第7章 第3話 理屈と感情
「ただいまー……」
最悪な奴に出会ってしまってはデートなんてする気も起きない。結局あの後すぐに家へと引き返し、とりあえず昼食のために食堂に行くと。
「……おかえり」
アクアが端の席で気まずそうに座っていた。誕生日パーティーは終わったんだからさっさと帰れよと言いたかったが、アクアの隣にお義父さんと斬波のお父さんがいて下手なことは言えない。
「ちょうどよかった。ジンくん、少しいいかな」
「はい……大丈夫ですけど……」
さてはアクアが何かやらかしたか。これで俺の立場が悪くなったら……と思ってアクアの正面の席に座ると、
「アクアさんを高校に通わせたいと思うんだがどうかな?」
「……は?」
斬波のお父さんが意味のわからないことを口走った。
「アクアさんをうちで面倒見てから1ヶ月が過ぎた。ぶつくさ言っているし、行動も遅いが。仕事に対する真摯さは伝わったし、充分反省しているように見える。だから高校くらいは出ておいた方がいいんじゃないかって思ったんだ」
何を……何を言っているんだ。
「この先ずっと園咲家で働かせる。それでもいいが、アクアさんはまだ15歳。未来はいくらでも広がっている。その時に学歴のせいで好きなことができない、というのはかわいそうだ。幸い元いた学校は存在の危機でゴタゴタしていて、正確には退学処分にはできていないと聞いた。今ならすぐにでも編入できると思うんだ」
本気で、そう思っているのか。ただ使えないから厄介払いしたいだけじゃないのか。もし本気でそう思っているのだとしたら。
「ただ本邸の近くの高校は、アクアさんの学力では少し厳しい。そこで斬波たちと同じようにこの別邸で住み込みで働いて、昼は風鈴学園に通ってもらうのはどうかと思ってね。ジンくんの意見を聞かせて……」
「ふざけないでくださいよっ!」
斬波の父親にしては、ずいぶんと頭が悪すぎる。
「1ヶ月で反省した? 逆に言えば1ヶ月で元に戻るかもしれないってことでしょ!? それにこいつは反省するってタマじゃない! どうせ反省したフリだけして上手く取り入ろうとしたに決まってる! 違うかよアクア!?」
「……言ったでしょ、波郎さん」
俺に問い詰められたアクアは、横にいる斬波のお父さんに視線を向ける。
「塵芥が許すわけないって。その時点でこの話はおしまい。あーしは今まで通り本邸で雑用でもやってますよ」
「はぁ……!? なに俺が悪いみたいに言ってんだよっ! 悪いのはお前だろうがぁっ!」
「ジンくん、落ち着いてください」
思わず立ち上がってしまった俺の背中を、隣の早苗が優しく叩く。
「アクアさん、本当に反省されたのですか? 今までジンくんにしてきたことを」
「……みんな馬鹿だよね。ちょっとおとなしくしてれば反省してると思ってくれる。言っとくけど全然そんなんじゃないから。あいつにしたことは悪いと思ってる。でも反省かって言われると……たぶん、違うと思う。だから高校なんか行かなくていいよ。勉強なんてめんどくさいだけだし」
ふてぶてしくも、まるで罪を認めてそれを償っている最中だと言わんばかりの言葉を口走る。そんなことを言われたら、優しい園咲家の人たちは逆に心配するだけだ。それをわかって言ってるのだろうか。いや、言ってるんだろうな……!
「確かに俺はお前らとも家族に戻れたらと思った! 思った、けど! それはいつかの話で……まだ、許せるわけがないだろ!?」
「落ち着いてくださいと言っていますよ、ジンくん。お姉様に会って気が立っています。普段のジンくんならもっと冷静に判断を下せるはずです」
「黙って……や、なんでもない……」
「はい、そうですね」
早苗にまで怒鳴りそうになってしまったのを必死に押しとどめる。確かに俺は普段より冷静じゃないと思う。でもどっちにしたって答えは同じだったはずだ。
「早苗……お前は騙されてるんだ。確かにアクアは流されやすいから……今は少し反省してるのかも、しれないけど……ほんとは……!」
「私は騙されていませんよ。だって私はアクアさんなんて死ぬほどどうでもいいですから」
普段の早苗からは考えられないような言葉を発したが、その表情はいつもと変わらない。ニコニコと笑い、俺だけを見ている。
「私は人との関りはその人間の価値によって定まると思っています。ジンくんは私を助けてくれて、すごいかっこよくて、結婚したいと思った。だからジンくんを買わせてもらいました。私の姉妹や両親も、ジンくんに価値を見出しているから置いているのだと思います。同じようにアクアさんも、斬波のお父さんから面倒をかけるだけの価値があると思われたからこの話が出たのでしょう。ですが私には関係ありません。私にとってアクアさんは、ジンくんを虐げた敵の1人としか思えませんから。この家に住まわせるのは反対です」
「ですが」。早苗はそう言って続ける。
「恵まれない人の環境を整える。このジンくんの夢に、私の考えと今のジンくんの意見は間違っていると思います。言ってしまえば彼女も環境の被害者。彼女こそジンくんが助けるべき人だと私は思うのです。それが叶わない理由が自分を虐げてきた人だから、というのは。少々エゴイズムが強いのではないでしょうか。罪を犯しても更生させて社会復帰させる。それが私が思う、ジンくんの夢です。私の考えは間違っていますか?」
そう問われたら、間違っているなんて言えない。言えないけれど。
「俺は……納得できない……」
「そうでしょうね。時には理屈より感情の方が勝るべきだと私は思います。なので一度時間を置きましょう。ジンくん、私の部屋に行きますよ」
早苗に手を引かれ、連れていかれた先は、俺と早苗しかいない空間。そこに入ると、まるで世界が変わったかのように気持ちが溢れ出て。早苗に抱きつくことを我慢できなかった。
「早苗……早苗ぇ……!」
「大丈夫ですよ。私はジンくんの味方ですから。思う存分泣いてください」
俺は早苗に幸せにしてもらった。弱みを曝け出せる空間を用意してもらった。じゃあアクアには。アクアを幸せにするのは誰だろうか。そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
そろそろ落ち着きそうなので明日から続編とR-18版の更新を再開したいと思います。短編の方はもう少しお待ちください。ご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳ございません。