…」
「でハルジオン君はどこの学校を志望してるのかな?」
「…東京の××大学だけど…」
「へ?偶然!あたしが合格もらったところだ!」
「マジ!!?」
おおう…なんてこった。まさかローズが同じ学校を志望していたとは。しかも先に受験して合格をもらっていただと?嫉妬と悔しさが頭の中を駆け巡る。
畜生、完全に舐められてる。いつもの妄想の中なら彼女は僕のことを好きで好きでたまらなくて、従順で優しくて、それでいてエッチな感じで…。…ってやばい。自分の目の前に座るローズの胸元のラインがガッツリ見える。…いつも妄想の中でなら何度も見ていたが、さすがに本物は初めての経験である。いかんいかん落ち着け。平常心平常心…。
「…ねえ今、エッチなことを考えてたでしょ?」
「いやいや?そんな、ことは、ありませんよ?」
「ジー…」
目が完全に泳いでしまい、僕はしどろもどろになる。これでは彼女で妄想していたことがバレバレではないか。彼女からの疑いの視線が痛い。まさに蛇に睨まれた蛙。重い沈黙がしばし続く。
正直いってローズとマンツーマンで会話するのは初めてかもしれない。大概の場合彼女の他に友達やクラスメートがいて、僕は取り巻きの中のその一程度の存在だった。互いに存在を知っていて他愛もない会話こそしているものの、此処までがっつり踏み込まれたのは初めてだ。妄想の中では何度も会話のシュミレーションしていたのにいざ現実となるとこうも言葉に詰まるのか。
「…誰のせいだと思ってるんだ…」
「えっ?」
「誰のせいでこんな補修を受けてると思ってるんだよ」
「?何のこと?」
「君のせいだ。君が此処にいるせいで僕の妄想が止まらない。お陰で勉強にも生活するにも全く身が入らない。このままじゃ志望校どころか卒業だって怪しい。どうしてくれるんだ!」
僕の口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。まるで自分でも制御できない、もう一人の自分が発言しているようだ。こんな言葉が出てくるなんて僕自身が一番驚いている。我に返ったとき、完全に意表を突かれたのかローズが呆然としているのに気づいた。
やってしまった。後悔先に立たず。此処まで発言した以上はもう取り返しがつかない。グッバイ我が青春、そして高校生活。
「プッ…ククク…ハハハハ!!」
「!?」
ローズの笑い声に今度は僕の方が意表を突かれる。一体全体どうしたというのだ。そんなに面白いことをいったかな。心なしかローズの顔がほころんでいるように見える。赤らめているようにも見えたのは夕日のせいか。
「いやいや、そうかそうか。そんなにあたしのことを想って妄想してくれたのか。やっぱりムッツリだね」
「…おおう…墓穴を掘った」
「ククク…おあいこだね」
「はい?」
ローズの言葉に僕が再び素っ頓狂な声を上げる。一体どういうこと?彼女のいってる意味が理解できんのだが。
「えーと…いまいち分からないんだけど。どういう意味?」
「妄想してるのはハルジオン君だけじゃないってこと。でもあたしの方がまだ理性が利いてるね」
ローズが勝ち誇ったように笑う。ちょっと待て…彼女が妄想していたって、え?え?え?
「ハルジオン君はあたしのことを妄想し続けたせいで今のヤバイ状況まで追い込んだんだよね。でもそれはあたしのせいじゃない。ハルジオン君自身のせいでしょ?」
「うっ…仰る通りです…」
「それを力に変えることってできない?妄想から現実にするっていうやつをさ」
「無茶いわんでよ。実現できないから妄想してるのに」
「…あたしを失望させないでよ」
ローズの目が急に真剣味を帯びた。先程までのおちゃらけた顔が嘘のようだ。…もしかしたら彼女は…いや、そんなことは…。
「ど、どうして僕のことを?」
「ずっと気にはなってたんだよ。何かキモい視線を感じるなと思っていたらハルジオン君だったんだ。ほんっとにキモかったんだけど、妙にほっとけないというか。何か変なんだけどそこまで悪い気はしなかったんだよね」
「誉められてるのか貶されてるのか分からん…」
「だから調べたんだよ、色々とハルジオン君のこと」
「えっ…それって、もしや志望校のことも?」
ローズが再び勝ち誇ったように笑って頷いた。僕の思考の方は完全に停止する。いくらなんでも此処までやるか?でも何で…此処まで?
「別に他に行ける大学とかあったんじゃ…」
「あのね!話をすり替えないで!今更逃げる気?!」
「逃げるって??」
「いい?あたしは先にハルジオン君の志望校に受かったんだからね!絶対にハルジオン君にはこの志望校に合格してもらうよ。その為にはこれからビシバシ勉強してもらうからね!あたしが毎日付きっきりで教えるからそのつもりで覚悟して」
「えっ、ちょっと…どういう…」
「責任取ってよね。あたしだって…ハルジオン君のせいで色々と生活に支障を来しているんだからね!絶対にこれからの大学生活までハルジオン君も巻き込んでやるんだから!」
「…それって君もいわゆるムッツリ…」
僕がそういい掛けるとローズが僕の頭をチョップした。その顔は秋の紅葉の如く真っ赤だ。今度は彼女が墓穴を掘ったようだ。
しかしながらこれは困ったものだ。現実とは小説よりも奇なり。此処から先は僕の見てきた妄想を完全に越えている。さて僕は無事に春を迎えられるのだろうか。これからの幸せと不安がない交ぜなまま、僕はローズの提案にゆっくりと頷いた。
ご一読ありがとうございました。