第1章 第7話 マナー違反
虫注意です! 人によっては不快になるかもしれません。ちなみに私は書いていて不快になりました。ゆるしてください。あ、それ以上に虐待注意でした。
「はい、ジンくん。あーんっ」
まずい。これは想像以上に、まずい。
隣の満面の笑みで俺にスプーンを差し出している早苗さんじゃない。それ以前。飯の食べ方がわからない……!
そもそもテーブルに置いてある料理、一つもわからないんだよな……! 好きなものを自由にとる方式のようだが、どれがどんな味なのか。全くわからない。
金持ちの家なんだから全部美味いはず。だがここで問題になるのは食事マナー。誰かを真似しようにも、家族と俺とじゃとるべきマナーが違う。ナイフとフォークって人刺すためのものじゃないのかよ……。お袋が俺を刺す時にしか使ってるの見たことないぞ……。
「ジンくん、無理して食べなくていいんデスよ。嫌いなものはありマスか?」
「い……いえ……」
どうしよう。お母さんがそう言ってくるが、全く嫌いなものがないってのも嘘くさいよな……。
「強いていえばセミのぬけがらが嫌いですね、食べ物じゃないって感じです。成虫や幼虫は美味……」
言っていて、気づく。周りの空気が完全に凍っていることに。
「ジン様、虫は食べ物ではありませんよ」
「うっそだろぉっ!?」
仕事中とはいえこれはまずいと思ったのか、斬波がそう耳打ちしてきた。いやでも……ありえない……!
「お前ら金持ちは食わないかもしれないけど、庶民はみんな食べるんだよ。公園で虫取り網持ってる子ども見たことないか?」
「……それは。虫を捕まえて遊んでいるだけです」
「で、でも……うちの家族……虫は美味しいから特別に俺だけで食べていいって……」
「それはですね、ジン様。あなたが虐待されているだけです」
嘘だろあのクソ親……! 完全に騙されてた……! いつも金稼いできてくれてありがとうってゴキブリ投げてきたのは嫌がらせだったのか……! いや今はそれよりも……!
「ごめん、さすがに引いた……」
「ワイルドで素敵です。今度一緒に虫取りに出かけましょう」
「ぅぇ……想像しちゃった……」
「最悪……死ねばいいのに」
「こ、昆虫食は日本の文化でもありますからね……そんなに……ぁはは……」
「ママー! 今度セミさん食べてみたい!」
まずい……! 6姉妹が早苗さん以外全員引いている……!
「はは……ジョークですジョーク……」
どうしよう。これ以上失敗できないぞ……!
「そ、それでは好きな食べ物は? 作ってもらいまショウか?」
「チャンス……! パンの耳! パンの耳好きです!」
これは確実に食べ物だろう。家族が食べてるの見たことあるし……!
「言いづらいのですが、ジン様。一般的にパンの耳は好物にはなりません」
「で、でもみんな美味しい部位だからやるって……! 白い方はまずいんだぞって……!」
「旦那様……差し出がましいことを言って申し訳ありませんが、何があっても継続的にまともな食事をさせてあげてください……。もう不憫で不憫で……」
「泣いてる!?」
あんなに業務だ時間外だときっちりしていた奴が仕事も忘れて頼んでる……。そんなに俺の食生活やばいのか……? 普段雑草煮て食べてるっていうのは言わない方がいいのか……?
「安心してください、斬波。ジンくんは私の夫です。食生活を管理するのも妻の役目。なのではい、あーんっ」
早苗さんがなにか茶色いものを手でちぎり、俺の口に差し出してくる。中の白色はパンに似てるけど……俺の知ってるやつじゃない。四角じゃないってことはパンじゃないよな……。とりあえず無碍にもできないし……。
「あむっ。…………。!?!?!?!?!?」
「ジンくんどうしました!? 涙がこぼれていますよ!?」
なんだこれは……! 美味すぎる!!! 糸のように柔らかな食感! 噛むたびに口に広がる芳ばしさ! こんな美味しい食べ物……口にしたことがない……!
「だめだ……早苗さん。こんなに……こんなに美味しい食べ物を俺なんかに食べさせちゃいけない……! 全部君が食べてくれ……!」
「い、いえ……普通のパンですし……」
「そんなわけないだろ!? こんな……俺なんかにはもったいなさすぎる……!」
「ジンくん、落ち着いてください。これは街のパン屋さんで買えるちょっと高価なパンです。むしろ私こそジンくんにもっと美味しいものを……そうだマーガリン! 斬波、パンにマーガリン塗ってあげてください! いっぱい! 豪華に!」
うぅ……。早苗さん……どれだけいい人なんだ……。絶対に……絶対に俺が幸せにしないと……!
「おねぇ、そんな嘘泣きに騙されないでよ。パンを食べたことない人なんてこの現代にいるわけないでしょ。給食があるんだから」
「給食なんて月100万出さないと食えないんだろ……!?」
「いえ、平均月5000円ほどです」
「そんな俺が一日働いたら余裕で稼げる額であんな美味そうな飯が食えるわけないだろ……!」
戯言を言っている斬波と愛菜さんにそう返すと、早苗さんがなんか黄色いものがたくさん乗ったパンを俺に差し出してきた。
「はい、さっきより美味しいはずですよ。あーんっ」
「あーん」
「きゃわわっ!?」
促されて口を開けると、早苗さんが奇声を発してパンを落としてしまった。
「ご、ごめんなさい……ジンくんがかわいすぎて……。すぐに新しいものをご用意させますね」
「何言ってんだよ。全然食えるって」
床に落ちたパンに同じく床に垂れた黄色い液体を乗せ、口に運ぶ。
「うっま! やばっ! 早苗さん! 早苗さんも食べた方がいいって! 人生変わる!」
「いえ、私は……。それよりジンくんに喜んでいただけてうれしいです。も……もっと美味しいもの用意したら、ジンくんはもっと私のことを好きになってくれますか?」
「? 早苗さんと飯は別の話だろ。俺は俺のために早苗さんとの結婚を決めたんじゃない。早苗さんを幸せにしたいから結婚したいと思ったんだ」
「ジンくん……。私も……!」
バン! と。テーブルが大きな音を立て、同時にグラスが倒れる。誰かがテーブルを叩いたことは明白。そして叩いた主。俺と早苗さんの正面にいる人物が犯人だということも。
「武藤……寺門さん……」
俺のことを最も嫌っている人物。彼がお父さんの横でテーブルに手をつき、荒い息を吐いてこちらを睨んでいた。何かわからないが、マナー違反があったのだろう。すぐ謝りたいところだが……怒っているのなら。ある意味で好都合だ。
「どうしました? 俺がそんなに憎いのなら……そう言えばいいじゃないですか」
早苗さんの幸せを邪魔する奴と、戦うことができる。
依然ジャンル別日間ランキング2位です! やったあ! ありがとうございます!!! ということで本日も3話更新予定です!!!(相変わらずストックないですが)。既に話の半分以上を占めている朝食編も次回で終了! その後は早苗さんとイチャイチャしつつ姉妹編となります!
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