第8章 第5話 夢 4
「よし、始めるか。俺は応援団長の伊刈桐人。大学3年でみんなの中で一番年上のはずだ。わからないことがあったら何でも相談してくれ」
人が集まり会議が始まると、ホワイトボードの前の席にいた大柄のいかにも熱血漢といった感じの男が立ち上がって挨拶した。大柄なのはこの人だけではない。この会議室にいる半数以上が男性で筋骨隆々。それ以外は気の弱そうな男子や女子ばかり。この人たちが俺と同じように半ば無理矢理応援団に放り込まれた高校生だということは容易に想像できた。
その後は会議というか、応援団の詳細な活動内容が伝えられる。体育祭まで毎日放課後に練習をするそうだ。そして当日は学ランを着て昼休憩中も掛け声を上げ騒ぎ続けるらしい。それが2日間連続。これではトラリアルが来ても対応のしようがない。当日はアクアを放つつもりではあるが、場合によっては斬波も……。でもせっかくの体育祭で仕事させるのはかわいそうだよな……。虎も来るかどうかはわからないし……。
「とりあえず説明はそんなところか。よし、次はさっそく練習を……」
「高等部2年の須藤です。少しいいですか」
そんなことを考えていると説明が終わったようなので、俺は手を挙げて行動に移ろうとする。だがさっき絡んできた男が手を挙げることもせずに立ち上がり、こっちを睨んできた。
「団長、こいつとんでもないことしようとしてますよ。自分たちが脚を使えないからって俺たちをそれに合わせろとか」
「うーん……それは困ったな」
「しかもそれができないから差別だーみたいなこと言うんです! いるんですよね、こういう社会的な弱さを盾にして権利だけ主張する奴! 別に脚が動かせないことはしょうがないですよ? だったら見学だけしてればいいんだ。普段から体育に参加してないだろうし。それを体育祭だけ出しゃばってきて俺たちも参加させろですよ。なんか変じゃないですか?」
「まぁ……お前の言い分も一理あるが……」
「俺たち応援団は一体感や連帯感を大事にしてるはずです! その理念に反する奴を入れる義理はない! 俺の言っていること間違ってますか!?」
「間違っては……いないと思うんだがなぁ……」
強そうな外見とは裏腹に、団長は明らかに困っていた。下手なこと言ったら差別になりかねないもんな。俺は気にしないが、山村みたいに部外者なのに当事者の心情を勝手に想像して喚く奴もいる。あるいは単純に俺らを気遣ってか。とりあえず、だ。
「団長さん、俺まだ何も言ってないしずっと手を挙げてます。まずは聞いてくれませんか?」
「ああ……すまない。座ったままでいいから遠慮なく言ってくれ」
「じゃあ遠慮なく。単純に当日のイメージがわからないので映像を見せてくれますか。確かに俺たちはできないことも多い。ですができることだってあります。そしてそれは当事者が一番理解してる。まずはそこから考えさせてください」
「そうだな……。でも映像となると……」
「私にお任せくださいっ!」
突如入ってきたのは熱海さん。団長の席の後ろの教卓へと移動して何かを操作すると、白い布のようなものがホワイトボードの前に下りてくる。そして自分のスマートフォンも操作すると、その白い布にどういう原理か。映像が映された。
「すげーーーーーーーーっ!」
「お義兄さん……これそんなに珍しいものじゃないよ……?」
初めて見る技術にナチュラルに驚いてしまったが、今それに心を奪われるわけにはいかない。布に映された当日の応援団の様子を確認する。
……と言っても少し覗いたことのある東山高校の応援団とそう相違はない。規模感の違いはあるが、一か所に集まった学ランの集団が同じポーズで声を上げている。だが、これは少しおかしいな。
「これのどこに一体感があるんですか?」
確かに完全に揃っている生徒は何人もいる。だが半数ほどが出遅れているというか、キレがないしやる気もあまり感じられない。それも当然。半数がやりたくもないのに集められた生徒なのだから。
「確かにやる気の差は毎年の課題だ。だからこそ今年は毎日の練習をすることにしたんだ。そして練習後は同じ飯を食い親密度を高めるつもりだ」
「それはやる気がある側の意見ですね。努力は大切ですけど、方向を間違えたら意味がない。俺みたいな無理矢理放り込まれた組が考えていることは一つ。めんどくせぇから帰りたい、それだけです」
「やる気がねぇ奴が俺たちの邪魔をすんなって言ってんだろっ!?」
またあいつが絡んできたが無視して続ける。
「正直なとこを言わせてもらえれば、そっちがやる気になればなるほどこっちは引いていく。毎日の練習は苦痛でしかありません」
「ならばどうする? 学校の事情もあるし嫌々入る者がいることは致し方ないが、そっちに合わせては本末転倒だ。あくまで我々は応援をすることが目的。それから外れることはできない。意見があることは構わないが、文句だけでなく代替案がほしい」
団長さんは話が通じるようで助かる。思えば園咲家に来てからこんなに対話ができたのは初めてかもしれない。だからこそ、楽しい。
「ハードルを下げましょう。従来通りに応援を行うグループと、簡単で単純な応援を行うグループ。2つに分けるんです」
俺がそう言うと、団長さんは相変わらずの困った顔で発言する。
「だがそれでは一体感が薄れてしまう。ただでさえ参加者の多い体育祭。人数が減ればそれだけ魅力も減る」
「まず俺から見たやりたくないポイントを挙げましょう。一つは7月に学ラン。暑苦しすぎて吐きそうだ。そして毎日の練習や当日の休憩なし。これでテンションを上げろというのが無理な話だ。だからといって単純に練習の頻度の低下や当日の休憩を入れる、となったら前年度の劣化になってしまう。一体感が大事なんでしょ? だったら答えは簡単だ。もっと応援する側の人数を増やせばいい」
そして俺は、無言で手を叩く。少しの間を置き、何度も何度も。突然の手拍子に当然会議室内は困惑してシンとなる。だが熱海さんが俺をサポートするつもりか、同調して手を叩き始めたのを皮切りに。玲さんが加わり、流れに乗って団長も。次第にほとんどの生徒が手を叩き始めた。これに最後まで乗らなかったのが俺に突っかかってくる男たち。
「何なんだよ突然手なんか叩きやがってっ!」
「でも今そこで流れてる応援よりもよっぽど、一体感があると思いませんか?」
俺の言葉に全員が映像を見て、ハッとした様子を見せる。
「俺が提言するのは同調圧力です。やる気ある組の応援に合わせて、付近の体操服を着たやる気ない組が手拍子する。そうしたら付近のお調子者がまず乗ってくるでしょう。その流れはどんどん広がっていくはずです。応援団だけでなく、全校生徒を含めた応援。これならより盛り上がると思いますがどうですか?」
団長さんを見つめてそう言ったが、やはり彼の顔は暗いままだ。
「……確かにそれは上手くいくのかもしれない。だが所詮一度きり。それをずっと続けるのは難しいと思うのだが」
「それはそうでしょう。だからこれは意見の一つです。他の案はまた後日提示させてもらいます。ですがベースはこれで。できることを努力で少しずつ増やしていく。無理に高い目標を目指させるよりよほど現実的だと思います」
「そうだな……」
団長さんが腕を組み、しばし考える。自分が想像していた応援団像からはかけ離れているだろう。年下の案を素直に受け入れるのはプライドが許さないのかもしれない。それでも話が通じるこの人なら。
「……わかった。君の意見を頂戴しよう。だが全てが全て聞けるとも限らない。お互い対話を重ね、より良い応援団を作っていこう」
「……ありがとうございます」
俺の意見が全て通ったわけではないが、それでも上々。少なくとも無駄ではなかった。その事実に胸の奥が熱くなるのを感じた。
「なんだかお義兄さん……楽しそう……」
「……そうかもな」
今まで掲げてばかりだった俺の夢。環境を整えること。それの第一歩がとにかく楽しくて仕方なかった。