第8章 第13話 以心伝心
一瞬。何が起きたのか理解できなかった。そして状況を理解した時にはその一瞬を後悔した。
放り落とされた。4階から、窓の外へと。下手しなくても充分死ねる高さ。勝つということだけのために、本気で俺を殺そうとしていた。そこに悪意や悪気は一切ない。自分中心が行き過ぎているだけ。だから直前まで気づけなかった。トラリアルの自覚ない殺意に。
下は幸いにも地面。コンクリートではない。そして俺は、こういうのには慣れている。飛び降りなんてのは虐めの定番。一ヶ月に一度はさせられていた。
だから大丈夫、なんてことは言えない。俺の身体は今までと同じではないからだ。左脚が動かないということがどれだけ受け身に影響するか。普通の受け身に脚は必要としないが、身体の一部分が動かないだけで全身のバランスは崩れる。そして一瞬でもタイミングがずれれば本当に死んでしまう。その恐怖心でどれだけ……!
「っっっっ!」
だがその恐怖心を感じる間もなく、俺の身体は地面へと落下した。仰向けになった全身から凄まじい痛みが逃げ場なく駆け巡っていく。頭を上げ、両手を地面に打ちつけることで衝撃を和らげた。だが。
「っっっってぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」
痛い。生きているが、痛い。全身が。左脚が、凄まじく、痛い! ナイフで刺されても平然としていられる俺が声を我慢できないほどの痛み。特に元々動かない左脚! たぶん、いや間違いなく、折れている。呼吸すらまともにできやしない。暑さとは関係のない汗が全身から吹き出る。
「くそ……くそがぁぁ……殺す……殺してやるぅぅぅぅ……!」
吐き出すことのできない苦しみを和らげるように、殺意の言葉が自然と口から溢れていた。羽をもがれた蝶のようにその場でじたばたと藻掻き、握り拳を作って無意味に地面を叩き続ける。その行為が無駄だと気づいたのは十数分経った後。
「誰か……誰かぁぁぁぁ……!」
今まで一人で生きていた俺の脳に、ここ数ヶ月で学んだ他人の存在がようやく浮かんできた。誰でもいい。誰か助けてくれと、荒い息を吐く間に叫んでいく。だが高い木々と校舎に阻まれたこの空間に、体育祭の最中に訪れる人なんてまずいない。スマートフォンは画面がバキバキ。動くための車椅子も杖もない。つまり。
「死んだ……」
少なくとも体育祭が終わるまで。俺を助けに来てくれる人は現れない。それが意味することは、死を覚悟するほどの痛みと、いつまで続くかわからない不安に付き合い続けるということ。実際に死ぬかどうか、それすらもわからない。ただただ、辛い。
「たすけて……たすけて……」
トラリアルどころではない。自分のことしか考えられない。辛い。苦しい。しんどい。助けてほしい。
だが俺を助けてくれる人なんかいるわけがない。誰がいるというのか。こんなところに来る人なんて。
いるとすれば俺の行動を理解してくれている人。俺が上からトラリアルを探そうとすることを理解し、上階に行ってくれる人。そうすれば車椅子が置いてあるはず。それさえ見つけてくれれば俺に辿り着く可能性はある。
だがそれはあまりにも無理な話だ。第一車椅子がそのまま放置されているわけもないし、下を覗き込んでくれるわけもない。そして何より、俺の行動をそこまで理解してくれる人なんて。いるはずがない。
「ジンくん、大丈夫ですか?」
いるはずが、ないのに。
「さなえぇ……」
俺には早苗がいた。