羅馬の驚愕
使節団の代表五人は、宿営所の会議室で、全員の出発準備が整うのを待っていた。
「どういう事でしょうか?我々全員に暁の軍備を見せても良いなどと…。普通ならば、軍備というものは最高機密なのに…。」
文官長のクイントスが首を傾げる中で、兵団長のシドニウスが薄笑いを浮かべた。
「ローマに対して、胸を張って誇れる軍備など無いからでしょう。だからこそ並みの兵器を我らの前に晒して、安心させようと考えているのです。」
シドニウスの言葉に副官のラサウスが頷き、マルクスはシドニウスを睨みつけた。
「暁を侮るな。この成都に来るまで通って来た街道の整備のあり様。そして、この成都の整然とした街並み。これだけを観ても、暁の政が極めて優れたものである事が見てとれる。それに暁に辿り付く迄、我々が乗船して来たあの船は完全な鉄甲船だ。武器を搭載して水上戦に使えば、相当の脅威になる。先に成都に派遣した使者からは、暁はあのペルシャとも交易の交渉を行なっているとの報告が上がっているのだぞ。あの強国ペルシャと対等に交易交渉が出来るとなれば、暁の国力は相当と考えなくてはならない。」
マルクスの言葉に、クイントスも頷いた。
「それに先程会ったあの帝。まだ若いのに大変な貫禄です。ローマ使節団代表の我らをを迎えても、あの眼には畏れも媚びも全く無かった。他の国では無かった事です。」
「それは、我らローマの事を良く知らぬからでしょう。」
未だ侮りの表情を隠そうともせずにそう言うシドニウスを、マルクスはもう一度睨んだ。
「今からの視察で、お前の言う事が正しいかどうかが直ぐに判る。しかし、最初から相手をみくびって見下すのは止めろ。」
ローマ使節団の全員は、成都の外れにある演習場に案内された。
演習場の横にある広場には、投石機、攻城用の梯子車などの大型武器が展示されていた。
それを見たシドニウスが、ふんと鼻を鳴らした。
「特別に珍しいものではないな。まぁしかし、ペルシャとは同程度と言ったところか。」
軈て演習場に、暁の弓隊が整然と列を作って入場して来た。
弓兵達が手にする弓を観て、ローマ兵達の中からざわめきが起きた。
弓兵が持つ弓には、中央に弓を固定する台座が取り付けられ、弓弦の太さもローマの弓よりも一回り太いように見受けられた。
使節団の前に立った暁の将校が、弓兵達が持つ弓について解説した。
「弩弓と言います。通常の弓よりは五割り増しの飛距離を持っています。」
草原に向けて円形の木の的を抱えた兵達が走り出し、草原の中に等間隔に距離を取って的を設置して行った。
的の設置位置を見て、ローマ兵の間に響めきめきが起きた。
「本当にあのような距離にまで、矢が届くのか?」
弓構えの号令と共に弓兵達が地面に並行に弓を構え、弓弦を引き絞った。
そして、撃ての合図と共に一斉に矢が放たれ、全てが草原の的に吸い込まれた。
自分達の想定外の距離にまで到達した矢を見て、ローマ兵達は息を呑んだ。
次に登場した弓兵達は、先程とはまた異なる形状の弓を手にしていた。
「これは…? 弓の台座に三本の矢が取り付けられている?」
ローマ兵の中から、また騒めきが生じた。
今度の弓兵達が弓を構えたのは、先程の弓兵達とは異なり、前方の草原では無く後方の林の方角だった。
合図と共に放たれた無数の矢が、林の中に吸い込まれて行った。
おぉ、と声を挙げたローマ兵達が視線を暁の弓兵に戻すと、弓兵の手元の弓には次の三本の矢が既に装着されていた。
そこで、解説の将校が声を挙げた。
「連射弓です。先程の弩弓に比べると飛距離は劣りますが、一人の弓兵が一気に三本の矢を放つ事が出来ます。森や林の中での接近戦でも、有効に弓を使う事が出来ます。矢の装着も簡単で、速射性に優れています。」
解説の声に、ローマ兵達は眼を瞬いた
最後に登場して来たのは、弩弓の三倍近いの大きさを持ち、地に据え付ける三脚を備えた兵器だった。
三人の弓兵によって運ばれて来たその大型の弓は、二人の兵によって三脚が地に据えられた。
そしてもう一人が、大槍に等しい巨大な矢を台座に装着した。
矢の中程には、背嚢程の大きさの袋が取り付けられていた。
合計十台の兵器が横に並び、ローマ使節団たちの視線がそれらに釘付けとなった。
構えの号令と共に、弦に取り付けられた取手を二人の弓兵が同時に引き絞り、もう一人が矢に取り付けられた袋に松明の火を翳した。
撃ての合図と共に、十台の兵器から一斉に炎を纏った巨大な矢が放たれた。
放たれた矢は草原の遥か向こうへと飛び、その先にある岩場の大岩に突き刺さった。
そして、直後に周辺に炎の球を撒き散らした。
「超弩弓です。飛距離は弩弓の約二倍。油の袋を付けて放つ事で、敵前線を火の海にする事が出来ます。歩兵隊の壊滅に有効です。」
将校の解説の声を耳にしたローマ使節団の誰もが呆然となり、火の海となった遥か向こうの岩場を見詰めていた。
視察の列の一番前にいたマルクスが、横に立つシドニウスとラサウスに眼を遣った。
武官の二人は共に眼を見開き、膝を震わせながらその場に立ち尽くしていた。
視察を終えた使節団が王城に戻ると、与えられた会議室に代表五人が再び集合した。
集まった五人は、暫くの間誰もが沈黙したままだった。
するとシドニウスが、全身を震わせながら立ち上がった。
「このような事があって良いのか。遥か極東の国にこのような武器が存在するなど…。」
マルクスは、震えの止まらないシドニウスを見据え、その後全員を見渡した。
「己の眼で観た事には、嘘はつけない。シドニウス、ラサウス。もし今のローマが、暁に戦いを挑んだ場合だが…。勝つ見込みはあるか?」
マルクスの言葉を受けた二人はびくりと硬直し、暫くの後二人揃って肩を落とした。
「勝てません。例え二十万の軍勢で対峙しても、迎え撃つ暁の軍勢は恐らくそれ以上。更にあのような武器を使われれば…。ローマ軍は一瞬で壊滅します。」
そう言ったシドニウスに続いて、ラサウスが言葉を繋げた。
「しかも、あれが暁の軍備の全てとは思えません。マルクス様が言われた通り、我らが乗って来た鉄甲船の事を改めて考えると、暁には本日我らが眼にした以上の恐ろしい兵器が存在している可能性があります。」
その言葉を聞いて、マルクスはシドニウスとラサウスの肩を叩いた。
「二人共良く言った。負けず嫌いながらも、勝てぬ相手には潔ぎよくそれを認める。だからこそ、皇帝陛下は、お前達を今回派遣の兵達の隊長と副長に任じたのだろう。しかし、こうなれば明日からの暁との交渉、余程腰を据えて臨まなくてはならない。」
マルクスからそう言われても、凄まじいばかりの武器の威力を見せ付けられた他の四人は、一様に腰が引けていた。
それを見たマルクスが、喝を入れた。
「何を臆しているのだ。我らはコンスタンティヌス皇帝から差し向けられた偉大なるローマの使節団なのだぞ。。特にクイントスとミアケス。外交での交渉は、文官である貴方達二人の出番であろう。」
マルクスから睨まれた二人は、縋るような眼をマルクスに向けた。
「しかし、交渉の方向はどうしたら良いでしょう?。過日送った使者に対して、既に暁は同盟を否定しています。非戦協定ならば良いというのが、その時の暁の回答です。」
そうクイントスに聞かれたマルクスは、意を決した眼で二人を見た。
「非戦協定で結構だ。ペルシャと交易折衝まで行おうとしている暁が、此処でローマとの同盟に同意する事は無いだろう。それよりも、暁がこれ以上ペルシャに接近しないようにする事が、今回の我らの最も重要な使命だ。」




