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第8章 第11話 侵攻開始

「軽い擦り傷だね。少し休んでいきな」

「そうですか……ありがとうございます」



 玲さんを近くの校舎の保健室に連れていき、ベッドに腰かけさせる。白く綺麗な膝に、赤黒い傷が浮かんでいる。俺のせいだ。俺のせいで、玲さんを傷つけてしまった。



「保険の先生が言うことじゃないけど、少し大げさじゃない?」



 これしきのことで一々治療させるなとでも言いたいのかと思って先生の方を見ると、その視線は玲さんではなく俺に向いていることに気づいた。



「だからそんな心配そうな顔しなくてもいいよ。それとも愛する彼女が少しでも傷つくのは許せない! って感じ? 愛されてるねー。私もそんな彼氏いたらなー……」



 30手前くらいの女教師がコーヒー片手に何か陰のある台詞を吐く。



「彼女じゃないですよ。彼女の妹です」

「そう……私もそんな彼氏いたらなー……」



 俺の訂正などまるで耳に入らないのか、先生は自虐的に笑いながらベッドの近くから離れていった。



「ごめん、カップルだなんて勘違いさせて。大丈夫? 本当にごめん」

「う……ううん……」



 俺も車椅子に乗っているので玲さんと視線の位置は変わらない。そんな彼女の瞳はいつも通りに俺から逸らしているが、まるで獲物の様子を窺う野生生物のようにチラチラと俺の顔を覗き込もうとしている。



「大丈夫そうなら俺行くね。今少し忙しくて……」

「ちょ……ちょっと待って……」



 人見知りの玲さんには俺と2人だけの空間は気まずいだろうと思ってそう言うと、玲さんが言葉だけで俺を呼び止める。



「そ……その……お義兄さん……ジンさんは……その……運命とか……信じますか……?」

「……? いや……俺は努力至上主義者だから全く信じないかな。がんばれば成功する確率は上がるし、サボればどんどん落ちていく。それも含めて運命だなんて都合のいい話はないだろうし」


「じゃ……じゃあ……! 結婚する相手が……おねえちゃんじゃなくても……いいって……ことですよね……?」

「いや早苗以外考えられないけど……」


「で……でも……おねえちゃんじゃなきゃだめってわけじゃ……」

「うーん……そうだな……」



 どうしよう。玲さんが何を言いたいのかわからない。最近仲良くなってきたと思っていたのは勘違いだったか。



「確かに早苗じゃなくてもいいっちゃいい。早苗と出会ってなかったら誰とも付き合わなかったかって訊かれるとそうじゃないだろうしな。あの日少し学校を出るのが遅かったら。早苗が誘拐されているところに出くわさなければ。面倒事に関わろうとしなければ。俺は園咲家に一生関わらず、その内誰かと結婚していたと思う。そういう意味で早苗じゃなくてもいいって話だよ」



 玲さんが求めている答えはこれで合っているか。考えながら話していく。



「でも今の俺は。早苗と出会った俺は早苗と一緒にいることが幸せだから。早苗と出会ってよかったと思ってるよ」



 きっと玲さんは妹として、姉の早苗とその婚約者の俺の関係を気にしているのだろう。だからそう答えたが、玲さんの表情は晴れない。



「まぁこの先何が起こるかわからないし、早苗と別れる日もくるかもしれない。そうしたらたぶん俺も早苗も、別の誰かを好きになって結婚するんだと思う。だから答えは一つじゃないんだよ。いくつもある幸せの内の一つが早苗との結婚で、そうじゃなくても幸せになることはできる。未来は努力次第でいくらでも変わるってことだよ」

「じゃあジンさんは……どうしてもおねえちゃんと結婚しなきゃいけないってわけじゃないんですね……?」



 つぶやくように小さく訊ねた玲さんが。



「よかった」



 なぜか今まで見た中で一番の笑顔でそう口を動かした。

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