第8章 第1話 新学校 2
「あはははははっ! 似合わねぇぇぇぇははははっ!」
「あんた毎回それ言わないと気が済まないわけ……?」
波乱の5月が終わり、6月も中旬を越した頃。ようやくアクアの転入準備が済み、晴れて風鈴学園高等部1年生になったその日の朝、俺はアクアの制服姿を見て笑わざるを得なかった。
「いやだって……あのクソギャルだったお前が……髪黒くして上品な制服着て……クク。更生したにもほどがあるだろはははははっ」
「あ? 言っとくけどあーし更生なんかしてないからね?」
「当たり前だろ1ヶ月や2ヶ月でお前のクソみたいな性格が変わると思うなよ」
「あんたは数ヶ月でずいぶんと明るくなったみたいだけど? 精神状態も安定してきたんでしょ?」
「まだ薬は手放せないけどな。少なくとも今は学年2位になっただけで早苗から離れようとは思わないよ」
「あっそ。よかったんじゃない」
ここ数週間働いているアクアの姿を見てきたが、意外とちゃんとしているというか。やらなきゃいけないことは嫌々ながらこなせている。まぁ態度は悪いしその度に注意してるが、こればっかりはどうしようもない。俺もまだ2、3時間しか眠れないのと同じだ。身に着いた習慣はそう簡単に剥がれ落ちない。やはり環境というのは、それだけ絶大なのだ。
だから大嫌いで腹が立つのに変わりはないが、まぁ認めてやらなくもないとは思っているけれど。懸念点が一つある。
「ごめんね、玲さん。アクアが迷惑かけると思うけど……」
「う、ううん……。お義兄さんの妹さんだから……がんばる……っ」
アクアは高校1年生。つまり人見知りの玲さんと、ぶりっ子の瑠奈さんと行動する時間が多いということだ。多少見られる性格になったとはいえ、アクアの本質がギャルヤンキーだということに変わりはない。そしてこの3人。絶対に性格が合わない。
「なに? がんばらなきゃあーしと仲良くできないわけ?」
「い、いええええええそんなことはあああああああ……」
無駄に良い見た目からは考えられない高圧的な態度に、怯えを隠せられない玲さん。
「ちょっとアクアちゃんっ。玲ちゃんをいじめるのやめてよっ」
「あ? 別にいじめてないしその猫なで声やめてくんない? クソむかつくんですけど」
そして言ってしまえば先輩であるはずの瑠奈さんにまでこの言いよう。本当に最悪だ。消えてほしい。
「おい。玲さんに迷惑かけたらお前追い出すからな」
「そいつが勝手にビビってるだけでしょ。あーし間違ったこと言ってないし」
「ふざけんなお前が高圧的なのが悪いんだろうが!」
「だからがんばって気遣うようにしてんでしょっ!?」
「もっとがんばれっ!」
「もっとがんばるっ!」
そんな話をして送迎の車を待っていると、運転手さんが駆けてきた。
「申し訳ありませんっ! 車の調子が悪く、お嬢様方をお送りするのは危険でして……。他の車も今日は出払っていて……申し訳ありませんっ!」
「構いませんよ。遅刻してしまいますがタクシーを呼びましょう」
気の毒なほど頭を下げている運転手さんに早苗が優しく微笑み、スマートフォンを操作する。だがこれに異を唱えたのはアクア。
「ちょっと待ってよ馬鹿なんじゃないの? 登校程度でタクシーなんて」
「アクア、俺もまだ慣れないけどこの家お金持ちなんだよ」
「そうじゃなくてさ、電車で行けば? って話。家も学校も駅近なんだからいいじゃん。どっちにしろ遅刻にはなるだろうけど」
『電車っ!?』
アクアと杏子さん以外の人が全員同時に叫ぶ。それも当然だ。
「で、電車は痴漢が危険だから禁止だと言われてまして……」
「新幹線なら乗ったことあるけど電車とか乗り方わからないし……」
「電車なんてタクシーより高額だろ。乗らせてもらったことないけど10万もかかるんだろ……?」
「お嬢様組は心配しすぎ。メイド組は良い人生送ってるんだね。塵芥は親に騙されてる」
「うっそだろぉっ!?」
アクアが大きくため息をつき、一人堂々と歩いていく。
「ついてきなよ。学校まではあーしが責任持って届けてやるから」
……アクアが改心していないと言う度、常々思う。何も変わっていないのだとしたら。どうして俺にはこの姿を見せてくれなかったのだろうって。そんなことを考えても仕方がないことはわかっている。わかっているけれど、少なくともアクアのその言葉をみんな信じている今。どうしても暗い気持ちが抑えられなかった。
「言いたくないけど感謝しておく」
それでも気持ちを必死に抑えてきたのが昔の俺で、今は違う。
「……あんた脚悪いんだから無理して急がなくていいからね」
素直な気持ちを吐き出し、俺たちは学校へと歩き出した。