第6章 第9話 心と身体
〇斬波
「ふぅ……」
苦痛でしかなかった誕生日パーティーが終わり、一人部屋でベッドに寝転ぶ。
「私、がんばったよね……」
いつ叫んで逃げ出してもおかしくない状況だった。それくらい、横で幸せそうにしている2人が眩しかった。私はあんな風にはなれないと心から思った。
でも具体的に何かというと、わからない。言語化できないし、頭にも残っていない。パーティー中の記憶なんてほとんど残っていないし、たくさんもらったプレゼントに目を通す余力もない。
何もする気力がない。何も考えたくない。動きたくない。このまま眠ってしまいたい。ただ生きていることが辛い。
「……行かなきゃ」
それでも仕事は残っている。早苗にプレゼントを渡さないと。私がいつも通りでいないと、あの優しい2人に心配をかけてしまう。できる限り平常心を見せ続けることが私に与えられた仕事だ。
ジンは間違いなく早苗の部屋にいる。そして未来は後片付けで部屋にいないだろう。最高のムードの中で、2人きり。
「行きたくないなぁ……」
そうつぶやきながら立ち上がり、早苗の部屋へと向かう。足取りは重いけれど、私の気持ちなんて関係ない。私の幸不幸なんてどうでもいい。早苗とジンのために……。
「さな……」
「ジンくん……」
早苗の部屋につき扉を開けたその瞬間、部屋の中から声がした。思わず扉を開く手が止まってしまい、わずかに生まれた隙間からその光景を眺め見る。眺めて、見ることしかできない。
「早苗、これプレゼント。俺からしたら高かったけど、たぶん安物だし、斬波から金借りたんだけど。よければ使ってくれ」
ジンが床に膝をついて、ベッドに座っている早苗に何かを渡す。
「うれしい……。大事にしますね……」
それを受け取った早苗は、大切そうにぎゅっと握りしめると愛おしそうに微笑む。遠くてよく見えないけど、光に反射したそれは間違いない。指輪だ。
指輪だと認識すると、途端にその形がくっきりと見えるようになる。ピンク色のハート型の宝石がついた安っぽい指輪。それは2人の左手の薬指に嵌っていて……。
「やっぱり私、いらないじゃん……」
私が涙を流すのに充分すぎるほどに、輝いていた。
ジンはわかっていた。早苗がほしいと思っていた物を。私じゃないとわからないと驕っていたのに。完璧なそれが、ジンにはわかっていた。
私がジンに勝っている部分。それが唯一早苗への理解だった。見ていた時間が違う。だから私の方が絶対、早苗を知っていると思っていた。
それすら劣る私に何ができる。何もない。私にはもう、何も。何も存在しない。私の存在価値は。もう、何も――。
「……斬波?」
悲しみが大きすぎて、声を出して泣いていたのかもしれない。2人で幸せに過ごすはずだった2人が、部屋の外の私を見ていた。
逃げないと。思うまでもなく、身体が動き出す。こんな姿、2人には見せられない。大丈夫、早苗に脚で負けるはずがないし、ジンなんて尚更。確実に、逃げられる。そのはずだったのに。
「待てよ、斬波」
「……どうして」
どうしてジンが、私に追いついている。どうして私の腕をとっている。
「脚の怪我、嘘だったんだ。じゃなきゃ追いつけるはずが……」
「何言ってんだよ。お前一歩も動いてないだろ」
ジンの言う通りだった。視界に映る景色は何も変わっていない。逃げ出そうと思っていたのに、逃げていない。身体が2人から離れることを拒んでいた。
「お前とも話したかったんだ。やろうぜ、誕生日パーティー二次会」
そして私は、部屋へと引きずり込まれた。