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志耀伝(続・ある転生から始まる三国志後記)  作者: 満月光
天才の萌芽
3/31

耀春と炎翔の捕縛

その晩の潘誕(はんたん)の店は、相変わらず常連客で(にぎ)わっていた。

「この煮付け、出て来るのは久しぶりじゃないか。此奴(こいつ)が喰いたくて、この五日間というもの、店に通い詰めたんだ。今日の魚は、何時(いつ)も以上にでかいな。これは、食いでがあると言うものだ。」

美味(うま)そうに魚に(かぶ)り付く姿を見て、隣に座ったもう一人の常連客が生唾(なまつば)を飲んだ。

「俺にも、それをくれないか。しかしこの店の煮付けというのは、味付けにどんな香辛料を使っているんだ? この前、成都の料亭に久しぶりに行ったんだが、其処(そこ)の板前が言っていた。この店の煮付けの味を再現しようと何度も頑張ってみたが、どうしても駄目だったそうだ。」


客にそう聞かれた華鳥(かちょう)は、にこやかな笑みを浮かべた。

「味付けは、それこそ営業秘密ですよ。おそらく誰が(いど)んでも、この味を再現するのは無理でしょうね。」

華鳥がそう断言するのには、理由(わけ)がある。

潘誕の店では、肉にしろ魚にしろ、特別な香辛料で下味を付けている。

潘誕が昔からずっと調合に工夫を()らして来た香辛料がそうだが、その他にも他の店では絶対に入手出来ない数々の香辛料を、潘誕は(ひそ)かに料理に使っていた。


それは、華鳥の父である飛仙当主(ひせんとうしゅ)華翔(かしょう)が、遠い西国や海を渡った異国から、金に糸目を付けずに買い(あさ)って来た香辛料である。

華翔は、新しい香辛料を入手する(たび)に、それを潘誕の店へと送って来た。

中には、目の玉が飛び出るほど高価なものもあった。

胡椒(こしょう)と呼ばれる天竺(てんじく)の香辛料は、遠い西国では、一袋が同じ砂金一袋と交換されていると言う。

そんな高価な香辛料を、華翔は惜しげもなく潘誕へと送って来る。

しかも、気に入ったものは、幾らでも追加の希望を(かな)えてくれる。


実は華翔は、元々の蔵書集めの趣味に加えて、食道楽に(はま)るようになっていた。

華鳥が、潘誕に(とつ)いでからである。

美食の楽しみを知った華翔は、料理には料理人の腕に加えて、使う香辛料の多彩さが重要であることに気付いた。

それからである。

ある時から、それまで以上に頻繁(ひんぱん)に、多種多彩の香辛料が店に届くようになったのは。


華翔は、潘誕に対して全ての香辛料を使い(こな)す事を要求した。

しかも料理の値段は、どんな高価な香辛料を使っても普通に(おさ)えろと、華翔は言って来た。

料理を美味(うま)く出来る香辛料が使い放題で、しかもそれを使った料理を安く客に提供出来るのなら、潘誕には全く(いな)はない。

新しい香辛料が届く(たび)に表情を輝かせる潘誕を見て、華鳥はふと疑問を持った。

何故(なぜ)、父はこのような事をするのか、と。

道楽にしては度が過ぎている気がするし、集めた香辛料をを(あきな)いとして売る様子もない。

ある時、同伴客を連れて店にやって来た華翔に、華鳥はその疑問をぶつけてみた。

華鳥の問いに対して、華翔はいとも簡単に答えを返した。


美味(うま)い料理っていうのはな、何よりも強力な交渉道具なんだよ。至高(しこう)の料理の前では、どんな黄金財宝も及ばねぇ。女が(そば)にいなくても人は生きていけるが、食い物がなくちゃ生きてはいけねぇ。それが途轍(とてつ)もなく美味(うま)いもんなら、そこから離れられなくなるのが人情ってもんだ。さっき俺が連れて来た客だがな。南方で海産物を一手に手掛(てが)ける大店(おおだな)の当主だ。取引の交渉にずっと難儀(なんぎ)をしていたんだが、帰り(ぎわ)の奴の顔を見て、此奴(こいつ)は落ちたと確信した。お(めぇ)の亭主のお陰だ。」


それを聞いた華鳥は、内心呆れた。

三年前に、飛仙はその拠点を成都に移していた。

耀春が生まれて、成都に居た方が孫の顔を見に来やすいからだろうと思っていたが、どうも違ったようだ。

その頃から、華翔は店の定休日を狙って、ちょくちょく客を連れて来るようになっていた。

(あきな)いの交渉の為だったのね。

店で食事をしている時は、商いの話なんて全くしていないのに…。

やっぱり、この父という人、どうにも食えない人だ。


何故(なぜ)、香辛料を売らないのです? そのような美味(おい)しい料理が作れるのなら、買い手は沢山(たくさん)つくでしょうに。」

「世の中に出回(でまわ)っちまえば、希少価値(きしょうかち)が下がるじゃねぇか。お(めぇ)の亭主の料理の腕は一流だ。俺は、それに更に(はく)をつけてやってるんだぜ。希少なものほど、人は欲しくなる。当たり(めぇ)の事だ。(せわ)しない普段の営業日を避けて、彼奴(あいつ)の料理をゆっくりと堪能(たんのう)したけりゃ、定休日に俺と一緒に店に来なくちゃなんねぇ。そうなると、その後の商談は最初から俺の優位で進むってもんだ。こういう立ち位置を作れるなら、多少の投資なんて安いもんだ。」


「それじゃぁ、この店で料理を安く出させているのは何故(なぜ)なんです?」

「そりゃあ、出来るだけ大勢の舌の肥えた連中に、お(めぇ)の亭主の料理を食って貰いたいからだ。値段の高い高級料亭ばかりに入り(びた)っている連中は、本当の食通とは言わねぇ。本物の食通って言うのは、自分の舌で美味(うま)いもんを探す奴のことだ。そういう連中に()まれれば、亭主の料理の腕も上がるってもんだ。」

何処(どこ)までも計算高い華翔の腹の内に、華鳥は舌を巻いた。


華鳥が、馴染みの常連客達と味付け談義をしているところに、厨房から潘誕が顔を出した。

そして暁軍(ぎょうぐん)の兵隊らしき一同が囲む(たく)へと向かった。

「今日で引退だそうですね。長い間ご苦労様でした。」

潘誕がそう言って頭を下げたのは、既に初老の域に達した兵士だった。

「お陰で、良い兵隊生活が過ごせた。特に潘誕。お前との出逢いは生涯忘れる事はないだろう。お前の武術の才は、俺が預かった兵達の中では飛び抜けていた。王平様が、お前を手元に置いたのも当然だ。お前が軍を辞めた時には、何とも勿体無いと思ったが…。」


そう言いながら、その初老の兵士は客の接待をしている華鳥を見詰めた。

「しかし、仕方あるまいな。あのような絶世の美女を嫁にしてしまったのだから。妻子の為に生きると決めたお前の気持ちは良く分かる。お前があの方を(めと)った時には、兵達全員が、羨望と(ねた)みに包まれた。高嶺(たかね)の花どころか、普通なら絶対に手が届かぬ天女(てんにょ)だからな。」

先輩だったその兵士の言葉に、潘誕は面映(おもは)ゆい表情を見せた。


「しかし軍を辞めた後に、この店を開いてくれた事には本当に感謝しているぞ。お前が居なくなって、残された兵達全員がもう美味いものが食えなくなったと落ち込んだからな。俺もそうだ。だがこの店が出来たお陰で、その後も美味いものには不自由しなくなった。その上、あの天女様とも店で親しく会話を交わせるようになったのだから。これには全員が感謝している。」

その言葉に、卓を囲んだ兵士全員が(うなづ)いた。


初老の兵士は、ふと店の扉の外を伺う様子になった。

露摸(ろぼ)に最後の挨拶をしても良いか?あの白い狼は、最後の三年間、俺の守り神だった。この三年間、遠隔地の山賊退治に出掛ける時には、必ず露摸に会いに来てその守護を貰った。お陰でこうして何事もなく、今日を迎えられた。」

それを聞いた潘誕は、直ぐに入り口に歩み寄って扉を開けた。

そこには、全てを察した様子の露摸が端座(たんざ)していた。


初老の兵は、直ぐに露摸の元に歩み寄った。

「露摸。今迄ずっと俺を見守ってくれた事、感謝する。この後は、残った兵達と、何よりもこの暁の国を守護してくれ。それが俺の最後の頼みだ。」

露摸は、兵士の言葉を聞くと(わず)かに頭を()れた。

露摸を囲む兵達全員が、その白く輝く毛並みから立ち昇る何かを感じた。


志耀(しよう)は自分だけの居場所と決めている王宮内の一室で、机に向かっていた。

志耀の前の机上(きじょう)には、大きな紙の図面が広げられていた。

部屋の中は三方に棚が配され、天井迄書物がぎっしりと詰まっていた。

部屋の外から声が掛かり、志耀が応えると、扉が開かれ華真(かしん)が姿を現した。

「何か、新しき農具の工夫があるとか...? 側近の女官は、帝がまた閉じ(こも)ってしまわれたと言って心配しておりますよ。」


華真にそう言われた志耀は、目の前の図面に眼を()ったまま、華真に話しかけた。

「華真の兄様(あにさま)。この図面を見て下さい。昨日農村である人から教えられた内容を書き付けてみました。兄様ならどう思われるか、意見を伺いたくて...」

志耀の言葉に、華真は苦笑した。

(みかど)。その兄様と言うのはお辞め下さい。それにその敬語使いも...。私は、貴方様(あなたさま)の臣下なのですよ。」

「二人だけの時なら良いではないですか。兄様が私の師匠である事は事実なのですから。」


華真は苦笑いをしたまま、志耀が指し示した図面に眼を落とした。

「ほう...()れは....。実を取る際に、米を傷付けぬ工夫ですな。成程(なるほど)、此れならば米が割れず、見眼(みめ)も良いし、日持ちも致しましょう。此れを帝に教えたという者、中々の智慧者(ちえしゃ)ですね。」

華真の返答に、志耀は我が意を得たりとばかりに笑みを漏らした。

「やはり兄様もそう思われますか? それだけではありませんよ。これを教えてくれた者は、干魃(かんばつ)に強い新しい稲も生み出していました。その技術を農技術所に教えに来ては貰えぬか...と頼み込んでいるところです。」


「それは妙案ですね。国というものは、上に立つ者だけが(つく)るのでは御座いません。民達の支えがあってこそ栄えるものです。良き人材は、どしどし登用するべきでしょう。」

「それなのですが....。此れを教えてもらって思った。今の世には、まだまだ新しき知が(うず)もれたままになっていると...。その発掘のために、そうした知恵を広く募集しようと思います。稲作に限らず、養蚕や製紙、それ以外でも...。」


意気込む志耀を見て、華真は微笑んだ。

成程(なるほど)。それは良きお考えです。世の中には、民の暮らしを向上させたいという(こころざし)を持つ者達が数多くおりましょう。直ぐにも実行に移されるのが(よろ)しいかと。具体的には....。」

その時廊下を走る音が響き、王平(おうへい)が部屋に入って来た。

「申し訳御座いませぬ。しかし、至急に(みかど)にお伝えしたき事が....。先程、王宮書庫に怪しい人物が侵入を試みたとの事で、直ぐに捕らえたのですが...」


志耀は、王平へと首を巡らせた。

「捕らえたのなら、それで良いではないか。他国の密偵ならば、警護所にて取調べを行えば良い。」

そう言う志耀に、王平は(わけ)ありげな視線を送った。

「それが、その者達が引き立てられる場に、私がたまたま出くわしたのですが...」

王平はそう言うと、ちらと華真を見遣(みや)り、志耀の耳元で何事かを(ささや)いた。

志耀は驚いた表情を見せると、直ぐに王平に尋ねた。

「それでその二人は今、何処(どこ)にいるのだ?」

「中庭に引き出されています。」


中庭に通じる廊下を進んだ志耀は、中庭の手前の角で歩みを止め、そっと庭を(のぞ)き込んだ。

中庭の真ん中で、数人の兵に身体を押さえられて(もが)いていたのは、炎翔(えんしょう)耀春(ようしゅん)の二人だった。

炎翔が手を後ろに回されながら、必死に兵達に向かって懇願(こんがん)していた。

「なぁ、この娘は関係ないんだ。俺が無理矢理(むりやり)に連れて来ただけなんだよ。だから、この娘は放してやってくれないか…」

すると炎翔の隣で、耀春が口を(とが)らせた。

「違うよ。あたしだって自分で来たんだよ。炎翔兄さまが見たいものがあるって言ったけど、あたしだって他に見たいものがあって....。」


その様子を観ながら、王平が志耀に小声で尋ねた。

「どうします?まさか耀春がこんな所にいるなんて...。あの少年には見覚えはありませんが、兄さまと呼んでいる所をみると、耀春に近しい者ですな。」

志耀は悩ましげな表情で、王平に答えた。

「あれは炎翔といって、司馬炎殿の息子だ。養子だがな...。(しばら)く前から潘誕殿の店で下働きをしている。」

「そうでしたか...。しかし、どうしたものですかな? このままでは(むち)打ちの罰を受けますよ。」

すると志耀が、何かを思い付いた表情になった。

「ふむ。そう言えば二人共に、何やら見たいものがあると言っていたな。それでは、王平。まずはあの兵達から二人を解放してやってくれぬか。その後だが...」

志耀の言葉を受け、王平は直ぐ中庭に出て行った。


二刻ほど()った後、王宮書庫の扉が開けられ、その中に呂蒙(りょもう)と王平の二人が足を踏み入れた。

「どうだ、見たいものと言うものは見つかったか....?」

呂蒙の声に、書庫の床に座り込んでいた耀春が顔を上げた。

呂蒙の背後から耀春の様子を(のぞ)き込んだ王平は、眼を丸くした。

床に正座する耀春の前には一冊の画集が広げられ、その手には筆が握られていた。

耀春の前には何枚もの墨絵が散らばっていた。


「こ、こら...耀春。何をしている。このように散らかして。この墨絵は、何処(どこ)から持ち出して来たのだ」

(あわ)てた声を挙げた王平に顔を向けた耀春は、きょとんとした表情を見せた。

「これ...? 此れは、今あたしが描いたんだけど....」

床に散らばった墨絵の一枚を取り上げた呂蒙が、其処(そこ)に描かれたものを見て(うな)った。

「何だ....この筆使いは...。耀春。これは本当にお前が描いたものか?」


こっくりと(うなづ)く耀春の前で、呂蒙が手にした絵を(のぞ)き込んだ王平が顔色を変えた。

「この画集を模写(もしゃ)したのですね。しかし...此れが幼女の筆とは...。まるでここにある実物そっくりでは有りませぬか。」

王平の驚愕につられるように、呂蒙も(ひたい)に手を()った。

()れはたまげたな。しかし…..こちらにある絵は、この画集のものではないな。此れは、魚と草木(そうもく)だな。」

そう言いながら眉を寄せて絵を見詰める呂蒙に向かって、耀春が無邪気に答えた。

「それは、炎翔の兄さまに写してくれって頼まれたのよ。」


「何、炎翔に...。そう言えば炎翔は、何処に居るのだ?」

すると、耀春は書庫の奥を指差した。

奥の書庫に進んだ呂蒙と王平の前には、机上に竹書(ちくしょ)を拡げて一心に読み(ふけ)る炎翔の姿があった。

炎翔の背後からその竹書を(のぞ)いた呂蒙が、驚きの声を挙げた。

()れは...韓非子(かんぴし)ではないか。しかもつい最近発見されたばかりの亡微(ぼうび)の章だ。お前、此れが何かを(わか)っていて、此処(ここ)に持ち出して来たのか?」


呂蒙から大声を掛けられた炎翔は、(ようや)(そば)に立つ二人に気が付いて顔を挙げた。

「そりゃ(わか)ってるさ。君主が国を破滅に導く行いを(いさ)めた書だ。韓非子の書群の中で、今まで欠損とされてた章だ。見つかっていたんだな....」

それを聞いた呂蒙が、唖然(あぜん)とした表情になった。

「何...そんな事まで知っているのか。すると....この難解な韓非子を、お前全て読んでいるのか?」

呂蒙の問いに対して、炎翔は当然といった表情で(うなづ)いた。

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