第8章 第8話 裏競技
「いやー、にしてもいい学校だねここ。金持ちが多くてスリ甲斐がある。金持ちはカード派が多いって思ってたんだけど、金を持っている人の持っていないと、金を持っていない人の持ってるだと前者の方が札数が多いって感じかな。もっと早く知ってればよかった。昨日大負けしちゃってさー、ほんと金欠なんだよねー」
俺とアクアの後方で。世間話をするように堂々と犯罪を宣言するトラリアル。まず俺が確認することは、奴の服装。
白いハットに、変装のための眼鏡。薄手のカーディガンを羽織り、下は膝丈のジーンズ。そしてスニーカーと、大きなエコバッグ……。一見すると、日焼けを気にしている綺麗な女性。小学生の母親だと思えば全く違和感はない。
「……どうやって入ってきた」
「正面から普通に。どうせ私を入れないようにしてたんだろうけどさ、堂々としてれば以外とバレないっていうか。一度出てから戻る人もいるし、ピークの朝でさえなければ受付も油断するでしょ? まぁ結局いいとこの学校の先生だね。悪人は善人が普通に生きるのと同じように、悪いことをするってのに」
「……そもそも何しに来た」
「だから2人の応援……なんてちゃかすのももういっか。普通にスリだよ。財布がいくらでも転がってるからね。もう100万は稼いだかなー……財布や時計を売ったら500万は超えるかも」
……はぁ。こうなることを想定して動いていた。動いていたが、実際にこうなってみると心底呆れる。俺の元家族のどうしようもなさに。
「にしても馬鹿だな。わざわざ俺たちの前に顔出しやがって」
「だってさ、あまりにも簡単すぎたんだもん。やっぱヒリつかないと人生じゃないっていうか、ギャンブルだよ。捕まえようとする奴らから逃げ切り、どれだけ稼げるかのね」
「そのギャンブル癖がお前の首を絞めることになるぞ」
「だからギャンブルなんじゃん。つかさ、」
トラの視線が俺から、緊張しているのか暑いのか、額に汗を滲ませているアクアへと移る。
「ずいぶん塵芥と仲いいみたいじゃん、アクア。なに? もしかして改心とかしちゃった?」
「……はっ。誰が改心なんてするかよ。あーしは何にも変わってない。クズのまんまだよ、虎姉とおんなじね」
話しかけられて覚悟が決まったのか。ようやくアクアの表情に、いつもと同じ不遜な笑みが戻った。
「だからあーしがここにいるのも金のため。虎姉を捕まえるのが仕事なんだったら。あーしの金のために、捕まえないとね」
「……ふーん。まぁその発言が真意かどうかなんてのはどうでもいいけど。どうせギャンブルするなら敵は強い方がいいしね。楽しくは、なりそう」
唐突に。トラリアルが走り出す。それに反応してアクアも駆けるが、単純な速度ならおそらく。トラの方が、上。
「塵芥っ! そっちは任せたっ!」
「頼むぞアクアっ!」
できることをできる人が。電動車椅子の速度なんて時速5キロ前後。追いかけるのはアクアの仕事だ。俺の仕事は……。
「斬波っ! トラリアルが出たっ!」
スマートフォンを取り出し、斬波に電話をかける。
「……それで?」
「今アクアが追ってる! 観覧スペースの後ろを西に! たぶん、撒かれる!」
「服装は?」
「それについては教えられない。あいつはたぶん、変装する」
あの大きなエコバッグ。財布をどれだけ入れても埋まることはないだろうし、入っているのは変装道具。だから服装は当てにならないが……だいたいの予想はつく。
「帽子とロングスカート! それとスニーカー! それを目印にして動いてくれ!」
一番変えやすい衣服は帽子。だがあのカーディガンを脱ぐのか、別のものに変えるのか。それは予測ができない。靴は隙が大きいから履き替えることはないだろう。
しかし相手の裏をかくのが好きという性格上、大幅に服を着替えるのはほぼ間違いないはずだ。だからこそのスカート。ただあの膝丈のジーンズの上にスカートを履くだけで印象を大きく変えられる。
「了解! ジンはこれからどうするの!?」
「作戦通りに他のメイドと杏子さんに声をかける。その後は隠れる可能性を踏まえてしらみつぶしだ」
「オッケー……。ジン、気をつけてね」
斬波が電話を切り、しばしの静寂が訪れる。いや、喧騒は変わらずうるさい。白熱する体育祭の中、この喧騒が収まることはない。あいつを捕まえて警察に突き出すまでは。
「絶対に……捕まえてやる!」
体育祭の裏で、俺たちとトラリアルの追いかけっこが始まった。
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