第8章 第6話 役目
「ジンくん、伊刈さんに啖呵切ったらしいね」
その日の夜。家族で食事していると、長女のグレースさんが唐突に知らない人の名前を口にした。
「誰でしたっけ……?」
「応援団長。ほら、私イベント実行委員会じゃん? 伊刈さんもそうなんだけどさ、おもしろい奴が応援団に入ってきたって言ってたから聞いてみたらジンくんだって話じゃん。すごいねー、あの人顔怖いでしょ」
ああ団長か……え? 啖呵切る?
「俺そんなまくしたてたつもりなかったんですけど……」
「あーごめん。ちゃんとした日本語じゃなくて、色々言ってたねって話」
「まぁ……そうですね。ちょっと応援団……っていうか組織の環境を良くするのが思ってたより楽しくて……」
「だから集中してたんですね!」
隣の早苗が納得した様子で大声を出した。
「ジンくんいつもごはんですよーって言われたら目を輝かせて来るのに、珍しく慣れないスマートフォンで色々調べていたんです。なるほど、組織ですか……。だったらイベント実行委員会に入ってみてはどうですか? お姉ちゃん委員長ですし」
イベント実行委員会……グレースさんやそのメイドの侑さん。それと杏子さんが入っている委員会だ。イベントの裏方をやっているらしく、体育祭や文化祭実行委員会の元締めと言ったら違うが、様々なイベントの実行委員会をさらにサポートする活動をしているらしい。
確かに今日のことで、多少興味は湧いた。こういった活動が俺の夢へと繋がるのではないかと直感した。でも……。
「ジンくんならお姉さん大歓迎だよ。さすがに直近の体育祭には関われないかもだけど。ね、侑。仕事モード解除で」
「そうだね~。やること多い割には人少ないし~」
「お義兄さんの性格的に向いているかもしれませんね。私も賛成です」
グレースさんや侑さん、杏子さんが俺のイベント実行委員会入りに賛成する。それに乗じてみんなが口々に語り出す。
「ジンくんと会う時間が減るのは嫌ですが、私も吹奏楽部があるので致し方なしです。私は応援しますよ」
「お義兄さん……大勢の前で堂々としてて……かっこよかった……」
「いいんじゃないの? 好きなことやれば」
「いいなー! くるみもおにいちゃんと同じ部活入りたい!」
「ずっと勉強ばかりでは息が詰まるだろう。思う存分学生生活を満喫しておいで」
「ハイ。でも遅くなる時は連絡してくだサイね?」
「ごめんなさいっ!」
気がつけば俺は大声で謝っていた。シンとしてしまった。まずい。ちゃんと説明しないと。俺のせいで幸せな食事の時間が壊れてしまう。ちゃんと。ちゃんとしないと――。
「勉強、勉強しないといけないのに、全国1位にならないといけないのに、俺は、早苗のために、勉強して、一番に、だから、遊んでる時間なんてなくて、勉強を――」
「斬波!」
「はい!」
わけがわからなくなった俺の口に指が入り込む。そして水を無理矢理注がれ、背中を柔らかな感触が支配する。
「大丈夫。大丈夫だよー……。斬波がいるからね? ほら、大丈夫大丈夫……」
「はぁ……はぁ……きり……は……」
「落ち着いた? ちょっと休憩しようか」
「いや……大丈夫……」
なぜか息が絶え絶えになっていた俺の背中を斬波が優しくさする。またなってたんだ……。
きっかけははっきりとはしないが、時々。どうしても心が現状に追いついてこなくなり、一人パニックになってしまうことがある。早苗への依存の延長。その度に斬波が薬を飲ませて介抱してくれるが、タイミングが最悪だ……。
「すいません……こんな時に……」
「謝らなくていいよ。悪いことをしたわけではないんだから」
謝罪することしかできない俺に、お義父さんの優しい声が届く。
「やりたいことをやればいいんだ。やってはいけないことをやったら叱る。僕たち親の役目はそれだけだからね」
「エエ。ジンは私たちの息子デス。子どものやりたいことに反対する親がどこにいマスか」
その言葉に俺は。また心が揺さぶられそうになる。やはり心が追いつかない。こんな優しい言葉をかけてもらってもいいものかと心配になる。だが親の気持ちを汲むのが子どもの役目。
「俺は……イベント実行委員会に入りたいです……」
だから俺は、今までは決して口にできなかったわがままを伝えた。