第8章 第7話 応援
それから体育祭までの日々はあっという間だった。
毎日毎日団長とのミーティング。時に却下され、時に採用され。団員たちから不評だったら直し、良い出来だったら褒めてもらった。
だからといって何が変わったわけではない。俺ががんばったところで俺のことが嫌いな奴は嫌いなままだし、俺にあてられて急にやる気が出る人がいるわけでもない。俺が勝手に盛り上がってただけとも言えるかもしれない。
それでも楽しかった。それぞれ異なる幸福に合わせた環境作りを考え実行するという行為が、俺の全てだった勉強を忘れさせるくらいには楽しかった。
そして体育祭が始まり、それと同時に応援団のパフォーマンスも始まる。
学ランを着たやる気ある組が声から全身まで使って盛り上げる中、俺たちやる気ない組は声を張るより簡単な楽器でのフォロー。今まで触れてこなかったが、楽器というものは中々興味深かった。太鼓やシンバル、タンバリンなど簡単で音が大きく出るものを採用したが、それでも全員で合わせるとなるとそれなりの練習時間を要したし、何なら俺には音楽の才能がなかった。
だから俺が行ったのはペットボトルにビーズを入れた簡易マラカスの配布。事前に大量に用意したそれを小学生を中心に配っていく。休憩や会話に熱中している生徒に応援を意識させるための措置。これが中々上手くいったようで、子どもたちは楽しそうに振っている。それにつられて中学生や高校生も、前年度の映像に比べたら応援に意識が向いているような気がする。努力のバイアスが入ってそうなので1日目が終わったら映像を確認して反省点を洗い出さなくてはならないが。
ちなみに簡易マラカスの作成にはクラスメイトにも協力してもらった。おせっかい女山村を上手く使うことでクラス外にも協力を求めることができたし、友人と呼べる存在もできた、と思っている。
正直とても大変だった。明確な筋道とゴールがあった勉強とは違い、試行錯誤を繰り返す作業。協力者とのコミュニケーションも、一人での戦いにしか慣れていない俺には難しすぎた。だがそれでも俺の心に満ちているのは幸福で。大企業に入って金を稼ぐことしか頭になかった俺だが、幸福の形の多様さを知ることができた。
「ちょっと休憩してくる」
「うん。いっていらっしゃい」
車椅子に座ってタンバリンを鳴らしている江草さんに声をかけ、俺も車椅子で移動する。応援団だけに熱中したかったが、そういうわけにもいかない。誰が何と言おうと、これだけは譲れない。
「アクア、トラリアルは来てるか?」
俺の幸せを守るために。元家族だけは止めなくてはならない。
「あーしんところには来てないね」
待機場からは離れたところで一人タブレットを眺めていたアクア。トラリアル対策として一番有効なのは、あいつのやり方を一番知っている俺たち元家族だ。
「まぁこれは考えすぎっちゃ考えすぎだし。来ない確率の方が高いでしょ」
体育祭で保護者や部外者が普通に学内に入れるとはいえ、先生が受付でチェックをしている。園先生には虎の顔写真を渡して止めるようお願い済み。だから正面突破、というのは難しいだろう。
だが広大な土地を持つ風鈴学園。門を通らずに入り込む手段はそれなりに多い。それら全てに監視カメラを仕掛け、アクアがリアルタイムでチェックしている。これで奴が来るとしたら。捕捉できるはずだが……。
「そもそもトラ姉が来る確証もないし、あんたは応援団の方やってなよ。あんだけがんばってたんだから」
「そういうわけにもいかないだろ。お前や斬波に体育祭を捨てさせてるんだ。俺だけ楽しむなんて許されねぇよ」
「あのメイドならさっき100m走で1位とって喜んでたけど? あーしも出なきゃいけないやつは出てるし。そもそも体育祭なんて興味ないしね。……あーしに気遣わないでよ。うざいから」
「はいはいうざいうざい」
トラリアル対策としてほしいのは機動力。せっかく買ってもらったもののあまり使わなかった電動車椅子まで引っ張ってきたんだ。中途半端は許されない。それにだ。
「金持ちが多いこの学校の保護者が大勢来てる。俺たちのことを調べたら、あの盗人が来ないとも思えないんだけどな……」
「よくわかってんじゃん」
アクアと共にタブレットを覗き込んでいると。捕食者のような鋭く重い威圧感が背後から俺たちを包み込む。
「虎ぁぁぁぁっ!」
「やっほ。かわいい妹と弟の応援に来てやったよ」
ついに、再び。超絶最強虎と向かい合うこととなった。