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第7章 第5話 義姉妹

「こんにちは、アクアさん」



 早苗様は食堂に入ると、まずそうおっしゃて頭を下げました。対する悪亜様は椅子を後ろに傾け、天を仰ぐ不躾な体勢から椅子を元に戻します。



「早苗様……でいいんだっけ?」

「様付けなど必要ありませんよ。気楽にお義姉さんと呼んでください」

「キモ。誰が呼ぶかよ」



 園咲家に仕えているくせになんたる言葉遣い。正さないと……いえ。この場には私たち3人しかいません。何か起きた時に早苗様を守れるのは私だけ。私が熱くなるわけにはいきません……!



「で? 何の用?」

「当然ジンくんのことです。アクアさん、反省していないそうですね」


「はっ。当然でしょ? なんであーしが反省なんかしなくちゃいけないんだっつーの。楽だよね、反省してるフリしとけば金もらえる上に高校まで行かせてくれようとしてるんだから」

「ではどうして反省している、と言わなかったのですか? そちらの方が都合がいいことはあなたにだってわかるでしょう」


「それは……いいでしょ、別に。つーか何なわけ? あーしに興味ないんじゃなかったっけ?」

「ええ微塵も。ですがジンくんのためなので言わせてもらいます。アクアさん、反省してください」



 早苗様がそうおっしゃると、悪亜様が一度小馬鹿にするように笑いました。



「はいはい反省してまーす。これでいい?」

「ええ。ではそれをジンくんに伝えてきてください」


「…………」

「どうしたのですか? 反省してるのではなかったんですか? 反省しているなら言えるでしょう」


「……うっざ。マジお前うざいわ」

「それで? 答えを聞かせてくださいよ」


「できるわけないでしょっ!? そんなこともわかんないのっ!?」

「そうですか。それは残念です」



 テーブルを叩いて立ち上がった悪亜様の対面で、早苗様は笑みを浮かべたままただ彼女を見つめています。



「あんたずいぶんあいつにご執心みたいだけどさ……全然わかってないよね。あいつは私からの謝罪なんて求めてない。もう関わりたくないんだよ! 私だって同じ! あいつにかける言葉なんて見つからない! それをあんたらは余計なことして近づけて……それがあいつを傷つけてるってわかんないのっ!?」

「何を偉そうに。あなたがジンくんにしてきたことより百倍マシですよ」


「お前が何を知ってるんだよ……!?」

「何も知りませんよ。ジンくんは何も話しませんから。でもそれはあなたも同じなのではないですか?」


「はぁ……!?」

「つまりですね、あなたは何が悪いかを理解できていないのではないかってことです」



 ここで初めて、悪亜様の表情が歪みました。図星を突かれたと顔が告げています。



「ジンくんと関わっていればわかります。わからないんですよ、何が虐待なのか。何が虐めなのかを。暴力、犯罪。これらがいけないことだということは知っているはずです。でもジンくんは虫を食べるのが普通ではないことも、箸の持ち方も、パンの味すらも知りませんでした。それはあなたも同じでしょう? 悪いことをしたとは思っていても、具体的にどこがどう悪かったのか。それを理解できていない。常識がないんですよ。根本的に」



 もし早苗様がおっしゃっていることが事実なら。かわいそう、なんて言葉では表せられないほど、悲惨です。そしてそれが当たっていることを、悪亜様は表情で物語っていました。



「家庭内での虐待が日常的過ぎて、記憶に残っていないと言った方が正しいのでしょうか。人間は毎日通る道に何が建っているのかも詳細に覚えられない生物ですからね。日常というのはそういうものです。あなたやジンくんは、そういう環境にいた。それを責めるのは酷というものです」



 私は今ようやく、ジン様が語る夢を理解できたような気がしました。人の環境を整えたいというその夢の、途方のなさを。



「……なに? あーしを慰めてるわけ?」

「いいえまったく。ですがジンくんの夢の手助けはしているつもりです。ジンくんはあなたと関わるのを嫌がっていますからね。彼ができないのなら私がすればいいだけのこと。私がここに来た理由なんてそれだけです」



 早苗様がゆっくりと席を立ちました。そしてカーペットに足音を浸透させて、テーブルの周囲を遠回りにして悪亜様へと近づいていきます。



「アクアさん、ジンくんに謝ってください」

「……だからあいつはそんなの求めてないって」


「それはジンくんの問題です。言葉にはならないでしょう。誰も幸せにならないのかもしれません。それでも言わなくてはならないんです。それがあなたが行ってきた罪を償うというものです」

「……あいつが傷つくってわかっててもそれをさせるんだ」


「謝罪を受けなければ傷が塞がらないだけです。何より彼が一番幸せになる道は、私はそれだと思っています」

「ほんと……無理だから。あんたは知らないけどさ……今私たちはゆっくりと……気を遣いながら……話してるから……」


「だからこそです。これ以上付き合わないのならともかく、あなたもジンくんも関係を築こうとしているのですから、これは必要な儀式です。それにジンくんは他人が傷つくのが嫌いな方なので、このままではなぁなぁで終わってしまいます。言葉にするのは大事なことなんですよ。でなければ私はジンくんと付き合えていませんから」

「……あんたたち、トラ姉に会ったんでしょ。上の2人の兄貴は無理だけど、トラ姉までなら私が何とかしてあげられる。その問題を片付けてから……」


「いいえ、今すぐにです」

「あんたほんと……わがまますぎない?」


「愛している人を救うためならわがままにでもなりますよ」

「……わかった。でも本当に……言葉になんかならないからね」


「私ができるのはここまでですから。それ以上は何も求めませんよ」

「そうだね……ほんと。なんでこんな家に関わることになったんだろう……最悪」

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