第8章 第14話 勉強と賭博
「さなえ……さなえぇぇぇぇ……!」
俺の目の前に突如として現れた彼女の姿を見た途端。痛みや苦しみで流れてもおかしくなかった涙がとめどなく溢れてきた。そんな惨めな俺に笑顔を見せ、優しく抱きしめる。
「玲から保健室に送ってもらってからジンくんが行方不明だと聞いたんです。だからジンくんなら上からお姉さんを見つけようとするんじゃないかと思って……そうしたら車椅子が廊下に置いてあったので慌てて下を見たら……ジンくんが倒れていて……大丈夫ですか……? まさかお姉さんに落とされたとかじゃないですよね……?」
抱きしめられている俺からは早苗の顔は見えない。だがさっき俺に見せた笑顔とは真逆に、早苗の声と身体は震えていた。
「落とされたけど……大丈夫。早苗に会えて痛みなんか全部吹っ飛んだ」
これは決して嘘ではない。俺の脳には痛みなんていう余計な感情が入り込めないほど、早苗で溢れている。
「それとごめん……スマートフォン壊れちゃって……せっかく買ってもらったのに……」
「そんなの……。それより救急車を呼びましょう。ちょっと待っててくださいね」
「いや……それはまだだ」
だがまだ早苗を堪能するには早い。いつまでもこびりついてくる余計なしがらみを排除しなければ、俺は幸せにはなれない。
「トラリアルは見つかった?」
「いえ……。そもそも私にあまり情報が入ってこないのですが……見つかったという話は聞いていません。斬波たちはもう学校から逃げ出したんじゃないかと話しています。私も……ジンくんを落とすなんていう殺人未遂をしたとなると……そう思っています」
「いや、それはありえないな。捕まっていない。つまり虎は勝ってるんだ。勝っている以上、あいつがギャンブルをやめることなんてありえない」
「そんなギャンブルなんて……。ここまで犯罪を重ねてそんな考えのはずが……」
「世の中には普通の人からは考えられないくらいの馬鹿がたくさんいるんだよ。早苗は犯罪はしたら駄目だって思ってるだろうけど、あいつは違う。犯罪なんてギャンブルのスリルの一つでしかないんだよ」
「そう……なんですか……」
偉そうに語ったが、正直それが合っているかは俺にもわからない。家族は無条件に繋がっているわけではないのだ。だが俺自身のことは、よくわかる。
「ごめん早苗……。俺、悪いことしようとしてる」
園咲家に拾われてすっかり消え失せていた、元々の俺。憎悪や怨恨。復讐に命を懸ける俺が戻ってきているのを感じる。
かつての俺は人を刺せた。人の人生を潰せた。それが早苗と出会ってから、あのアクアにまで慈悲をかけるようになっていた。それが悪いことだとは思わない。だが手放しで良いことだと言うことはできない。
つまりは勉強だ。早苗と付き合い出し、俺に欠けていた常識を学ぶことができた。知らないことを学び、原点へと戻ってきた。それが今の俺だ。トラリアルに復讐しないと、気が済まない。でも早苗が嫌だというのなら、俺は……。
「なに言ってるんですかジンくん。私が惚れたのは、どんな手段を使ってでも自分を貫くジンくんです。それを嫌うなんてありえません」
「そうだな……」
早苗に許可をもらい、俺の中にわずかに残っていた常識が消え失せたのを感じた。今の俺なら、早苗と一緒なら。できないことなんかない。
「早苗、お金ちょうだい」
「はい、喜んで」