第8章 第16話 メリット
「ごめんなさい。もうしません。許してください」
斬波に取り押さえられ、人目につかない校舎裏に連れ込まれたトラリアルは、いとも簡単に謝罪し土下座してみせた。
「これで全部みたい。ずいぶんやってくれたね」
トラリアルの服をチェックし終えた斬波が、手提げ袋の中身を見せてくる。中には軽く十を超える数の財布の山。これだけの量を誰にも気づかれずに盗ってみせたのか。本当にすごいな。
「斬波、後で落とし物として届けといてくれ」
「……いいの? これ、警察に突き出すための証拠だけど」
「警察に突き出さないからな。必要ない」
「さっすが塵芥! 優しい弟を持って幸せだ私は!」
何を勘違いしたのか、トラリアルが顔を上げてぱぁっと笑みをみせる。俺が優しかったことなど、一度だってないというのに。
「お前を警察に突き出さないのは。俺にメリットがないからだ」
「メ……メリット……?」
「お前が犯した罪……窃盗と俺への暴行……まぁ他にも余罪は死ぬほどあるだろうが、牢屋にぶち込まれても俺の気持ちが少し軽くなって終わりだ。そんなんで終わりにしてたまるかよ」
「は……ははは……」
上げた顔についた大きな目玉をキョロキョロさせ、苦笑いを浮かべるトラリアル。とりあえずやることは決まっている。
「斬波、瑠奈さんに頼んでおいてくれ。こいつを働かせる場所を斡旋してくれって。こいつ無駄に顔だけはいいからそれなりに金は搾り取れるだろ」
武藤家次期当主を実質的に降りた斬波に代わり、次期当主候補になったのは武藤本家次女の瑠奈さん。迷惑をかけてしまい申し訳ないが、斬波を雇う金と園咲家に返す金を考えると、こいつを金に変換させることが一番俺にメリットがある。俺にとっては当然の帰結だが、トラリアルが急に慌てだした。
「ちょっ……ちょっと待って! わ、私を売るの……? 実の姉だよ? たった一人のお姉ちゃん! そんな家族を売るだなんて……」
「勘違いすんなよ。俺の姉は確かに一人だが、それは義理の姉だ。お前じゃない。それに買われるってのも案外悪いもんじゃないぞ。俺が保証する」
「し、しかも塵芥がやろうとしてることって……人として、男として、最低なことでしょ!? そんなことやって寝覚めが悪いのは塵芥の方じゃないの!?」
「別に夜の街に消すとは言ってないだろ。それを決めるのは俺じゃない。武藤家が一番金になる方法を考えてくれる。お前がどうなろうと知ったこっちゃないしな」
顔を上げていたトラリアルがぐったりとうなだれる。武藤家がどこまで悪いことをするのか俺にはわからないが、非人道的なことはしないだろう。しても別にいいけど。
「あぁそれと。これで終わりだと思うなよ」
「……へ?」
再び見えるようになった元姉の瞳を見下し、俺は言う。
「今言ったのは責任の取り方だ。俺個人の復讐はこれからだよ」