第8章 第2話 体育祭やりたくない
「申し訳ありません、遅刻してしまいました」
電車で向かったはいいが、遅延? とやらで結局学校に着いたのは1限終わり。1限目のホームルームを行っていた2年A組担任、佐々木由紀先生が俺たちと入れ替わるように教室から出てきた。
「災難だったな」
「いえ、新鮮でした」
事前に学校に電話していたから遅刻扱いにはならないらしい。電車内でもみくちゃにはされたが、結果的にはタクシーで行くよりもよかった、ということになるだろうか。
「ホームルームは何をやったのですか?」
「ああ、7月上旬に行われる体育祭の決め事だな」
「体育祭?」
「さすがに体育祭くらいは知ってるでしょ」
何も考えずに聞き返すと、斬波が欠伸を押し殺しながらツッコんでくる。
「さすがに知ってるよ。体操着買ってもらったことないから出たことないけど」
「体育ちゃんと単位取れてたの……?」
取れていたか取れていないかと訊かれれば、取れてない。だが義務教育期間は別に受けなくても卒業できたし、高校に入ってからも学力的に俺を退学にするわけにはいかない学校が赤点ギリギリの点数を付けてくれた。そんな配慮するなら体操着古くてもいいからくれという話だが、俺も体育の時間中勉強できたから特に言うことはなかった。
「うちの体育祭は特別なんですよ。小中高大全員で土日に2日間に渡って行われるんです」
「大学生は有志だけだけどね」
それについては知っている。というより調べた。体育祭にはそれだけの数の生徒が参加し、当然保護者も訪れる。部外者が学校に入れるのだ。
つまり、トラリアルが関わってくる可能性が高いイベント。ただでさえギャンブル好き。走っているのを見るのは好きなはずだ。
「まぁ俺は参加できないけどな」
脚の問題で走るのは不可能。だが今回はそれが好都合。トラリアルが来るのを事前に阻止できる。学校側にも話しておくが、うちの家族が正面切ってやってくるはずもない。俺が動けるに超したことはないのだ。
「その件なんだけどな……須藤。お前には応援団に入ってもらうことになった」
「はい?」
だが先生から告げられたのは、思ってもみなかった言葉。応援団? なんで?
「脚が悪いからというだけで体育祭に参加できないのは不憫だろう。せっかくのイベントなんだからな。ちょうど各クラス男女1名ずつを選出しないといけないし、誰もやりたがらないし……。文句があるなら聞くが、どうする?」
「別に文句は……ないですけど……」
「家庭の事情は気にするな。生徒を守るのが学校の務め。何が起こっても学校がお前を守る。お前は何も考えずにイベントを楽しめばいいんだ」
「そうですか……」
先生はそう言うと手をフラフラと振って去っていく。正直学校程度があいつを止められるとは思えないが……来る保証もない。そういうことならありがたく受け入れよう。
「私もジンくんと一緒に応援団やりたいですっ!」
俺が応援団員になったからだろう。早苗が勢いよく手を挙げるが、それはおそらく無理だ。その証拠に車椅子が動く音が、教室の後ろから近づいてくる。
「ごめん、私が応援団に決まった」
幼い頃に遭った事故により車椅子生活になった少女、江草明里が、淡々とそう告げた。