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MAMLUK-マムルーク-  作者: ワンサイドマウンテン
4/9

奴隷として

 多くの大山塊に囲まれた、山地、高地をもうずっと移動している。

 草原育ちのバイバルスとナターリャにとっては、見慣れない光景である。


 バイバルスたちの生まれ故郷であるキプチャク草原から遠く西に離れたアナトリアの地にいるのである。


 アナトリアは現在のトルコにあり、ヨーロッパとアジアを繋ぐ要所として古くから栄えている。

 人と物の行き来が盛んな土地である。

 大きな奴隷市場も存在する。


 モンゴル軍に捕らえられ、商人に売り渡されたバイバルスたちはそのアナトリアに存在するいくつかの奴隷市場に連れて行かれている最中なのである。


 途中で他の場所で売られた人々も混ざり、かなり大きな一団となっている。大人数を移動させるのだから流石に徒歩というわけには行かない。

 軍隊ならまだしも女子供から歳をとったものまで様々である。

 中には、ナターリャのように身体に不自由な箇所がある者もいるだろう。


 彼等はかなり作りの荒い馬車、とでも言えば聞こえはいいが、実際は荷台だ。

 それを商人の馬が二頭ほどで引いている。非常に簡素な荷台には、馬が引ける重量を加味した上で限界まで押し込めている。

 ガタガタと常に振動は絶えることはなく、長時間の移動だ。中々の苦痛である。

 おまけに、逃走防止のためか手は縄で縛られているのだからさらに悪い。


 足は自由なため、逃走もそう難しくはないのではないか、と思えるが、身体の一部分を固定された状態というのは存外動きにくいものである。

 満足に走れないのではないだろうか。

 仮に逃げられるとしても、バイバルスにはナターリャがいる。

 置いて逃げるようなことはしない。

 では、一緒にという話にはならない。

 ナターリャは片脚が不自由になっているため、両手を縛られているにせよ、いないにせよ逃走が困難なのだ。


 せいぜいまだ見ぬ周囲の景色でその気を紛らわせるのがいいところである。

 が、初めのうちこそ山塊に目を引かれたが、同じような景色がずっと続くと飽きるどころかうんざりしてくる。


 おまけに高地であるため、平地で育ってきたバイバルスたちには、空気が薄く息苦しい。

 気温も低めである。


「ここってどの辺りなんだろ」


 気を紛らわすためにバイバルスはナターリャに話しかけた。

 そんなことをナターリャに聞いたところで「知らない」と返されるのだろうが、じっと黙っているよりは幾らかマシである。


「そんなこと私が知るわけないだろ。あの草原から外に出たことがなかったんだから」


「そう、だよね」


 ナターリャの返事はバイバルスの予想した通りのものだった。

 分かることといえば、もう何日もずっと移動しているため、かなり遠くにまで来てしまっているということだろう。それと、もう故郷には簡単に帰れそうにないことも分かる。


 ナターリャも同じように理解していて、それ故か何やら機嫌が悪いようである。

 吐き捨てるような返事から何となくバイバルスはそう感じ取っていた。


「何か怒っている?」


「ああ、そうだ。私のこの有様にな」


 ナターリャはチラリと自分の脚を見て言った。

 脚の傷を見るたびにバイバルスの心がズキリと痛む。

 ナターリャは気にするなと言うが、殆ど自分のせいでナターリャはその傷を負ったのだとバイバルスは思っている。


 同時にその傷が、いつまでも弱いままではいられないという戒めのようにもなっているだが、その戒めが他人であるというのが不甲斐ない。


「けどまぁ、バイバルスが変わっているようだしよしとするか」


 目を細めてナターリャは言った。


 変わった。変わっているのだろうか。そう言われてもバイバルスはいまいち実感できない。

 ナターリャと共に殺されそうになったあの時、確かに行動こそ起こしたものの、酷く無様であったとバイバルスは思っている。


 ナターリャからすれば、助けられたということになるのかもしれないが、バイバルスにとってはそう誇れるものではなかった。

 だから、あたかも賞賛するようにその時のことを言われて喜ばれても、素直には喜べない。バイバルスとしては少々複雑な気持ちになることだった。


 それだからか、バイバルスは今後どうなっていくのか、どうしようかを考えている。

 ナターリャのお前は強くなれという言葉が今になって痛いほどに身に染みているのだ。

 バイバルスは弱かった。それを許容して過ごしてきた。

 その結果が、両親を失い、姉の脚を不自由にして姉弟で奴隷として売られるというものだ。

 せめて、ナターリャだけはこんな現状からどうにかしなければという思いなのである。


「以前までのバイバルスなら、今のこと状況塞ぎ込んでどうしようもなかったはずだ。けど、現状はそんなことはない。それどころか、これからどうしようか、なんて考えているんじゃあないか?」


「……確かに、そんな風に思ってたけど」


 そこまで言われれば、ナターリャに褒められて嬉しくないことはないバイバルスであった。



 ※※※※※



 相変わらずの高地で山塊に囲まれた荒涼とした地帯ではあるが、その場所は活気を放っていた。

 道も随分と整えられ、行き交う人の数も増えている。

 そんな人々は様々で、多くは商人だが、顔の作りや肌の色、身にまとっている衣類は多種多様である。


 これから奴隷として売られていくというのに、そんな光景に目を奪われるのは状況を理解していないのか、はたまた絶望的な未来に対して絶望していないからなのか。

 売られる人々の中で余裕を持ってこの土地を見渡せたのは恐らく、バイバルスとナターリャの二人だけであろう。


 といっても、初めての光景に目を輝かせる、なんてことではない。

 その他大勢が下を向いているのに対して、そうではなかった二人が周囲の景色を目にすることは当然といえる。


「姉さん、あれ」


 人々の往来の先には、多くの人の気配渦巻く街があり、その中でも一際目立つ大きなドーム状の屋根を持つ建物が構えていた。


 草原暮らしの二人には巨大な建造物を目にすることはもちろん初めてで、正に度肝を抜かれる衝撃だった。

 思わず、バイバルスはその建物を指して言っている。


「……世界は、広いんだな」


 別段、ナターリャがあの草原が全てで至上などというような閉鎖的な思考の持ち主ではなかった。

 それでもナターリャは、自分が知っている世界などほんの一握りだったのだと実感したのだろう。

 バイバルスも同じ気持ちだった。


 二人の前にある街はスィヴァス。

 アナトリア半島中部に位置し、土地の高いこの半島において最も高地にある都市である。


 ヨーロッパと中東を繋ぐ位置にあり、西と東の中継点となり交易における要地として古くから栄えている都市である。

 小アジアにあるこの都市はイスラム圏であり、バイバルスとナターリャが目にしたドーム状の屋根を持つ建造物は、イスラム教の礼拝堂であるモスクだった。


 十字軍の遠征や近年のモンゴル帝国の侵攻などで、捕虜となった者が奴隷として売られるため、東西を繋ぐここスィヴァスの奴隷市場は大いに賑わっていた。


 スィヴァスの街は多くの奴隷で溢れかえっていた。

 もちろん、住民も多くいるのだが売られている奴隷の数の方が多いのでないかと思えるくらいだ。


(奴隷っていうのは、こんなにもいるのか)


 なぜこんなことになっているのか、そんな情報はこれから奴隷として売られるバイバルスには知らされる必要もない。知る由もなかった。


 スィヴァスの奴隷市場の現状を見てバイバルスにある懸念が生まれる。


(こんなにいたら、俺と姉さんが引き離されるのも十分あり得る)


 そうなっては困る。

 バイバルスにとってナターリャは唯一残った身内であり、これからはナターリャを守ると心に誓っているのだ。

 離れ離れになってしまっては、それは果たせない。


 バイバルスがチラリと横目にしたナターリャは、それに気づきふっと笑いかけた。

 恐らく、いよいよ奴隷として売られることに不安でも抱いたであろうバイバルスを少しでも安心させようとしての行動であろう。

 ナターリャは声にこそ出していないが、その表情から心配するなと言っているようにバイバルスは思えた。

 これからはバイバルスがナターリャを守ると決めていることなど、ナターリャは知らない。

 そんなナターリャにバイバルスは頷いておいた。


 引き離されるという事態は例えバイバルスが百人力の力の持ち主でもどうにもならないことである。

 その身を売られてしまった時点で辿ることが決まる運命のようなもの。

 せいぜい、同じ買い手につかれることを祈るくらいだ。


(それでも、どうにかしたい。いや、しないといけない)


 ナターリャを見るたびに、バイバルスは自責の念を抱く。

 今もその自責に突き動かされるようにして考えているのだ。

 ナターリャはバイバルスを変わったと言うが、バイバルスが前に進もうとするのも、強くなろうとしているのも、殆どはナターリャに対する責任、あるいはあの時の贖罪からであった。


 バイバルスが変わったと言われてどこか釈然としなかったのも、薄々どこかでそれを感じているからであろう。

 これは、ナターリャが求めていたものではない、と。

 だから、賞賛されても違和感がある。


 違和感の正体を気づいてはいないが、どこかで感じているのだ。

 本当にこれは変わっているのか。

 あの時無力でどうしようもなく多くを失い、ナターリャを傷つけた、そんなトラウマから逃げるための措置ではないのかとバイバルスはどこかで感じているのだ。

 ナターリャの言葉を実行すれば、実行することで目を背けられる。


 罪悪感から逃げるために体よく利用しているにすぎないのだ。

 果たして、それは本当に強くなろうとしているのか。

 ただの見せかけだろう。


 が、それならばナターリャとて賞賛したりはしない。

 無論、そういう見せかけというのが大きく占めているのは確かだ。

 だが、あの時、みっともなくナターリャを守った行為は本物である。

 ほんの一欠片ほどでもその思いは密かにある。確かに存在しているのだ。


 それがわからないナターリャではない。

 だからナターリャも、他の大部分にはあえて目を瞑って賞賛したのだ。



 どうしようもないというならば、かくなる上はひと暴れでもしてみようか。

 バイバルスは商人を一睨みして手元に視線を落とす。


(全く実力に自信はないけど)


 そんなことをしたところで、なにになるだろうか。

 なんにもならないだろう。

 スィヴァスの街に一人の死体が横たわるだけであろう。


 バイバルスを無謀にも突き動かさんとしているのは、やはり贖罪であった。


「隻眼の。やめといた方がいい」


 バイバルスを止めたのは、どこからか聞こえてきた声だった。

 明らかに男性の声。ナターリャではない。

 では、声の主は誰なのか。

 バイバルスには皆目見当もつかなかった。

 ナターリャ以外にも同郷の者はいるが、誰の声も思い当たらない。


 だが、隻眼のと言われたのだ。

 これだけ人がいるのだから、バイバルス以外にもいるのかも知れないが、それがバイバルスと同様に何かをしようとしているとは考えにくい。

 であるならば、やはりあの声の主はバイバルスのことを指しているのだ。


 聞こえた声はよく通っていた。

 道を埋め尽くさんとしているくらいの人混みの騒がしさなの中でもはっきりと聞き取れるほどだ。


 もう一度その声を聞けば分かるだろうか。

 どうすれば、もう一度あの声を聞けるだろうか。

 そんな風に考えているうちに、何かことを起こしてやろうか、というバイバルスの思惑は何処かへと消えていた。


(結局何だったんだ?)


 見渡したところで、この人混みである。

 分かるはずなどないだろうと思っていた。

 だが、それは異質とでも言えばいいのだろうか。

 バイバルスは周囲を見渡した中で、直感的にさっきの声の主はあの人物だと察知した。

 どころか、遠目だが目が合った気さえもした。


 その人物はやはり男でまだ若い。

 遠目なため、詳しくは分からないがバイバルスより少し年上だろうと思えた。


 人で溢れかえる中で、たった一人目つけられたのはやはり、彼が他とは違っていたからだ。

 彼は、バイバルスとは別の商人に率いられた奴隷の中にいた。

 つまりは、彼もバイバルスと同じく奴隷として売られる身である。


 少年と青年の狭間くらいの彼は、皆が下を向く中で一人前を見ていた。

 それは、バイバルスとナターリャと同じだった。

 奴隷という境遇に絶望し俯いている者しかいない中で一人上を見ている者がいれば目立つ。

 俯いている者が多ければ多いほど、その存在は際立って見える。

 相手がバイバルスを見つけて声をかけたのも同様の理由だろう。


 お互いに存在を認識したところで、それ以上言葉を交わすことはなかった。

 すれ違って行くだけである。


(何なんだあの人は? 分からないけどあの人は何か他とは違う)


 相手の方が先に視線を外したが、バイバルスはしばらく目を離せなかった。

 あの特異な人物がとっくに去った後でも、ずっと同じ場所を見ていた。


「どうした、バイバルス?」


「なんでもない……」


 ずっと同じところを見ているのを不思議に思ったようなナターリャが声をかけるまでバイバルスはその場所から目を離さなかった。離せなかった。


(分からないけど、あの人は俺たちが置かれたこの状況をどうにかする答えを持っている気がする)


 たった一度、お互いに存在を認識し合ったとはいえ、すれ違っただけの人物に何を求めているのだろうか、とはバイバルスは思わなかった。

 何の根拠もないが不思議と導かれるような気がしていた。



 ※※※※※



 バイバルスの危惧したことは、杞憂に終わった。

 まとまった数の奴隷を欲していた買い手が、バイバルスらの一団を買い取ったのだ。

 バイバルスもナターリャも離れることはない。どころか同郷の人々全員まとめて買い取られたのだ。


 モンゴル帝国は商人を通じて各地の情報を集める。

 つまりは、商人たちとの間に太いパイプが幾つも繋がっているのだ。

 大勢の奴隷を得たという話がモンゴル帝国から、よしみの商人に伝わり、その商人にがまた上客にその話が伝えられる。

 そうして、客から得た情報や商売先で見聞きしたことをモンゴル帝国に伝える。


 このような情報ネットワークを構築しているおかげで、モンゴル帝国は遠征先の情報を事前に事細かに得られるため迅速な行動が可能となるのだ。


 兵達の個々の強さや軍団の戦術が強力というのもあるが、この情報収集能力、速さがモンゴル帝国の圧倒的な強さを作っているのだ。


 バイバルスの故郷であるキプチャク草原一帯の部族が連合してモンゴル帝国の侵略に待ったをかけに出たが、その情報はモンゴル帝国の周知のものであった。

 そして、ほとんど奇襲に近い攻撃を受け壊滅した。

 元々連合はまとまりが弱い。

 奇襲を受けて混乱すれば、瓦解するのは一個の軍隊よりも早い。

 決着は一瞬だった。


 モンゴル帝国のその強さ故にキプチャク草原一帯の部族連合は壊滅し、結果バイバルスたちは侵略の被害を被った。

 だが、モンゴル帝国の強さの一端である情報ネットワークが功を奏してバイバルスはナターリャと引き離されることはなかったとも言えなくもない。


 しかし──


「思ったよりも数が多いということだ。よって、何人かはこのまま残ってもらう」


 買い手に、購入を破棄されたということである。

 商人に告げられて、バイバルスは誰が売られずに残されるのか頭に浮かんだ。


(そんなの、俺と姉さんだろ)


 片や隻眼、片や脚が不自由な商品である。

 切り捨てるならまずはそこであろう。簡単なことだった。


(一度買い手がついたにも関わらず売れなかっというのは、いいものじゃあない)


 それならばどうなるか。

 売れない商品などいつまでも持って置いても仕方がない。

 敢えて言うならば人の形をした道具だ。所持しているだけでそれなりのコストがかかる。

 無用と判断されたならば、処分される。

 それが、バイバルスが考えてしまった結末だった。


 尤も、これから先も買い手が現れないと決まっている訳ではない。

 バイバルスの考えは少し尚早といえるが、現在の中東は十字軍の遠征にモンゴル帝国の侵略とで大量の奴隷が生まれ、供給過多になりつつある。

 そのため、バイバルスの考えを杞憂が過ぎるとは言い難いのだ。


「まぁ、私たちだろうな」


 ナターリャもバイバルスと同じ考えらしく、誰が売られずに残ることになるのか、おおよそ分かっている。

 呟いた。


「売られなかった方が良かったのか、売られた方がマシだったのかは分からないけど」


 ナターリャの考えはここもバイバルスと同じらしい。

 バイバルスにはナターリャが諦めるような姿は想像できなかったが、取り敢えずその点は安心した。


 結果として、売られずに残ったのはバイバルスとナターリャを始め、六人だった。

 その中でもバイバルスとナターリャは、傷ものというわけだからだろうか他の四人とは別に売られることになった。



 ※※※※※



 バイバルスとナターリャが売られずにスィヴァスに留まってから半月が過ぎた。


「おら、自分から申し出たんだ。キリキリ働け!」


 いかにもな態度。それに見合った声音で叱咤が飛ぶ。


「くっ……」


 その対象であるのはバイバルスだった。

 叱咤の声と共に浴びせられた石ころにバイバルスは小さく呻く。


(これくらい、あの地獄に比べればなんてことは……)


 大荷物を抱えているバイバルスは、歯を食いしばり耐える。


(スィヴァス(この街)に連れて来られた時にすれ違ったアイツのお陰で少し冷静になれた。俺はあの時逸っていた)


 行動が、である。

 贖罪の念。それに押されることから逃げるような気持ち。

 それらが無謀な行動を起こさんとバイバルスを駆り立てていた。

 だが、それだけではなかった。

 あの時、大部分を占めていたのはそういった気持ちであったが、バイバルスの中には姉であるナターリャを助けようという気持ちも確かに存在していた。


 愚かな手段に出ようとしていたが、あの特殊な雰囲気の人物によって阻止され、バイバルスに他の手段を考えさせる時間が生まれたのだ。


 尤もあの人物がそこまで考えていたかどうかは分からないが、それでもあそこで止められていなければ今のバイバルスは無かっただろう。


 そして、バイバルスが他に考え出したのが今のこの状況である。

 商品でありながら、自ら無償に近い労働力として申し出て使われている。


 奴隷とはすなわち、そこに堕ちた瞬間から人とは見なされない。

 それでも、奴隷商人からすれば商品を売る前に使い潰してどうすらという話だが、供給過多になりつつある現状と隻眼と片脚が不自由な商品というのを考えれば売れ残る可能性は高い。

 後に処分するくらいならば、せいぜい使えるうちに使っておこうという考えなのだ。


 商人の腹の内など、そこまでは考えていなかったものの、そういう筋で狙ってバイバルスは奴隷商人に申し出た。

 もはや権利などなにバイバルスにその対価を求めることなどは不可能であったが、少なくともバイバルスが動けるうちは保障されると考えてもいいだろう。

 そんなあやふやなものを、バイバルスは対価としているのだ。


(これで俺が使えるってことを知らしめれば、無価値じゃあないって証明にもなる。そうなれば……)


 少なくとも無用なものとして処分されることだけはないだろう。

 生き残りさえすれば、またどうとでも考えられる。

 それがバイバルスの思惑だった。


 それが自ら奴隷として買われることに突き進んでいることになるのだが、少なくとも生きるか死ぬかだけで考えた時に、生きるという判断を下した結果であった。


(例え、どんな辛酸を味わうことになっても、俺は姉さんを助けないといけない)


 バイバルスの中の逃げるような贖罪の気持ちは消えてはいない。

 ただいたずらにその身を投げ出すような無謀な手段が消えただけである。


(ただ姉さんのために)


 これくらいの苦難などどうということはない、くらいの気概で日々励むのだった。

前回、言語の関係で本当ならバイバルスとモンゴル兵は会話が成立しないので大陸公語があると思って下さいと都合の言いことを書きましたが、親切な読者様から教えていただき、問題ないとのことです。


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