第7章 最終話 その人の価値
「おじいさま、おばあさま。斬波のご両親も、アクアさんも。私たちの誕生日パーティーに参加してくれてありがとうございました」
マンションのロビーで早苗が頭を下げる。夕方になり、本邸から来てくれた人たちが帰宅するのだ。早苗のおじいさんたちが車に乗り込むのを俺たちは見送る。アクアは俺に何も声をかけず、さっさと斬波の両親が乗る車に入ってしまった。
「お父さん、お母さん。ありがとうございました」
アクアと話すことなど何もないが、あいつを連れてきてくれたことには感謝しておくことにする。
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはないが……最後に話さなくていいのか? もうお盆くらいまで会うことはないと思うが……」
「アクア、何もないよな」
「ねーよ」
運転席の後ろの席にいるお父さんの窓から声をかけると、助手席のアクアが偉そうに腕を組みこちらを見ないままそう吐き捨てる。……ほんと偉そうだなあいつ。
「……お前さ、お世話になってんだからもっと縮こまってろよ」
「あ? あーしがどこ座ろうが勝手でしょ。助手席の役割は務めるし」
「そこじゃねぇよ。だいたいなんでお前雇い主より先にさっさと座ってんだよ。ちゃんとお義父さんたちに挨拶したか?」
「うっせーな! あーしが挨拶したところで向こうも困るに決まってんじゃん!」
「お前が判断すんなよ! おいこっち見ろ! おい!」
「うっざ……。あんたのせいでこっちが出発できないのわかってんの!?」
「お前がこのままだと後でお父さんに怒られるから言ってんだろ!?」
「余計なお世話なんだよゴミクズがぁっ!」
「ちょっと本当にうるさい。まだ話があるなら降りなさい」
結局俺とアクアが両方怒られて。アクアが渋々車から降りてくる。
「で、なに? まだ言いたいことあんの?」
「ないって言ってんだろ。さっさと帰れ」
「チッ。用もねぇのに話しかけんじゃねぇよ」
「だからお前のためを思って言ってんだろ!?」
「だから余計なお世話なんだって! お前は自分のことだけ考えてろって言ったでしょ!?」
「お前がちゃんとしないと俺の立場がないんだよっ!」
あぁほんとに……! こいつはどうしようもない……!
「だいたいお前……トラリアルどうすんだよ。早苗に何とかするって言ったんだろ?」
「知らねぇよ。そっちで勝手に処理しとけよ。あんたのメイド、そういうこと得意みたいじゃん」
「もう斬波にそういうのはやらせない」
「はっ。メイドのこと気遣って自分が被害に遭うなんてお笑いだわ。虎姉なんかある種一番厄介じゃん。ギャンブルのためなら何だってするよ」
「だからお前が何とかしろよって言ってんだよ! あいつと相性良いのお前だろ?」
「どうやって? あーしも仕事あんだけど」
そんなの……さぁ……。
「早苗……こいつこっちに残らせるぞ。それでもいいか?」
「私は構いませんが……その、いいんですか? ジンくんは」
「姉貴を何とかするまでの間だ。こいつをこっちに置くデメリットと虎を放置するデメリット。後者の方が絶対に怖い。……でも俺から提言するのは、気が引ける」
「ふふ。ジンくんはわがままですね。パパとママには私から言っておきます。ただ今アクアさんを雇っているのは斬波のお父さんですので」
「斬波、そっちは任せる」
「かしこまりました、ご主人様」
早苗と斬波を遣いに行かせ、一度ため息をつく。最低だな俺……何を自分勝手に決めてるんだ。拾われた身、買われた身。居候以下のくせに。
「……あんたまさかあーしを許したなんて言うつもりじゃないでしょうね」
「言うわけないだろ。俺はお前を絶対に許さない。ただお前はトラリアル対策に使える。それだけの価値しかないだろ、お前には」
「あ? あーしもっと使えるっての。何なら兄貴たちも潰してやろうか?」
「お前にそんな危険なことさせられねぇよ」
上の2人の兄貴は危険すぎる。アクアじゃ何かしようとしたら返り討ちに……。
「……別に今のお前のこと気遣ったわけじゃないぞ。勘違いすんなよ」
「なに? ツンデレ? きっも。あーしだってあんたのために兄貴に手出ししようとしたわけじゃないから。あいつらあーしが困ってる時に電話出なかったから復讐したいだけだから」
しばらくアクアと話していると、早苗が戻ってきた。斬波もそれに少し遅れて戻ってくる。
「パパたちは構わないそうです。部屋も余っていますしね」
「父も同様です。コアタイムなしのフレックス制で週5で8時間。それさえ守れるなら、学費は将来払いで高校にも通わせても構わないとのことでした」
「高校はどうでもいいんだけどな……いや。稼がせるには高校大学出させた方がいいのか……?」
「はぁ!? 高校はともかく大学なんか行く気ないんだけど!?」
「お前に選択権はねぇよ。俺たちは園咲家がクソ両親に支払った分の金を返さなきゃいけないんだ。それはお前もそう思うだろ?」
「それは……あーしもお世話になったから……そう思うけど……」
……なら決まりだ。
「アクア。お前にはこっちで働いてもらう。そんで高校と大学も出ろ。俺のためにな」
「……はいはい。あんたの言うこと聞きますよ」
決定事項が定まり、早苗と斬波が再び両親に報告しに行く。残ったのは俺とアクアだけ。
アクアのことを許すことは今後一生ないだろう。家族に戻ることはあるかもしれないが、こいつが俺にしてきた仕打ちが消えることはない。だからこそ。
「……ありがとね」
「……こちらこそ」
俺の人生を語るのにアクアの存在は必要不可欠。それだけは、何があっても変わることはなかった。